その15
戴冠式が終わった後の話。
戴冠祝賀の宴が行われていた。
リ・リラは、教会から派遣された神官にまずは労いの言葉を掛けていた。
彼女は、神官であると同時に、枢密院の顧問官でもあった。
戴冠式に派遣されてくる神官は、国王なら男性、女王なら女性と決まっていた。
そして、顧問官の中で、一番上位の者が派遣されてくる。
リ・リラは、神官と一通り言葉を交わすと、礼を述べて、それを終えた。
そして、その後は、飲み会……という手筈という訳ではなかった。
まずは、重大な人事を発表する事になった。
「ラ・ミミ王女を王嗣として迎える」
リ・リラは集まった貴族の前でそう宣言した。
既に、内示を行った後ではあったが、これで名実ともにラ・ミミは王嗣となった。
つまり、現時点では、リ・リラの後継者はラ・ミミとなる。
年齢的には、娘と母親の差があり、逆転現象とも言えるが、王位の継承順位は、はっきりさせておく必要がある。
何があるか分からないからだ。
と同時に、これにより、王位継承権の順位が変わる事になる。
ラ・ミミの息子であるミモクラ候クルスが、第2位となり、ヘーネス公ヤルスが第3位となる。
エリオは、まあ一応第4位になる。
王嗣となったラ・ミミは、一歩前に出た。
「陛下、戴冠の義、無事にお済ませになり何よりです」
ラ・ミミは、跪いて、リ・リラに最初に挨拶した。
「ありがとう」
リ・リラは、そう返答した。
ラ・ミミは、返答を受け取ると、いったん立ち上がり、一礼した。
そして、リ・リラの右斜め前に一段低い位置にある椅子へと腰掛けた。
これを機に、エリオを先頭に、諸侯の挨拶が延々とと続いていった。
それが終わり、ようやく飲み会となった。
宴は新たな門出に相応しく、盛大な盛り上がりを見せていた。
リ・リラは、諸侯からの挨拶を一通り終えてから、様々な者達と歓談を間断なく繰り返していた。
傍らにいるエリオは、何となく疎外感を感じ、いや、いつもの事なので、何となくそこにいるだけだった。
こういう場は、エリオはあまり得意ではないのは言うまでもないだろう。
こういう場を嫌っているという訳ではないが、ぼけらっとしている場面が多い。
リ・リラが関係しているなら、まあ、何事もないように振る舞えると言った所か……。
そんな中、リ・リラを取り囲む集団が、同世代のうら若き令嬢達に変わっていた。
彼女達は、戴冠式こそ出られなかったが、こういった機会は社交場としても利用されるために、出席が許されていた。
令嬢達は、爵位を持った家柄の所属ではある。
とは言え、うら若き乙女達が集うと、場が華やかになるだけではなく、騒がしくもなる。
エリオは、益々一歩、いや、大分離れた感じになっていた。
エリオは、女性が苦手という訳ではなかったし、話も問題なく出来た。
あ、いや、問題なくとはかなり違うのかも知れない。
本人は問題なく話しているつもりだが、会話が盛り上がらない、続かないと言った具合である。
それを問題と思っていないところが、救いようがない。
本来なら、それを見ているリ・リラが何か、アドバイスなりしてもいいのだが、まあ、そこはそこ。
する訳がないのである。
と言うより、今の状態の維持を望んでいた。
令嬢達の方も、それを察してか、それ以上は深入りを避けていた。
(相変わらず、賑やかだな……)
エリオは、感心した訳ではなく、迷惑そうに感じた訳でもなかった。
ただ、そう思っただけだった。
そんな中、リ・リラが急にひな壇に立った。
(えっ!?)
エリオは、驚きと共に嫌な予感がしたが、声を押し殺した。
「さて、ここで重大発表を致します」
リ・リラは、きっぱりとそう言った。
「皆様、お静まり下さい」
「皆様、ご注目!」
「女王陛下のお言葉です!」
令嬢達が次々と、声を上げた。
彼女達の声は、女性特有の高くよく通る声だった。
すると、さっきまで騒がしかった雰囲気が一転し、場が静まり返った。
そして、皆の視線が、立ち上がったリ・リラに向けられた。
「では、この場で報告させて頂きます。
わたくし、リ・リラとクライセン公エリオは、この度、婚約する事になりました」
リ・リラは、恥ずかし気だが、誇らしくそう報告した。
「!!!」
エリオは、それを聞いて呆然としていた。
会場は一層静まり返った。
状況がよく飲み込めていないのは明らかだった。
おおおっ!!
大分間が明いてから、驚きの声が上がった。
そして、そこかしこから拍手が鳴り、それを合図のように、割れんばかりの拍手に変わった。
ドン、ドン!
エリオの背中を、ロジオール公、クルスが叩いた。
痛いなぁという表情でエリオが振り返ると、飛びっきりの笑顔の2人がいた。
そして、リ・リラの真横に、エリオは2人に押し出された。
並んだ2人は、諸侯から次々とお祝いの言葉を受け取った。
「ありがとう、ありがとう」
リ・リラは、戴冠したとき以上の笑顔でそれに答えていた。
その満面の笑みは、幸せそのものだった。
その隣にいるエリオも、同じに……、ではなく、目をパチクリさせていた。
(あのぉ、陛下、そう言えば、プロポーズの返事をまだ受け取っていないのですが……)
エリオが当惑していた理由はそこにあった。
やはり、何とも残念な2人であった。
そして、ラブコメは続くのであった。




