その8
話を戻そう。
「バンデリック、お前、大丈夫か?」
ヘンデリックは、バンデリックを見て、いつも以上に心配になった。
「え?何がです?兄上」
バンデリックは、そのままの表情でヘンデリックを見た。
「『何が』ではないだろう。
お前も、先程、侯爵閣下のお言葉を承諾しただろうに」
ヘンデリックは、目が眩むと共に、いつも通り、バンデリックの頭を殴りつけたかった。
「え、あ、はい」
バンデリックは、ヘンデリックの言葉に思い出したような表情で、納得した。
「ええっと、話が通じていないようだけど、大丈夫?」
今度は、サラサが不安そうな表情で聞いてきた。
「お嬢様、何分、愚弟でして……。
分かりやすく説明する時間を下さいませ」
ヘンデリックは、サラサに畏まってそう言った。
「分かったわ……」
サラサは思わぬ展開に戸惑いながらも、許可した。
「いいか、バンデリック。
お前は、侯爵閣下にお嬢様の英才教育の補助役として選ばれた。
今後は、常にお嬢様の傍らにいて、一緒に勉学に励み、稽古を行うんだ」
ヘンデリックは、呆れ果てながら、そして、情けないと思いながら、そう説明した。
「ああ、そう事でしたか!」
バンデリックは、ようやく理解したと言った感じだった。
(こいつは、勉学が出来ない訳ではないし、剣技もそこそこいける。
なのに、何で、こんなにも鈍いのだろうか……)
ヘンデリックは、兄としての責任を感じざるを得なかった。
「納得して良かったわ」
とサラサは、安心したかのようにそう言い、
「今度はあたしからの確認ね。
あたしの相棒として、勉学や稽古に一緒に励む用意はある?」
と真面目に聞いてきた。
「はっ、喜んで」
バンデリックは、畏まってそう応えた。
「改めて、よろしく頼むわね」
サラサは、今までのやり取りの可笑しさを我慢するかのように言った。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
バンデリックは、ぺこりと頭を下げた。
その様子を見て、ヘンデリックは、ホッとすると共に、脱力するのだった。
「ところで、お嬢様は、何処のどなた様で……」
バンデリックは、困惑した表情でそう言った。
ごぉぉぉ!!
バンデリックが発した言葉と同時に、轟音が鳴り響いた。
間髪入れずに、ヘンデリックがバンデリックの頭にげんこつをした音だった。
「お前なあ、一族郎党だったら、次期惣領の特徴は知っているだろうに。
それだけではない、ここまでの話の流れで、とっくに気付いている筈だろうに!」
ヘンデリックは、激おこぷんぷん丸だった。
「???」
バンデリックは、痛みで、頭を抱えながら困惑していた。
この前聞いた時には、呆れられただけ兄は教えてはくれなかったからだ。
それは、ヘンデリックの落ち度である。
だが、ヘンデリックは、呆れすぎて答えられなかったのだった。
有り得ない事だったからである。
この場合、どちらに非があるのだろうか……?
「まあ、ヘンデリック、あたしが名乗らなかったのも問題なのだし……」
サラサは、吹き出しそうになるのを我慢して、2人の間を取りなした。
ヘンデリックは、更にげんこつを叩き込もうとしていた右手を所在なさげに降ろすしかなかった。
バンデリックは、今までで一番のげんこつを喰らっていた。
多くのげんこつを喰らっていたが、手加減してくれていたのだと、今、気が付いた。
なので、痛い処の話ではなかった。
「あたしの名前は、サラサ。
サラサ・ルディランよ」
サラサは、そう言うと、今度は屈託のない笑顔を見せた。
先程の笑顔とは全く違っていたので、バンデリックの痛みは、どこかに行ってしまったようだった。




