その5
「それでは、あなたが現地に赴く理由がないではないですか?」
ラ・ライレの言い方は質問の形だが、明らかに断定だった。
その事は、一つずつ解決するのではなく、面倒なので一気に却下しようという方針に変わった事を示唆していた。
あ、もう、要するに、まともに話し合うのは不可能だし、面倒だと思ったのだろう。
「漢のロマン」というフレーズ自体、女性にとっては、聞くに値しないというよい例証だろう。
女王だからと言って、寛大に何でも人の意見を聞く必要はない。
それどころか、こう言ったアホみたいな話は、完膚なきまでに叩き潰すのがよいだろうという判断だ。
しかも、身内の意見だ。
何も遠慮する必要はない。
「陛下、理由はありますよ」
エリオは、ラ・ライレの決意とは真逆の事を口にした。
「……」
ラ・ライレは、まずは無言を貫いた。
意図的であり、エリオのペースに乗らない為の措置であった。
だが、同時に、やれやれ感から来るものであった。
そう、まともに相手しても仕方がないと。
ここは、引き付けて一気に叩いてしまおうという魂胆が見え見えだった。
「……」
無言のラ・ライレに対して、エリオも無言で応えた。
こちらは意図的と言うよりも、素直なのか、間抜けなのか、純粋に女王の答えを待っていたからだ。
言うまでもないが、エリオにはこう言った駆け引きは出来ない。
代わりに、周囲を間の抜けた雰囲気に変える能力は有している。
「で、その理由とは何ですか?
貴公が現地に赴く事で、現地が活性化するとでも言うのですか?」
ラ・ライレは、溜息交じりに聞く事になった。
根負けした訳ではないが、これ以上間の抜けた雰囲気が広がるのに、耐えられたなかったのだろう。
まあ、それはともかくとして、女王が口にした「活性化する」という言葉を受けて、更に変な雰囲気になった事は言うまでもなかった。
その場にいた3人は、全員、エリオが現地について、盛り上がる情景を思い浮かべた。
そして、瞬時に、女王と王太女は、それは有り得ないと否定した。
間の抜けた雰囲気から、妙な虚脱感というか、一種の絶望感に支配されてしまった。
どうも、話が進まない。
……。
「ああ、そういう事ではなくて、純軍事的な意味合いです」
ボールが自分側にあると勘違いしたエリオが、続けて言った。
ダメ押しのつもりなのだろう。
とは言え、これは本当に、本当の本心なのだろうか?
「……」
それは、ラ・ライレもそう感じていたらしく、あからさまに訝しげな視線をエリオに向けた。
ずうっと、黙っているり・リラは、もう鼻で笑う事もしなかった。
「本当の事ですって!」
流石のエリオも、この場の空気を読み始めて、釈明するように言った。
話が全く進まない事で、ようやく自覚し始めた所だった。
だが、まだまだその認識は甘すぎた。
「……」
ラ・ライレは、エリオの釈明に対しても無言だった。
リ・リラは……。
やはり、「漢のロマン」発言は不味かったのかも知れない。
というより、明らかに不味かった。
あの発言以降、エリオの言う言葉は、正論でも全て只の言い訳にしか聞こえなくなるのは当然だろう。
当然、エリオはその事には全く気付いていない。
流石の稀代の策略家である。
「現在、東方貿易は、ほぼウサス帝国に牛耳られています」
エリオは、真面目に説明を始めてしまった。
だが、そんな事、ラ・ライレが知らない筈はない。
つまり、エリオの言いたい事は分かった上で、エリオの行動を阻止しようとしている。
それは、ラ・ライレにとって、それより優先順位が高いものがある事を示していた。
なので、この後、いくら説明しようが、ラ・ライレは首を縦に振る事はなかった。
更に、その後も、エリオなりに、色々と言葉を並べ立てたが、所詮稀代の策略家の弁舌であった。
取り付く島もないといった感じで、時が過ぎていった。
そして、無事、エリオの説明は徒労に終わり、女王の執務室を後にする他なかった。




