その15
ばしゃ、ばしゃ、どっかーん!
ぐらぐら……。
それは、予期せぬ砲撃だった。
船体は揺らされ、乗組員の誰もがバランスを崩していた。
(後方から!?)
サラサは、揺れている船体をものともせずに、後ろを振り返った。
「監視!後方の敵艦の位置を確認せよ」
バンデリックは、サラサが振り向き前に、監視台に叫んでいた。
(見逃したか……)
砲撃を受けたので、新たな敵艦の存在は確実だった。
ただ、サラサには忸怩たる思いがあった。
この船は、いつも乗っている戦列艦ではない。
こう言った事は、想定された筈だった。
とは言え、今更、それを後悔しても、指摘しても詮のない事だった。
「閣下、敵の位置を把握。
ここに1隻の敵艦。
艦型は、沈めたものと同型艦のようだ」
船長は、地図に、駒を置きながら言った。
「射程ギリギリと言った所ね。
味方が沈められたから、慌てて砲撃したと言った所ね」
サラサは、苦虫をかみつぶしたよう表情だったが、冷静に現状を分析していた。
「閣下、どうする?」
船長は、切羽詰まった表情をしていた。
「進路変更、取り舵!」
サラサは、船長の質問に答える代わりに、命令を下した。
「取り舵、急げ!」
バンデリックは、何事もなかったかのように、復唱した。
と言うより、復唱により、鈍い反応を早めようとした。
ただ、鈍いというのはちょっと言い過ぎだった。
商船にしてみれば、十分な操船技術を有していた。
だが、ルディラン艦隊と比べると、そう言わざるを得なかった。
バンデリックの復唱のかいもあり、商船はすぐに左に進路を変更し始めた。
敵艦の位置からすれば、この進路が、最短距離で、射程外から逃れる進路であった。
「閣下、このままでは、まともに嵐に突っ込む事になるのだが……」
船長は、今度は戸惑いの表情でサラサに訴えた。
とは言え、断言せずに、尻つぼみのような言い方をしたのは、状況が全く分かっていない訳ではなかった。
「うふ……」
サラサは、飛びっきりの笑顔で、船長の懸念を肯定した。
「……」
船長は、唖然として、絶句する他なかった。
まずは、目の前の危機から逃れる事が最優先で、その後の事まで考えている余裕がない事を思い知らされたからだ。
ばっしゃん、ばっしゃん、どっかーん!
そうこうしている内に、第2射が襲い掛かってきた。
再び船体が揺さぶられた。
その揺れは、先程より大きなものとなった。
それは、砲撃が正確になっている事を示すものだった。
「!!!」
船長を始め、乗組員達は、縋るような目つきでサラサを見た。
だが、当のサラサは、何の攻撃も受けていないといった風に、涼しい顔で真っ直ぐ前を向いていただけだった。
嵐による暗闇に、サラサの銀髪が映えた。
それを見た、船長と乗組員達は、安心したと言いたいところだが、何とも言えない表情で、サラサに従う他ない事を再度認識させられた格好になった。
(やれやれ……)
バンデリックは、船長と乗組員達に同情はしたが、口には出さなかった。
出しても仕方がないし、恨まれるもの嫌だったからだ。
何はともあれ、この場は、『銀の魔女』が支配していたのは確実である。




