その7
「貴公の言っている事はよく分かる。
だが、ここで、消耗し尽くす訳にはいかない。
マグロッドを一時的に失っても、戦力さえ残ってれば、取り返せる。
それに、消耗し尽くすと、リーランに対抗できなくなる」
大公は、マイラック公を説得した。
「リーランですか……」
マイラック公は、戦っている相手より、戦っていない敵を警戒しているのに驚いた。
(いや、よくよく考えてみると、今回の事は、全てサキュスを急襲されてから起こったもの……。
やはり、振り出しに戻らなくてはならないか……)
マイラック公は、すぐに考え直して、頭の中を整理しようとしていた。
「貴公が考え込むとは、珍しいな」
大公は、言葉に詰まったマイラック公を物珍しそうに見ていた。
「殿下は、スヴィアよりリーランを警戒しているのですか?」
マイラック公は、聞くまでもないと思いながらもそう聞いた。
「あんな風に、サキュスを急襲できる人物はそうそういまい。
正に、『漆黒の闇』だ」
大公は、冷静にそう言った。
本当なら苛立つところだが、あまりにも見事すぎたので、大公の性格からはその事を冷静に高く評価せざるを得ないのだろう。
「クライセン公エリオですか……。
稀代の戦闘狂ですな」
マイラック公は、エリオをそう評した。
この評価を聞いたら本人は、徹底して異議を唱えるだろう。
「ああ、そして、稀代の戦略家でもある」
大公は、マイラック公の評価を否定はしなかった。
まあ、敵から見れば、戦闘狂に見えなくもない。
「しかし、その戦略家でも、サキュスを占領には至らなかったですな」
マイラック公の認識としては、エリオはただの戦闘狂なのだろう。
「それは、今回の戦略目標が、攻撃ではなく、防御だったからである」
大公は、マイラック公の認識にすぐに異を唱えた。
「防御?
ああ、確かにそう考えると、合点が行きますな」
マイラック公は、大公の予想もしない言葉に、驚きながらも納得した。
「あれがいる限り、リーランは侮れない。
本当に闇深い」
大公は、珍しく忌々しそうに言った。
エリオは、どの敵にとっても名すら呼びたくないらしい。
本当に、人を苛立たせる天才である。
冷静沈着が体言化された大公ですら、このようになる。
「ぶぅ……」
マイラック公は、人間らしい大公を見て吹き出してしまった。
ギロリと睨んで、大公はその笑いを制した。
「それならば、リーラン内部を分裂に追い込んだのは上策でしたな」
マイラック公は、リーランの反乱を仕掛けた大公を大いに評価した。
「いや、下策中の下策だった」
大公は、今度は珍しく後悔したような口調で言った。
「え?」
マイラック公は、この会談で一番驚いた表情になった。
「今回の事で、内部の敵を排除し、軍権を完全に掌握されてしまった。
これが、どれ程危険な事か、貴公なら分かるだろう」
大公は、冷静な口調が更に増していた。
大公には大公の思惑があった。
だが、ホルディム伯が思った通りに動いてはくれなかった。
ホルディム伯は自分の思惑があったので、大公の期待には沿えなかった。
その結果、北方艦隊の壊滅という事態に陥ってしまった。
唯一救いになったのは、リーラン遠征軍の撤退が早まった事だけだろう。
そう考えると、もう結果が全てを物語っていたので、大公の言い分は正しいと言えた。
「確かに」
マイラック公は、今度はこの会談で一番真面目な表情になった。
そして、大公の言葉が最後の後押しになった。
公爵は、立ち上がると、
「殿下のご意向通り、撤退の準備を始めます」
と言って、敬礼した。
2人は、過ぎた事を後悔するより、今できる事に集中する事を決めたようだ。




