その9
しかし、触れない訳にはいかないだろう。
だが、今でなくてもいいのでは?という思いはあった。
つまり、ロジオール公と自分との認識のギャップが著しい事を、エリオは感じていた。
とは言え、ロジオール公の方は、それに全く気付いていないようだった。
(まあ、いずれは検討しなくてはならない事か……)
エリオは、ロジオール公の熱視線に対して、仕方がなく決意した。
「率直に申し上げますと、大惨敗といった感じですね」
エリオは、溜息交じりだが、きっぱりと言い切った。
それに対して、ロジオール公は、唖然と言うか、思いがけないというか、複雑そうな表情を浮かべた。
「貴公、ちょっと待ってくれ。
サキュス沖で、ハイゼル艦隊を撃滅し、その工廠を破壊。
十分に戦果を上げていると思うのだが……」
ロジオール公は、話しながら驚愕の表情へと変わっていった。
「何を仰ってるのですか?
そんな戦果なんて、現状を見れば、無いのと同じですよ。
いや、遠征に掛かった費用を考えれば、大きなマイナスです」
エリオは、やれやれ顔でそう言った。
口には出さないが、北方艦隊は残存しているし、工廠も与えた被害はたかが知れているとエリオは思っていた。
つまり、当初の目標とは比べるまでのない戦果だという事である。
まあ、これは、サラサ艦隊に邪魔され、更に反乱が起こったせいである。
「貴公……」
ロジオール公にして見れば、近年希に見る戦果をマイナスと言われて納得が行かないようで、尚も口を開こうとした。
「隙を突かれて、反乱が起き、国内は動揺しています。
こんな中、外征しても国を傾けるだけですよ。
そう思いませんか、ヘーネス公」
エリオは、些か面倒になってきたので、黙っているヤルスに話を振った。
エリオは戦略目標について論じており、ロジオール公は戦術の戦果を論じているので、噛み合う訳がなかった。
これはどう見るかで、結果が変わってくる物であり、どちらが正しいかという物でもなかった。
「私もクライセン公の意見と同じくします」
ヤルスは、話を振られたので、仕方なくと言うか、素直に現状認識を話した。
「……」
ロジオール公は、その言葉を聞いて、貴公もかという表情で、絶句した。
エリオはエリオで、澄ました表情で、そのまま話を続けるように促していた。
逆の事を言われたら、そのままそうですねで、次の話に進めばいいと思っていた。
真剣に議論をしようとしている人間からして見れば、お気楽すぎた。
つまり、エリオにとってはもう過去の事であり、今話すべきは次の課題であった。
「まずは国内の動揺をなくす事です。
関係ない者には、これまで通りを約束し、反乱に加担した者に対しては、反抗しなければ、これ以上の罰はないと言う事を知らしめるべきでしょう」
ヤルスは、端的に国内優先を主張した。
ヤルスの言葉は、反乱の首謀者とその周辺者の粛正が終わった事を示唆していた。
それを聞いて、ロジオール公は、頭を掻いた。
「やれやれ、若い貴公達に猪突猛進を咎められるとは……。
やはり、私は引退した方が……」
ロジオール公は、やれやれ顔でそう言い掛けたが、ふと、クルスの顔が思い浮かんだ。
「いやいや、我が倅だと、私以上か……」
ロジオール公は、百面相のように表情が変わった。
エリオとヤルスは苦笑いする他なかった。
「クライセン公、戦場では倅が迷惑を掛けたと思うが……」
ロジオール公は、そう言って、思い出したように詫びを入れようとしていた。
「ああ、いや。
そんな事はありませんよ。
クルス殿には助けられましたよ」
エリオは面倒な事になる前に、先制した。
「まあ、ブレーキ役が効いたと言う事だな」
ロジオール公は、独り言のように呟いた。
エリオは、それに関して、何も言えなかった。
ただ、撤退の手際を確認したときの事を思い出していた。
「とは言え、今回の戦いはあれにとっては、良い勉強になっただろう。
あやつもそう言っていたしな」
ロジオール公は、更に独り言のように呟いた。
「……」
エリオは、口を挟んでいいか迷っていた。
「クライセン公、改めてお礼を申し上げる。
今回の事、倅が大変お世話になった」
ロジオール公は、そう言うと深々とエリオに頭を下げた。
「いやいや、止めてくださいよ。
お互い様ですから……」
エリオは、会談が良からぬ方向に進んでいるのを感じていた。
(これでは、話が進まない……)
合理性の塊のエリオにとっては、歓迎できない展開だった。
助けを求めるように、ヤルスを見たが、当然の如く、今はまだ役に立ちそうになかった。
意見は言うようにはなったが、議事進行はまだ遠慮しているようだった。
なので、エリオは、強引でも話を進める事を決意した。
「まずはロジオール公、頭を上げてください。
この会議は、過去の事を話すのではなく、今後の事を話し合う場です。
過ぎた事はこれくらいにしておきましょう」
エリオがそう言うと、場の空気が一変した。
(やれやれ、本来なら、こんな事をしたくはないのだが……)
エリオは、損な役回りが回ってきたという自覚が湧いてきていた。
考えてみれば、いつも損な役回りのような気がしてきた。
しかし、まあ、半分当たっているが、半分は只の被害者意識だろう。
あ、いや、三分の一……、四分の一?、五……?
あんまし当たっていないかも知れないので、取りあえず置いておこう。




