その8
予測していた事が無駄になる事はよくある。
不測の事態に備えようとして、予測するのだが、いざ事に当たると、案外大した事がなかったと言う事は、間々ある。
あ、まあ、そんな事はどうでもいいですね。
サラサは、盟主の執務室ではなく、協議体の会議室へと通された。
無論、傍らには、バンデリックがいた。
会議室には、盟主がいるのはもちろんの事、その傍らには副盟主がいた。
そして、その後ろには、メンバー全員がいた。
非公開ではあるが、公式な場である事が直ぐに理解できた。
つまり、これから言い渡される事は、トット連盟の総意によるものである。
サラサは、バンデリックを従えて、盟主の前に進み出た。
そして、立ち止まった。
「改めまして、バルディオン王国ワタトラ伯爵閣下、遠路、ご足労頂き、ありがとうございます」
盟主が、まずは一礼した。
「とんでも御座いません」
サラサが、続いて一礼した。
「協議体の結論が出ましたので、お伝え致します」
盟主が、恭しくそう言った。
「はい」
サラサは、短くそう答えた。
これで、漸くモヤモヤ感から解放されると言った感じだった。
「結論から申し上げますと、貴国との同盟の件は、今は時期ではないと考えました」
盟主は、正にやんわりと言った口調でそう言った。
盟主はやんわりと言った筈だが、サラサにとっては、にべもなくは言い過ぎだが、率直に言われたと感じていた。
驚いたり、嘆いてはいなかったが……。
「ただし、縁は大事にしたいと思っております。
加えて、ワタトラ伯という重要人物を派遣して頂き、誠意を示して頂きました」
盟主は、先程のやんわりとした口調で続けていた。
(重要人物……)
当のサラサは、変な言葉に引っ掛かっていた。
この辺は、エリオと似ている。
自分自身が、王国の重要人物という認識が欠如しているのは明らかだった。
自己評価が意外と低いと言えば、聞こえがいいのかも知れない。
ただ、明らかに、この件に関する認識能力が欠如していた。
とは言え、今はどうでもいい事かも知れない。
と言う事で、この件は、これ以上は掘り下げない。
「ですので、同盟関係を結ぶには至りませんでしたが、勝手ながら、貴国との友好関係を深めたいと考えています」
盟主は、同じやんわりとした口調で続けた。
「……」
サラサは、予想外の事に驚いていた。
傍らのバンデリックは、対照的に当たり前という表情をしていた。
盟主は、直ぐに返答してこないサラサに、ニコリと微笑んだ。
無言だったが、返答を求めてきているのは明らかだった。
「本国に持ち帰ってみないと、分かりませんが、我が国も同様な考えになると思われます」
サラサは、盟主を立てるようにそう言った。
だが、即答する訳ではなかった。
一応、全権特使として、来ているので、これぐらいの事は決められる権限はある筈だった。
当然、サラサが気付かない訳はなかった。
サラサにしてみれば、目の前の人物がどうにも胡散臭いというか、まあ、どちらかと言うと、苦手意識があった。
その為、警戒しての事だった。
「よしなにお願いします」
盟主は、警戒しているサラサを気にも留めない風に、笑顔でそう言った。
胸の内はよく分からないが、役者としては、サラサよりも遙かに上である。
やはり、年の功か……。
「了解致しました」
サラサは、それに対して、必要以上に恭しくそう言った。
その言葉を聞いた盟主は、満足そうに頷いたのだった。




