その11
バンデリックの与り知らない所で、ヘンデリックはいなくなていった。
ヘンデリックは、兄として安心したと共に、邪魔にならないような配慮だった。
そんな兄の思いを他所に、バンデリックは気にしてはなかった。
兄が訪ねてきた事すら忘れるぐらい、サラサの存在が強烈だからである。
と書くと、何やら甘い想像をしがちだが、残念ながらそうではない。
何だか、不憫なヤツである。
とは言え、バンデリック自身は、この時もこの後もそう感じる事は全くなかった。
したがって、こう言う事を長々と書く事自体、無駄な事なのであった。
さて、稽古の後の事である。
他の練習生達が帰った後、サラサとバンデリックは、道場に残っていた。
成人もしくは中伝以上でないと、師範がいないと立ち会いは認められていない。
なので、2人は型の確認を居残りで行っていた。
何でそう言う事になっているかを2人はきちんと理解している証左であろう。
まあ、それはともかくとして、稽古がふと途切れた時に、2人は相対していた。
「バンデリック、あんたは、何であたしの稽古相手になったの?」
サラサは、何時になく真剣な表情で聞いてきた。
バンデリックは、それに対して、間抜けた表情になった。
当たり前すぎる事を聞いてきたと感じたからだ。
「ええっと、侯爵閣下に頼まれたからですが……」
バンデリックは、迷いながらもそう答えるしかないので、そう言った。
(合ってるよな……?)
バンデリックは、オーマの前に立ったときのことを思い出した。
あれがそうだったと今では分かっていた。
鈍いながらも……。
だが、サラサに聞かれて、もしかしたらという考えが浮かんではきていた。
あ、まあ、その、見当違いの事を考えているのだが……。
「父上の命令だから、何でもするって事?」
サラサは、少々不機嫌そうだった。
とは言え、これはあまりにも理不尽だった。
惣領の命令を無視する訳には行かないからだ。
だが、バンデリックは、理不尽には感じなかった。
今後、サラサに対して、理不尽さを覚える事はいくらでも増えていくのだが、この時は、そう思わなかった。
なので、バンデリックは、目をパチクリさせながら、サラサを見詰めていた。
……。
すぐに、バンデリックが答えなかったので、沈黙が訪れてしまった。
サラサの方も、どうも勝手が違うというか、バンデリックの反応にちょっと戸惑っていた。
そう言う事もあり、サラサは黙って成り行きを見守った。
「あ、いえ、俺って、人にものを頼まれる事って、あまりないんです」
バンデリックは、沈黙してしまった事に気まずさを覚えたので、慌てて口を開いた。
「???」
サラサは、会話があさっての方向に行っているように感じて、戸惑っていた。
「いや、初めてかな……」
バンデリックは、腕組みをして意味深な顔をした。
「???」
サラサは、突っ込んでいいか分からなかった。
まだ、7歳のサラサ。
しかも、相手は、知り合ってまだ1ヶ月ちょっと。
性格は、間抜けそうなのだが、そうでもないのかも知れない。
判断のしようがなかった。
とは言え、9歳と7歳としては、ハイレベルなやり取りである。
「で、あんたは、引き受けてしまって、不味かったと言いたいの?」
サラサは、話が進まないので、そう聞いてみた。
捻くれた言い分ではあるが、サラサなりに心配していたのだった。




