その5
数日後、ヘンデリックは、弟バンデリックを伴い、ルディラン家の館を訪れていた。
バンデリックを名指しでの呼び出しである。
当然、ヘンデリックは、愚弟が何か仕出かしたと思った。
理由はある。
先日、バンデリックは、サラサと遭っていたからだ。
そう、遭遇していたからだった。
あの後、家に戻ったヘンデリックは、バンデリックからあの子は誰かと聞かれた。
その時のヘンデリックは、唖然としていた。
知っていて、その場にいたのではなかったのかと!
と同時に、自分達の主の娘を知らないのかよとも思った。
確かに、面識はないにしても、その特徴は知っていた筈である。
そして、その特徴を知っていれば、見紛う事は絶対に有り得ない筈である。
(流石に、バンデリックだ……)
ヘンデリックは、その時はそう思って納得する他なかった。
バンデリックは、ある事以外は、察しの悪い人間である。
それは、この頃、最大に発揮されており、ある事もまだなかった。
運動神経、地頭共に、悪くはない。
明らかに平均を軽く超えている。
だが、鬼ごっこをやれば、真っ先に捕まり、隠れん坊をすると、真っ先に見つかる。
そういう子供だった。
どうにも鈍いというか、まあ、本人は全く気にしていなかったので、兄達は何も言わなかった。
と言うか、指摘しても無駄だったので、何も言わなくなったと言った方がいいだろう。
そう言った、いや、どう言ったらいいか分からない不安を抱えながら、ヘンデリックは、バンデリックを伴い、オーマの執務室の前まで行った。
「侯爵閣下、副官殿がいらっしゃいました」
執務室の前の門番が、執務室に声を掛けた。
「通してくれ」
中からは、オーマの声が聞こえた。
「畏まりました」
門番はオーマにそう応えると、扉を開けた。
そして、扉の横に立つと、2人を中に招き入れた。
招き入れられた2人が、部屋の中に入ると、扉は再び閉じられた。
バンデリックは、初めて入る部屋なので、物珍しそうに辺りをキョロキョロ見ていた。
「閣下、ご指示のとおり、愚弟を連れて参りましたが……」
ヘンデリックは、歯切れの悪そうな感じでそう言った。
どういう意図で、バンデリックを連れてこなくてはならないかが分からなかったからだ。
「ヘンデリックよ、あまりそういう言い方をするものではないぞ」
オーマの傍らにいたヤーデンが、注意した。
とは言え、怒っているのではなく、笑顔だった。
その笑顔のまま、ヤーデンはバンデリックを観察していた。
「はぁ……」
ヘンデリックは、ヤーデンの言葉にどう反応していいか分からなかった。
まあ、そもそもこの会談の意味すら分からないのだから、仕方がない。
「ヘンデリックよ、今日、バンデリックに来て貰ったのは、娘の事だ」
オーマは、何時になく、と言うより、柄になく、威厳を振り撒いていた。
サラサの事になると、いくらでも親バカになれるのだろう。
ヤーデンは、傍らでやれやれと言った感じで、生暖かく見守っていた。
「はぁ……」
ヘンデリックは、さっきから間抜けた反応しか出来なかった。
いつもとは違う兄の反応を見ていたバンデリックは、鈍いながらも戸惑っていた。
と同時に、可笑しくなっていた。
まあ、流石に笑う訳には行かなかったが……。
とは言え、たまにこう言う事がある事を思い出していた。
大体が、自分に関係する場面である。
残念すぎる場面が走馬灯のように頭の中を駆け巡るのだった。




