その11
マダックには懸念があった。
とは言え、今のマダックには選択肢がなかった。
シュメリグラズザルでは、本来ティスザサーに送る筈の貨物が降ろされた。
そして、別手段で送るための手続きに奔走させられていた。
焦りがあるとは言え、こう言う事をきちんとやらないと目を付けられる恐れがある。
(今は、焦ってもいい事はない……)
マダックは、内心に葛藤を抱えながら、仕事をこなしていった。
そんな状況の中、マダックとリックが乗っている商船は、無事シュメリグラズザルを出港できた。
まずは、一安心と言いたいところだが、現状、事態が改善された訳ではなかった。
一刻も早く、シーサク王国より離れるために、法国のデウェルへ向けて疾走していた。
そのちょうど中間地点で、突然のキヘイの訪問を受けた。
「伯爵閣下、シーサク王国艦隊に捕捉されました」
キヘイはいつもの丁寧な口調でそう言った。
だが、その丁寧さを以てしてでも、焦りは隠せなかった。
「現状は、どうなっています?」
サラサは、マダックの格好のまま質問した。
(流石だな)
バンデリックは、マダックのままのサラサを見てそう感じた。
見た目こそは変わりなかったが、先程までのサラサは焦りみたいなものを感じさせていた。
まあ、そのわずかな違いは、バンデリックにしか、見抜けないものだった。
だが、事が起きたと同時に、いつものサラサへと戻っていた。
既に、次に何をしたらいいのか、決まっているのだろう。
「その説明は、船長からなさいます。
ですので、お手数ですが、甲板までお越し下さい」
キヘイは、そう言って、甲板へと誘った。
サラサとバンデリックは、キヘイの言われるままにその後を付いていった。
船内を歩いている間、3人は一言も話さなかった。
(捕捉されたと言っていたけど、まだ攻撃された訳ではないし、停船してる訳ではいない。
と言う事は、事前の策がそれなりに効果があったって事よね)
サラサは、思案を巡らしながらキヘイの後について言った。
(取りあえず、まだ、打てる手はありそうだ。
問題は、この船の人達が何処までやってくれるかだな……)
バンデリックの方も、思案していたが、顔には出さないものの、懸念していた。
キヘイは、背後にいる2人の只ならぬ空気を察しながら黙って、2人を案内する他なかった。
甲板に3人が上がると、早速船長が近寄ってきた。
「閣下、言うとおりにしたら、何とかここまで来れたが、見つかってしまったようだ」
船長は、サラサにそう話し掛けた。
「そのようね……」
サラサは、そう言いながら船首へと向かった。
その後をバンデリック、キヘイ、船長が続いた。
「攻撃は受けていないようだけど……」
船首で辺りを見渡しながら、サラサはそう言った。
だが、見える範囲には、敵艦どころか、船が1隻も見当たらなかった。
「閣下の航路設定により、今は振り切れたが、今後どうなる事やら……。
奴さん達は、この船に閣下が乗船している事はたぶんバレている。
停戦命令を出してきたから」
船長は、説明を続けた。
「ん?」
サラサは、船長の言葉に疑問を持った。
「いつもの臨検とは違っていて、気が立っているように見えたから、バレていると思う」
船長は、サラサが質問する前に察して答えた。
(成る程、意外と、目端が利くようね)
サラサは、感心した。
(とは言え、何処まで頼りになるか……)
バンデリックは、まるでサラサの気持ちが分かっているかのように、その後の思いを続けていた。
状況は危機的なものである事は明らかだった。




