その8
「リ・リラ様、いい加減になさったらどうですか?」
リーメイは、執務中のリ・リラにあっけらかんと言い放った。
そして、音を立てずに、給仕中の紅茶をリ・リラの前の前に置いた。
「……」
リ・リラは、執務中の手を止め、出された紅茶に注目せざるを得なかった。
紅茶は絶妙なタイミングで出されたからだ。
そのタイミングとは、リ・リラが、決済済みの書類を片付けて、さあ、次の書類に取り掛かろうとした時だった。
そう、リ・リラの目の前に書類が無くなる一瞬の隙というか、時というか、そのタイミングで出されたのであった。
リーメイが、リ・リラの身体を気遣って強制的に休憩を取らせる時にやる妙技である。
これを寸分違わずに、音も無くやれるのは、世界中、どこを探してもこのリーメイだけだろう。
とは言え、今回は、リ・リラは、怪訝そうな表情でリーメイを見つめる他なかった。
執務を始めてから、恐らく10分も経っていない時に、これをやられたからだ。
と言う事は、自分が、何か、やらかした事になる。
リ・リラは、勿論、思い当たる節がない。
まあ、嘘なのだが……。
そう思いたかっただけだった。
思わぬ見つめ合いになってしまったので、リーメイは、やれやれと言った感じで、大きな溜息を吐いた。
「いい加減、お話しを進めたら如何ですか?」
リーメイは、あからさまに説教モードに入った。
こういう言い方が出来るのは、王国広しとは言え、リーメイだけだった。
エリオなんぞ、そんな態度を小指の爪先でさえ、許されないだろう。
「何の事?」
リ・リラは、自分の圧倒的不利な状況を悟り、惚けてやり過ごす事とした。
リ・リラにしては、大変珍しい事である。
「ああ、そういう態度に出ますか……。
ならば、そのまま歳を取って、おばあちゃんになるだけですよ。
そうなっても、私は知りませんから」
リーメイは、呆れると共に、見捨てる態度を示した。
「だって……」
リ・リラは、珍しく年相応に拗ねて見せた。
可愛らしい仕草なのだが、リーメイはそれに騙される訳はなかった。
「あの朴念仁が、珍しく、いや、初めて、話を進めたのですよ。
それで、ご満足なさいませ」
リーメイは、攻勢を緩める気はサラサラないようだった。
流石に4人組のドンである。
うち、2人は、女王と公爵。
地位などは完全にあっても無きが如く、容赦がなかった。
「だって……」
リ・リラは、今度はふくれっ面になった。
この事について、思考が停止している事は明らかだった。
(他の事には聡明なのに、この事になると、どうして、こうなるの?)
リーメイは、回れ右をして、執務室から出て行きたい気持ちになった。
とは言え、4人組のドンとしては、それは出来なかった。
「『だって』で、このまま放っておくつもりですか?
エリオ様が先に動いてくれた以上、それに答えるのが、リ・リラ様の義務だと思いますが」
リーメイは、畳掛かるようにそう言った。
とは言え、言葉遣いが何か違う気がしていた。
もう少し艶やかな言葉もあるだろうが、エリオとリ・リラの間には、あまり似つかわしくない。
それは、とても残念な事である。
リーメイもそう思いたくはないが、事実はそうなので仕方がない。
何より、そう言う言葉では、リ・リラは説得が出来ないだろう。
そして、リーメイは現状をしっかりと理解していた。
エリオからプロポーズさせた事で、リ・リラは圧倒的な優位な立場を得た。
それを利用して、優位に進めようとしたが、選りに選って、順番を間違えた。
エリオに気持ちを伝える前に、公表して、話を進めてしまった。
普段では考えられない、リ・リラの失態であった。
浮かれすぎたのである。
それにより、リ・リラの圧倒的な優位な立場は、脆くも崩れ去ったのであった。
まあ、それで、今の状況になっており、要するにいじけているのであった。
「……」
リ・リラは、黙ってしまっていた。
女王の地位に就いている人物に相応しく、理詰めで追い詰められると、嫌でも自分の現状を思い知らされる。
(あと、もう一押しかな?)
リーメイは、ようやく解決に向かえそうだと確信し始めていた。
だが、そこに邪魔が入った。
コンコン!
扉をノックする音が聞こえたからだ。
「何か?」
いち早く反応したのは、リ・リラだった。
女王らしい威厳があり、よく通る言葉で、はっきりと言った。
「はっ。
クライセン公爵閣下から、本日の御前会議を早めて頂きたい旨を承りました」
扉の向こうの近衛が、リ・リラの呼び掛けにそう答えた。
それを聞いたリ・リラは、明らかに安心した表情になった。
それは一瞬だったが、リーメイは見逃さなかった。
「中に入って、詳しく説明して下さい」
リ・リラは、再び女王の口調で、中に入るよう促した。
「失礼致します」
近衛はそう言うと、扉を開けて、中に入ってきた。
「で、公爵は何と?」
リ・リラは、女王らしくそう聞いた。
「はっ。
火急の連絡が、部下から入ったの事です。
それについて、王族と3公で、情報共有と意見交換をしたいとの事です」
近衛は、畏まりながらそう答えた。
「了解しました。
会議を早めると、ラ・ミミ様と3公に通達するように」
リ・リラは、女王らしくそう言った。
「畏まりました」
近衛は、そう言うと、一礼して、部屋を出て行った。
窮地を救われた気分のリ・リラを他所に、リーメイはしらっとした視線を送っていていたのは言うまでもなかった。




