その3
「バンデリック!」
そこに、遠くから声を掛けられた。
救いの主になるのか、分からないが、バンデリックは、とにかくホッとした。
色んな意味で、初めての経験だったからだ。
バンデリックは、すぐに振り向いて、声の主を確認した。
兄のヘンデリックだった。
「兄上!」
バンデリックは、兄の顔を見て、更にホッとした。
この状況から、救い出してくれる主が現れたと感じたからだった。
「バンデリック、お前なあ、上陸初日に、無闇に歩き回るなよな」
ヘンデリックは、弟を叱りながら、近付いてきた。
「すみません、何もかも珍しくて……」
バンデリックは、苦笑いしながらそう言った。
バンデリックは、少年らしく、何でも物珍しく、興味を示す側面を持っていた。
「だからと言って、お前なあ……」
ヘンデリックは、呆れながら、バンデリックに近付いていった。
そして、バンデリックでちょうど見えなかった銀髪の子が見える位置にやってきた。
すると、ギョッとした表情になった。
と同時に、直立不動になった。
「お嬢様、こちらにいらしたのですか!」
ヘンデリックは、緊張感を持った礼儀正しい口調に変わった。
無論、驚きは隠せなかった。
だが、それ以上に驚いたのは、バンデリックだった。
年齢差から言うと、どう見ても畏まる必要性はないと思われたからだった。
「確か、父上の副官のヘンデリックだったな」
銀髪の子は、子供らしからぬ言葉を発した。
とは言え、まあ、そこは子供。
あどけなさは全く抜けない口調だった。
バンデリックは、2人の間で間抜けな表情で、事の成り行きを見守る他なかった。
もう既に、自分の存在感はないと子供ながら感じていた。
「お見知り置き頂き、ありがとうございます」
ヘンデリックは、当たり障りのないように畏まったように言った。
「……」
銀髪の子は、気に入らないといった感じだったが、口には出さなかった。
「お嬢様、閣下がご心配なさります。
館までお送りしましょう」
ヘンデリックは、畏まった言い方をしたが、有無を言わせない大人の口調だった。
「分かった……」
銀髪の子は、明らかに不満そうな表情を浮かべたが、ヘンデリックの方に歩き出した。
今までの行為からワガママ放題を予想していたバンデリックは、拍子抜けした思いだった。
銀髪の子は、ヘンデリックの横を通り過ぎると、素直に自分の館に戻る様子だった。
その後を、ヘンデリックが追った。
バンデリックは、所在なさげに2人を見送る他なかった。
「バンデリック、お前もすぐに戻るんだぞ」
ヘンデリックは、遠ざかる前にバンデリックに向かって、そう声を掛けた。
「了解しました」
バンデリックは、そう答えたものの、しばらくは呆気にとられたように、その場に立ち竦んでいた。




