その3
「分かりました。
あの子……、ヤルスにはわたくしから話をして、復帰するように言い含めます」
ラ・ラミが懸案事項に対して、対処してくれた。
エリオは、それを聞いて安堵した。
「とは言え、このままという訳には参りません」
ラ・ラミは、悲壮さを含みながら、決意した口調でそう言い切った。
「???」
エリオは、突然の事で、目を丸くしていた。
ラ・ミミは無念そうな表情になっていた。
何を言おうとしているか、分かっているような感じだった。
「今回の件は、直接関わった訳ではありませんが、ヘーネス家の落ち度です。
その責を取って、わたくしは王位継承権を放棄して、出家する事にします」
ラ・ラミは、きっぱりと言った。
その姿は、毅然としていて、ラ・ライレの娘だと思い知らせるには十分だった。
「ちょっとお待ちください」
エリオは、思わぬ展開に驚いた。
いつも動じない、というか、不感症気味のエリオが驚くには十分過ぎる驚くべき事だった。
「それでしたら、分家筋の仕出かした事。
本家であるクライセン家が真っ先に責任を負うべきでしょう」
エリオは、そう続けた。
ラ・ラミが責任を感じている事は分かったが、そういう理論だと、自分の方にも非がある事になる。
この辺の頭の回転の良さはエリオの外見からは想像できなかった。
「ホルディム家は三代続いた伯爵家。
分家ではなく、一つの家系として扱うのが適切でしょう」
ラ・ラミは、エリオの言葉にすぐに反論した。
ラ・ミミは、その隣でその言葉に神妙に頷いていた。
「しかし……」
エリオは、ラ・ラミの出家を止めようと更に反論しようとした。
だが、ラ・ラミは、首をゆっくりと横に振って、エリオの言葉を封じ込めた。
「分かっている筈ですね、クライセン公」
ラ・ラミは、言い聞かせるように、ゆっくりと言った。
「……」
エリオは、黙る他なかった。
「徹底的に反乱の火種を排除するやり方は、適切だと思います。
貴公の軍事的才幹により、上手く行っている事も認めます。
ですが、最終的に、それだけでは上手く行かない事は貴公自身がよく分かっているのではないですか?」
ラ・ラミは、エリオの事を評価し、そして、今悩んでいる点まで指摘してきた。
「!!!」
エリオは、ぐぅの根も出ないと言った感じで、また黙る他なかった。
「わたくしが出家する事により、ヘーネス家の責任の明確化に繋がります。
と同時に、義妹であるカイミの出家を促す事も出来るでしょう。
そうすれば、反乱の火種は遙かに小さくなります」
ラ・ラミは、そう説明を続けた。
とは言え、エリオには説明する必要はないと感じていた。
敢えて説明したのは、自分の石は固い事を示す為と、エリオの反論封じの為だった。
ここで、カイミとは、ホルディム伯の妻であり、ヘーネス公マルスの実妹である。
2人が出家する事により、反乱勢力の象徴的存在を無くそうという魂胆である。
……。
3人の間には、そういった共通認識の下、重い沈黙が流れた。
(会談の目的は、これだったのか……)
エリオは、自分の予測を越えていた事を痛感していた。
現在の状況報告と、ヤルスの助命だと思っていたからだ。
とは言え、同時に、流石に王族だとも感じていた。
「陛下にはこの事を貴公から内々に伝えて頂きたい」
重い沈黙を破り、ラ・ラミがそう口を開いた。
「畏まりました」
エリオはすぐにそう返事をした。
が、すぐにあれ?といった感じになった。
事前の根回しである事は何となく分かる。
「何故、私にまず相談なさったのですか?」
エリオは、真顔でそう聞いた。
この辺が残念と言われる所以である。
真顔なので、余計に間抜けに感じられた。
呆れた表情で、ラ・ラミとラ・ミミが顔を見合わせざるを得なかった。
と同時に、いつもの従甥である事を確認したようだった。
今回の大粛正の断行と言い、この間抜けた対応。
相反するようではあるが、『漆黒の闇』の2つ名は伊達ではなかった。
そう、ピッタリすぎるのだ。




