その3
「『銀の魔女』という2つ名をお持ちと聞いていましたので、どんな人が来るのかと心配していましたが、とても可愛らしいお嬢様なのね」
盟主は、ニコリと微笑んだ。
盟主は死神ではなく、魔女と呼んでいた。
こちらはこちらで、サラサの事を既に値踏みしていたようである。
「恐縮です」
サラサは、無表情のままそう答えた。
サラサにとっては、その2つ名は、敵から言われているだけであって、何の有難みもなかった。
「あら、これは失礼な言い方でしたね。
申し訳ございません」
盟主は、無表情のサラサからすぐに、その不快感を悟っていた。
「いえいえ、お気になさらずに」
サラサは、再び無表情に、気にしていない事を告げた。
「……」
盟主は、その言葉に、ニコリとしただけだった。
(油断ならない人だ……)
サラサは、妙なプレッシャーを感じていた。
そして、明らかに試されていた。
「早速ですが、バルディオン王国国王陛下より、親書をお預かりしております」
サラサは、盟主のペースに乗らないように、用向きを済ませる事にした。
ただ、これが、相手のペースに乗らないようにするための対策になるかは、サラサ自身も疑問を持った。
とは言え、このまま話しているよりはマシだろうという判断だった。
サラサは、そう言うと、バンデリックの方を見た。
バンデリックは、サラサと目が合うと、頷いた。
そして、恭しく親書を掲げると、サラサの横を通り過ぎて、盟主の前に出た。
「親書、謹んで拝見させていただきます」
盟主は、バンデリックにもニッコリと微笑むと、掲げられた親書を受け取った。
バンデリックの方は、盟主が親書を受け取ったのを確認すると、一礼して、さっとサラサの後ろに下がった。
(何だか、無駄に疲れたような感じがする……)
バンデリックは、サラサの後ろに下がって、ホッとしたような感覚になっていた。
盟主の前に出た時、何だか、異様なプレッシャーを感じていた。
さっと下がったのは、黒子としての役割を果たしただけだった。
と同時に、盟主から受けるある種の強迫観念に囚われた感覚があった。
つまり、バンデリックは、さっと安全圏に逃げたのだった。
それに対して、盟主の方は、ちょっと驚いたような、唖然としたような、感じでいた。
バンデリックのあまりにも見事な身のこなしに驚いていたからだった。
一分の隙も見せないという感じを悟っていた。
やはり、この辺は、バンデリックの危機察知能力の高さを示していた。
日頃の鍛錬と言っていいか分からない成果だった。
盟主は、唖然としていた所から、ニッコリと再び微笑んだ。
「盟主閣下、まずは親書をご覧下さいませ。
その後、ご検討下さい」
サラサは、盟主が何か言おうとしたのを遮ってそう言った。
そちらのペースには乗らないという意思表示でもあった。
「そうですね。
そのようにさせて頂きます」
盟主は、あっさりとサラサの提案を受け入れた。
まあ、反発する必要もない事ではあるが……。
「よろしくお願い致します」
サラサは、そう言うと頭を下げた。
当然、それに倣って、バンデリックも頭を下げた。
「伯爵閣下、では、少し、いえ、大分お時間を頂きます。
その間、居室なりでお寛ぎ下さるか、その他ご自由にお過ごし下さいませ。
人を付けますので、その者にお世話させて頂きます。
何なりとご用件・ご要望をお申し付け下さいませ」
盟主は、相変わらずニッコリしながらそう言った。
「ありがとうございます。
では、我らはこれにて、一旦失礼させて頂きます」
サラサは、退出の挨拶をした。
「承知しました。
では、後ほど」
盟主も、返答した。
その返答を聞くや否や、サラサは一礼して、踵を返した。
と同時に、その時、ドキッとした。
ちょうど逆光になるような形で、盟主の笑顔が見えたからだ。
その笑顔は、盟主の見た目通り少女そのものの笑顔ではあった。
だが、盟主は見た目とは違い、サラサと同い年くらいの年齢ではなかった。
3周りは離れている筈である。
なので、その身に纏う空気は、百戦錬磨の政治家そのものの怪しさを醸し出していた。
その異様な空気と無垢なような笑顔が混ざると、サラサでも言い知れぬ不安を感じざるを得なかった。




