その5
「貴公の思惑は承知した。
で、実際のマグロットの戦況はどうなのだ?」
大公は、エリオの話をしていても仕方がないので、話題を戻すことにした。
今の脅威には全く関係ない話になるからだ。
あ、いや、大公や公爵の行動には大きく影響を及ぼしてはいた。
だが、それとこれとは全くの別な話ではある。
うん、だからエリオをディスっている訳ではない。
「数的不利、制海権を握られている割にはうまく戦えていると思いますよ」
公爵は、率直にそう答えた。
「海軍兵力は、北方艦隊が壊滅した現在、慎重に事に当たらないといけない。
いつもなら、ルディラン艦隊が劣勢分を補ってくれるのだが、今回ばかりは、それも無理だろう」
大公は、海軍のフォローをまず行った。
「中央艦隊を動員というのは、やはりダメなのですか?」
マイラック公は、一応要請してみた。
「北方艦隊を再編成するのには時間が掛かる。
その為、いざという時の為に、帝都に艦隊を置いておく必要がある」
大公は、マイラック公の要請ににべもないと言った感じで答えた。
一瞬で、要請を却下されたマイラック公は予想通りのこととは言え、苦笑いをした。
「陸軍の方は、いつも参戦しているミュラドラだけではなく、周辺都市ベレシズ、エメン、シマラア、アハムラーラからの援軍を入れている。
更に、バルディオン王国からも援軍が駆け付けている。
これらにより、マグロッドの西方鎮守軍はそれだけ増員されていると言える。
だが、劣勢である。
敵も、増援を送ってきているからだ」
大公は、いつも通り事実を淡々と述べていた。
「はははっ……」
現場で戦っているマイラック公は、言われなくても分かっているので、力なく苦笑いする他なかった。
まあ、現場に出ている以上、肌で感じているので、その切迫感は大公以上のものであろう。
でないと、只の間抜けである。
「加えて、更なる敵の増援の兆候が見られる」
大公は、まだ事実を淡々と並べていた。
これにより、マイラック公は大公が何をしようとしているか、察しが付いてしまった。
と言うより、ここまで出向いてきた事で、既に察していた。
でも、まあ、生粋の軍人であるマイラック公は、それに簡単に従う訳には行かなかった。
「王国からの増援要請と、更に周辺都市から兵を集める事は出来るのではないでしょうか?」
マイラック公は、大公に再び要請した。
公爵も無能ではない。
色々な要請は既に出しているが、ノーという返事しか返ってこなかった。
今は、ダメ元で最高責任者に直談判しているという所だった。
「王国の方は、現在、湖畔都市ラロスゼンロが侵攻を受けている。
その為、こちらに援軍を回す余裕はないだろう。
現在派遣している援軍も引き上げたいのが本音だろう」
大公の回答は、率直だった。
事実だけを突き付けるものであり、状況を理解している事が窺えた。
だが、それ故に、発言が重すぎる傾向がある。
なので、マイラック公は黙って聞いている他なかった。
「現在、援軍を出している5都市の更なる周辺から援軍を掻き集めるのは、確かに出来よう。
だが、時間も掛かるだろうし、寄せ集めでしかない軍隊である」
大公は、更に絶望的な見解を示した。
ただ、この見解を示している間、大公は何か違っていた。
海軍の艦隊はきちんとした艦隊編成を取らないと、運用できないので、命令系統はしっかりしていた。
だが、陸軍に関しては、常備軍というものが、あまり多くはなかった。
西方の備えの西方鎮守軍、北方の備えとしての北方守備隊、帝都防御の近衛軍のみであり、国力に対して明らかに貧弱であった。
全体の兵力自体は、大陸一の規模を誇るが、統一的な軍ではなかった。
事が起きる度に、諸侯に要請して徴用する寄せ集めの軍になっていた。
その為、兵力に比して、軍事力が弱い印象が拭えない。
それにしては、善戦している。
これは、マイラック公の指揮能力の高さを示すものである。
だが、いつまでも個人に頼っているのは良くないと大公は考えていた。
そして、大公はこの弱点を克服するために、尽力はしていた。
だが、長い帝国の歴史で曲がりなりにも築かれた制度である。
辣腕家の大公を以てしてでも、改革は難航していた。
まあ、どの時代のどの国でもそうなのだが、改革というものは本当に大変である。




