その1
(何か、この手小さくないか?
しかも靄が掛かっているような……)
バンデリックは、自分の手を見ながらそう思った。
そして、何故か、身体がふわふわしているような、落ち着かないような、この世ではないような変な感じを覚えていた。
更に、声も出せないでいた。
(ん?あれは、誰だろうか?)
バンデリックは、目を凝らしながら、前方にいる人物を見詰めた。
小さな子?
そう認識できたが、夢の中にいるような感覚は依然と消えなかった。
(ああ、そうか、夢の中なんだな!)
バンデリックは、そう思うと、今の状況を完全に納得できた。
と同時に、周りの靄が晴れ始め、この世に自分の存在感を取り戻していくような気分になった。
(これ、子供の頃の記憶では!)
バンデリックが、そう確信した時、眠りから急に覚めたような気分になった。
「ん?あれ、声が出た!」
子供の声が耳から入ってきた。
バンデリックは、自分が発した声だったのに気が付き、急におかしく思った。
現在は、太陽暦525年5月。
バンデリックは、生まれて初めてワタトラに来ていた。
街のあちらこちらを見て回って、上陸した桟橋へと戻ってきていたのだった。
日は既に傾き、港を夕日が差していた。
この時のバンデリックは、9歳。
長兄ヘンデリックが、王都勤めからオーマの副官に就任するので、ワタトラへとやってきていた。
3兄弟の両親は既に他界しており、ヘンデリックが成人したので、家長として、2人の弟の面倒を見ていた。
次兄リンデリックは、大人しく新しい我が家へと戻っていた。
が、バンデリックは、どうにも流行る気持ちを抑えられないので、こう言う事になっていた。
まあ、それはともかくとして、目の前に小さな子がいた筈だった。
今度は、その子をはっきりと目に捕らえる事が出来た。
「銀色の髪……」
バンデリックは、その子を見てそう言った。
珍しい色の髪なので、もの凄く印象が残るはずなのだが、バンデリックは、感性が乏しいのか、色に関しての感想は全く持たなかった。
それはともかくとして、夕日に映える綺麗な髪ではある。
キラキラしているような気がしていた。
(何歳ぐらいなのだろうか?)
バンデリックは、華奢な体つきの子を見た。
自分よりは明らかに年下だと感じたが、何だか不思議な雰囲気を醸し出している子でもあった。
それ故に、何歳と断じるのが難しかった。
(それにしても不景気な顔をしている……)
バンデリックは、9歳らしからぬ感性を持っていた。
抜けているようで、落ち付いているという性格は、この頃からのものだった。
バンデリックは、その子をその場でジッと観察し続けていた。
不景気な顔をしているので、落ち込んでいるものと思われる。
が、見ているうちに、落ち込んでいるというよりも明らかに怒りを抑えているようにしか見えなくなっていた。
とは言え、葛藤を抱えていているのは間違いがないようだ。
葛藤という感覚は、9歳児にはかなり難しいので、バンデリック自身は理解できていなかったが、問題を抱えているという事は感じていた。
そして、それが上手く解消できていない様子だという事も何となく分かった。
そうこうしている内に、その子と目が合った。
まあ、バンデリックが勝手にそう思っただけだったかも知れない。
その子は、バンデリックと目が合ったという感覚はなかったように、視線を元の位置に戻していた。
海を見ていたのだった。
運命なのだろうか?
あまり、こういった事には関わらないバンデリックだったが、気が付くと、そのこの前までノコノコと足を運んでいた。
その子の前で、立ち止まったが、その子は気にする素振りすら見せなかった。
バンデリックは、所在なさげに立ち尽くすのであった。
と言いたい所だが、その子に気付いてもらえないバンデリックはその事に対して、何とも思わなかった。
ただ、そこに立ち、その子と同じ方向を見るのではなく、西側の綺麗な夕日を見詰めていた。
(そう言えば、出会いはこんな感じだったな……)
バンデリックは、夢の中で意識が混濁し、何かに吸い込まれていった。




