その14
「間もなく、敵の射程圏内に入ります」
バンデリックは、抑揚のない事務的な口調で、事態を告げた。
「進路、そのまま。
これまで通り、敵艦の動きに合わせよ」
サラサは、敵艦を見据えながらそう言った。
バンデリックは、静かに頷いた。
その隣にいる船長は、何とも言えない表情をしていた。
自分の領域の範囲内であれば、どのような状況下でも平然とはしていられる。
だが、事が至ってしまっては、どうしようもないと言った感である。
サラサと船長の立場は完全に入れ替わっていた。
「本当にやるんで?」
船長は、不満と言うより、不安そうにそう言った。
「他に手はないのよ」
サラサは、諦めてといった表情で船長にそう返した。
その傍らで、バンデリックは、操船の細かい指示を出していた。
商船と敵艦の向きを同調させ、ヘッドトゥヘッドの形にしていた。
こうする事により、側面にある大砲からの砲撃をしにくい状況にしているのだった。
「はぁ……」
船長は、脱力するかのように、そう溜息をついた。
諦める他ないと悟ったようだった。
「しかし、意外に、うまく船を操るのね」
サラサは、安心したような感心したような感じでそう言った。
「はぁ、ありがとうございます。
運ぶ荷が通常よりかなり少ないので、それが幸いしているのかと」
船長は、何とも言えない複雑な表情で一応サラサに合わせてそう答えた。
この状況下で、話すような事ではないと感じていたのだろう。
(とは言え、やはり、我らの艦隊に比べると、大分動きは鈍い……)
バンデリックは、2人のやり取りを横で聞いていながら、そう思った。
指示を出しているサラサを見ていると、いつも以上にかなり気を遣っているのは明らかだったからだ。
サラサの方もサラサで、バンデリックの感じている事ぐらいは承知していた。
だが、不満を述べても詮のない事だと分かっていたので、サラサは何も言わなかった。
バンデリックも、同じ事を感じていたので、口に出す事は控えていた。
そうこうしている内に、商船と軍艦の距離は一気に縮まっていった。
向こうの軍艦にしてみれば、こちらの行動が意外だったため、後手を踏んでいた。
その為か、砲撃位置を確保しようと、アタフタしていた。
なので、サラサの策略は上手く行っていた。
とは言え、アタフタしていたのは、敵艦だけではなかった。
サラサがデーンと構えているので、打ち消されているが、商船の乗組員達はいつもとは違う緊張感に晒されていた。
そして、バンデリック。
いつも以上に、気を遣いながら苦労させられていた。
こちらもおくびにも出さないでいたが……。
商船と艦船が更に近付いていき、口数が全くなくなっていた。
ざっぶーん……、ぶーん……、ギシギシ……。
波の音、風の音、船の軋む音がやけにはっきりと聞こえ、その中で、バンデリックの細かい指示が飛んでいた。
そんな中、最後の機会とばかりに、敵艦が面舵一杯とばかりに、こちらに腹を見せた。
要するに、砲撃態勢に入ったのだった。
本来ならば、もっと早く砲撃態勢に入るべきだった。
だが、商船は思った以上に速かった。
砲撃体制を整えている間に、逆側に舵を切られ、そのまま振り切られる可能性が高かったために、これまでそれを取れないでいた。
しかし、このままではどのみち、埒が明かないと見たので、一か八かに出たのだろう。
サラサは、それをじっと待っていたのだった。
「総員、衝撃に備えよ!」
サラサは、尽かさず命令を下した。
あれ?何か、違うぞ……。
とは言え、商船の乗組員は、何かに捕まり対ショック姿勢を取っていた。
ドン、バキバキ……。
衝突音と、木が軋み、破壊される音が響いた。
商船は直進し、敵艦の艦尾側面に船首を激突させたのだった。
うぉぉぉぉ!!
当然、激しい衝撃が商船を襲ったので、乗組員達は、船から振り落とされないように、必死に耐えていた。
追突された敵艦の方は、もっと為す術がなかった。
当たり所が悪く、完全に制御不能になっていた。
ばっしゃーん!!
船体が傾き、横転した。
(これまた、見事に……)
バンデリックは、あまりにも上手く行った光景を見て、逆に呆れていた。
「面舵!」
サラサは、呆然としている乗組員達を叱咤するように、命令を下した。
この辺は流石である。
常に、今は何をすべきかが分かっていた。
「面舵、急げ!
現海域を離脱するぞ!」
まだ唖然としている乗組員達に、バンデリックも復唱した。
2人に言われて、乗組員達は漸く作業に取り掛かり、船が右方向に進路を取った。
「戻せ!」
サラサは、進路が定まると同時に舵を戻させた。
こうして、サラサ達は危機を脱する事が出来たのだった。




