その1
サキュス遠征、反乱の鎮圧と色々と忙しいエリオだった。
エリオとしては不本意であったが、彼の軍事的才幹を遺憾なく発揮できる場でもあった。
これにより、内外に比類なき人物として、認識されるようになった。
なので、本人としては、更に不本意だった。
(祭り上げられて、いい事はない)
エリオ自身の本音だった。
名声は虚像を生み出し、その虚像は危うさを生む。
その事を、エリオ自身、よくわきまえていた。
年若くして、立派なもんだと言いたい所だが、エリオを実際目にしてみると、そうとも言えない。
実際、エリオ自身は本気でその事を嫌がっていた。
サボれないので……。
だからと言って、リ・リラに害が及び事は絶対に容認できなかった。
それ故に、その才幹を最大限に発揮していた。
ホルディム伯とアリーフ子爵を捕らえてから、反乱の勢いは一気に弱まった。
だが、一度始まった反乱である。
そう簡単に、収まる訳もなく、散発ながらダラダラと年明けまで続いてしまった。
エリオは、2人に協力したライゴール商会の商人、地方貴族を次々と逮捕した。
ある意味、これが、反乱を長引かせた原因ではあるが、今回の火種は全て消してしまおうという考えで、徹底させる事にした。
特に、商人に関しては、海賊討伐の際、手心を加えて、生き延びさせたのが不味かったと思っていた。
そう言う事で、エリオは、王国内に粛清の嵐を吹き込んだ事になる。
首謀者を容赦なく処刑すると、商人達の財産を全て没収した。
エリオの性格からして、驚くべき事かも知れないが、ある一戦を越えると、徹底的に処断するのだろう。
怠惰な性格ではあるが、たまに見せる合理的な性格が垣間見えたとも言える。
いや、怠惰であるが故に、合理性が伴っているのだろう。
ただ、ここで一つの問題が生じていた。
ヘーネス家の処遇であった。
事実上、ホルディム家の後ろ楯になっていたのは誰もが知っている事である。
姻戚関係である事も事実である。
今回、ホルディム伯が反乱を起こした理由も、その後ろ楯を期待しての事もあるだろう。
また、3公爵家であるヘーネス家は王族に準じる存在でもあり、上手く処理しないと新たな火種になりかねなかった。
そこで、根回しが必要になるのだが、幸いにもエリオが言い出す前に、向こう側から会談を求めてきた。
ラ・ライレの娘であり、ヘーネス家に嫁いだラ・ラミからだった。
そして、その妹のラ・ミミも同席する事となった。
この2人は今でこそ、御前会議には出席してはいないが、ご意見番的な役割を果たしていた。
ラ・ラミはヤルスの母親であり、ラ・ミミはクルスの母親でもあった。
つまり、2人は、それぞれヘーネス家、ロジオール家の人間である。
王宮にあるラ・ラミの自室に招かれたエリオは、ゆっくりと中へと入った。
そして、促されるまま席に着いた。
勿論、従叔母達のプレッシャーに晒されながらの着席である。
分かる人には分かるのだが、若いエリオにとって、母親程の年齢の女性に対して、感じる妙な感覚である。
とは言え、2人の従叔母にとっては、幼少の頃からエリオは飄々としていてどこかつかみ所のない人間だという認識があった。
要するに、互いに苦手としているのかも知れない。
「お忙しい所、済みませんね」
ラ・ラミは、まずは挨拶した。
「いえ、いえ、とんでも御座いません」
エリオは、恐縮したようにそう答えた。
ラ・ラミは現在、王位継承権では第1位である。
本来ならば、王嗣として、政治にもっと介入してもいい立場でもある。
だが、他家に嫁いだ身として、それとは一線を画していた。
そう言う点からすると、話が分からない人物ではない。
ラ・ミミの方は、王位継承権で言うと、第2位である。
こちらも、他家に嫁いだ身として、過度な政治的干渉は避けていた。
その道理が分かっている人物からの呼び出しである。
内容は予想できてはいるが、予想が外れる事もある。
なので、エリオは些か緊張していた。
まあ、苦手な所も多少影響してはいた。
ただ、苦手意識があるのは、2人も同じで、会談は和やかにとは行かなかった。
重たい空気が流れ始めた時、
「エリオ、いえ、クライセン公、貴公はどこまでやるつもりですか?」
とラ・ミミが先に口を開いてくれた。
完全な当事者ではないが、縁のある人物が今回の反乱に関わっているラ・ラミからは切り出しにくい話題である事を考慮したのだろう。
ヘーネス公の妹はホルディム伯に嫁いでいたので、身内と言えば身内なのだった。
こう言った展から考えて、ヘーネス家はホルディム家の後ろ楯と言われても仕方がなかった。
実際、ヘーネス公とホルディム伯は度々行動を共にしていた事は周知の事実だった。
「反乱に関わった者は全て一掃します」
エリオは、珍しく断言した。
頼りなく優柔不断の塊のエリオであるが、こう言う時は容赦がない。
2人の王女もそう悟ったのだった。




