その4
案内人に、再び宛がわれた部屋にサラサとバンデリックは、連れて来られた。
そして、案内人は、一礼すると、部屋を出て行った。
「それにしても、盟主は凄い人物だったわね」
案内人が、扉を閉めると同時に、サラサはいきなり口を開いた。
「閣下……」
バンデリックは、慌ててオドオドしたように、両手を所在なさげに胸の所まであげていた。
迂闊な事を話すなと言う合図なのだろう。
だが、相手が相手だけに、それを徹底させる事を端っから諦めているというか、困っていた。
「大丈夫!」
サラサは、微笑みながらそう言った。
「……」
バンデリックの方は、何と答えていいか分からなかった。
その両手は、相変わらず所在なさげに宙を彷徨っていた。
まあ、言いたい事は決まっているのだが、それによって、サラサが方針転換するとは思えなかった。
なので、どうしようかと混乱していた。
そして、何時にない外交というシチュエーションだ。
「いや、適切な言葉ではないわね……」
とサラサは、バンデリックの悩みを他所に、考える仕草をしてから、
「でも、まあ、どこで何を話しても、筒抜けでしょうから、気にする必要はないでしょう」
と悪戯っぽく微笑みながら、扉の方、窓の方、壁の方へと、気配を伺うような仕草を見せた。
「まあ、そうですね……」
バンデリックは、自分が悩んでいた事が馬鹿らしくなる程の正論を言われた気がした。
そして、諦めたように、手を戻してしゃんとした。
(確かに、あちらこちらに盟主の目や耳が張り巡らされているのだろうな……)
バンデリックは、盟主ユリア・リオフリンを思い出しながら、そう確信した。
そこかしこに、妙な雰囲気を醸し出していた。
19年、この国のトップにいる癖に、年齢不詳の姿形、取っ付きやすいオバさんを演じているなど、明らかに掴み所がない。
見た目だけはオバさんではなかったが……。
まあ、一言で言ってしまえば、根性悪の○○ば○あである。
「しっかし、外国に出てみると、国内以上に色んな人間がいるものね……」
サラサは、呆れたようにそう言った。
脳裏には、ウサス帝国のフレックスシス大公、そして、エリオの顔が思い浮かんでいた。
いずれも、一癖も二癖もある人物だと、サラサは思っていた。
「あの盟主の事です、交渉の難航が予想されますね」
バンデリックは、サラサの心を知ってか知らずか、本題を切り出してきた。
「うーん、それはどうかしらね……」
サラサは、意外にも気のない返事をしてきた。
「……」
バンデリックは、驚いていた。
言葉も出ない程、驚いていたが、まあ、いつもの通りかも知れない……。
(確かに、お嬢様なら、上手く事を運べるやも知れない……)
バンデリックは、サラサが今回の任務を上手くやり遂げる事を想像した。
が、当然、出来なかった。
艦隊戦ならともかく、サラサの交渉術がそれ程のものとは、とても想像が出来なかったのだった。
だが、エリオの評価は同盟締結になるという予想である。
だが、しかし、バンデリックの方は全くの逆である。
でも、まあ、常に傍らにいる分、バンデリックの方が正しく思える。
(何か、やらかさなければいいが……)
結局の所、バンデリックは、違う心配をせざるを得なかった。
「結局、あちら側としては、もう既に結論は出ていると言った感じなのでしょうね」
サラサは、諦めたようにそう言った。
その言葉に、バンデリックは、良からぬ想像から現実に引き戻された。
「どういう事でしょうか?」
バンデリックは、違う驚きを持って、サラサに質問した。
「法国駐大使から、予め連絡は来ているでしょ。
そう考えると、あたし達が来るまでの間、話し合わない訳がないでしょうに」
サラサは、意外と淡々と自分の意見を述べた。
「ならば、何故、すぐに返事をしなかったのでしょうか?」
バンデリックは、いつもながらサラサの冷静さに驚いた。
「一応、あたし達、非公式ながら外交使節団だしね。
しかも、親書を持参してきているからね。
すぐに追い返す訳にはいかないでしょう」
サラサは、いつもの通りというか、よくするあっけらかんとした感じでそう言った。
「追い返すと思っているという事は、閣下は、この交渉が上手く行かないとお思いですか?」
バンデリックは、驚きの表情を浮かべた。
いつもの事なのだが、こうも簡単に答えを出してしまうところに、驚いており、呆れてもいた。
「そう、思うわよ。
来る前から、連盟にとっても、我が国にとっても、今すぐにメリットがあるものとは思えなかったから」
サラサは、再びあっけらかんとした感じで言った。
「しかし、すぐにメリットはないにしろ、味方を増やすのは、有効かと思いますが……」
バンデリックも、この同盟にはすぐに効果が出るものではない事は分かっていた。




