その1
太陽暦536年3月、エリオは王都を動けないでいた。
海軍の総司令官、陸海軍の統括責任者としては当たり前の事である。
だが、当の本人にはその認識がないらしく、動けない事をストレスに感じていた。
まあ、ストレスに感じているだけならまだしも、上手く行っていないのはそのせいだという認識さえ、持つようになっていた。
「酷いものだな……」
エリオは、報告書を片手にしかめ面をしていた。
「はぁ……?」
斜め前の席で自分の執務を行っているマイルスターが、エリオの態度に何と答えていいか、分からないといった表情だった。
「……」
その隣で、同じく執務を行っているシャルスは無言で、自分の仕事をこなしていた。
いつも通り、何のリアクションもなかった。
「!!!」
エリオは、次の言葉を発する事なく、報告書を睨み付けていた。
何やら不審な点を発見したのかと思う程、ジッと見ていた。
(やれやれ……)
マイルスターは、呆れるというか、諦めると言っていいか、何とも言えない表情になった。
エリオの見ている報告書は、貿易統計の報告だった。
「酷いものだな……」
エリオは、同じ言葉を繰り返した。
だが、周りの反応を待っている様子はなかった。
なので、逆に、マイルスターは口を開かざるを得なかった。
「閣下、如何なさいましたか?」
マイルスターは、仕方ないといった感じでそう言う事にした。
質問されたエリオは、報告書から目を離して、マイルスターを見た。
声を掛けられるとは思っていなかったという表情だった。
とは言え、驚いた様子ではなく、いつもの間抜けた表情だった。
「……」
なので、エリオは、特に何も返答はしなかった。
……。
返答が返ってこなかったので、間抜けな間が空き、シャルスが発する筆記の音がやけに響いた。
「あ、いや、だから、閣下、如何なされましたか?」
マイルスターは、口をポカンと開けた表情から我に返ったように、再度尋ねた。
エリオが目を通す前に、マイルスターは報告書に目を通していたから、酷い報告書だという事は分かる。
あ、まあ、報告書が読みづらいという訳ではない。
数字が酷いというものだ。
なので、エリオが何を言っているかは分かっているつもりである。
ただ、酷いを連発していて、何も言わないのは明らかにエリオらしくなかった。
「酷いものだな……」
エリオは、再び同じ言葉を繰り返した。
マイルスターの言葉は聞こえているのは、明らかだった。
それは、明らかにマイルスターの方を見ようとしないように頑張っている事から分かる。
「ですから、閣下、如何なされましたか?」
マイルスターは、流石にエリオの参謀らしく、我慢強く同じ質問を繰り返した。
「……」
エリオは、それにも答えずに、書類をそっと自分より遠い場所に置いた。
(あ、逃げやがった!)
マイルスターは、直ぐにそう確信した。
酷い報告に対して、エリオが何も解決策を出さないのは確かに珍しい事だった。
そして、それに対して、責任を放棄するような事をするのは、まあ、ない訳ではなかった。
それは、明らかに何も手立てがない時だった。
対リ・リラの事などは、最たるものだった。




