その2
でも、まあ、今回は、エリオの好きである筈の商売の話である。
そんなに簡単に諦めていいのかという思いが、マイルスターにあった。
「閣下、見ない事にして、そのままにしていいのですか?」
マイルスターは、ニヤリとしながら単刀直入にそう言い切った。
普段やられているせいもあり、こう言う時こそ、という感がなかったとは言い切れない。
「改善できるなら、もう、とっくに手を打っているさ」
エリオは、絞り出すようにそう言った。
「……」
マイルスターは、その言葉を聞いて返答に困った。
確かに、この人が、やれる事をやっていないのは有り得なかった。
なので、すぐに状況を理解した。
「なんなら、マイルスター、貴公に改善方策を実行する責任者になって貰っても良いのだぞ」
今度は、エリオが反撃する番だった。
「それは……」
マイルスターは、一気に立場を逆転されてしまったので、痛恨の極みといった感じだった。
それを見たエリオが、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
(ぐ、ぐ、ぐぅ……)
マイルスターは、反撃の糸口さえ掴めないでいた。
どうやら、意外な事にエリオの完全勝利に終わりそうだった。
「総参謀長閣下を解任なさり、大商人に仕立てられたら、確かに収支は莫大なプラスになりますね」
仕事を黙々とこなしていたシャルスが、ボソッと言った。
「!!!」
その言葉に、エリオは絶句せざるを得なかった。
シャルスは、そのまま何事もなかったように、仕事を続けていた。
皆まで言うのは野暮といった感じなのだが、それすら、感じさせなかった。
エリオもマイルスターも、シャルスの言った言葉の裏側まで瞬時に理解していた。
マイルスターが、貿易改善のために動けば、全軍の総参謀長が不在になり、海軍が大混乱する。
その影響は絶大で、国防を瀕死に追い込むだろう。
それでも、貿易さえ、大きな改善が見られれば、収支はプラスにはなる。
だが、マイルスターに、もしかしたらそんな秘めた力があるやも知れないが、ほぼないだろう事が予測できる。
となると、瀕死の国防を支える為に、厄介事の処理は、全てエリオがやらなくてはならない。
そういう未来が、簡単に予測できた。
あ、まあ、簡単に言えば、面倒臭い事になるという事だ。
エリオが真っ先に思い浮かんだ言葉もこの「面倒」という言葉だった。
エリオの参謀を務められるのは、そう多くはない。
現在の所、この世には2人しか存在しなかった。
無論、色々な人材を試しては見た。
あ、でも、試す前にいつも終わってしまうのだが……。
そんなこんなで、今日に至っているのだった。
「今は現状を受け入れ、見守る他ない」
エリオは、珍しく真面目な顔つきになり、無念そうにそう言った。
「クラセックを始め、商人達に発破を掛けては?」
マイルスターは、一応そう言ってみた。
「商人達は頑張っているだろう、自分達なりに。
だが、商売は信用が大事だからな。
取引相手が、急に変わったのだから、相手も慎重になるだろう」
エリオは、更に無念そうな表情になった。
マイルスターは、「信用」という言葉にちょっとびっくりしていた。
「ホルディム家は西方貿易に関しては、凄腕で、信用もかなりあった。
それが、急になくなったのだ。
影響が大きくないとは行かないだろう」
エリオは、ついに諦めの境地に達したといった感じだった。
ある意味、ホルディム家を完全に追い込む真似をしなかった真意は、ここにあったのだろう。
リーラン王国に有益な商売人としての側面があったので、エリオは政治闘争を仕掛けられても、本気では相手にしなかったのだった。
「はぁ……」
マイルスターは、改めてエリオの深謀遠慮を感心せざるを得なかった。
尤も、エリオの場合、自分にとって、より面倒のない方策を選択にしたに過ぎなかったのだが……。
「とは言え、ヘーネス公やスリアン侯と色々と案を出し合いながら、ゆっくりでもいいから改善していく事にするさ」
エリオは、現状をそう締めくくった。
その表情から、自ら陣頭に立ちたいのは明らかだった。
だが、戴冠式直後や、リ・リラの婚約発表など、エリオが王都を動けない状態である。
ちなみに、スリアン侯は大蔵省の大臣である。
(まあ、久々にストレスが貯まっているといった感じかな……)
マイルスターは、エリオの今の姿を見て、そう思った。
とは言え、エリオ自身が乗り出せない理由は判明していた。
(この御方は商売が好きなのだが、戦略的にはともかく、戦術的には絶対に損する場面しか思い浮かばない……)
最後に落ちが付いた(?)が、この時、エリオもまた西の方向を見ていたのだった。




