その19
「ワタトラ伯の艦隊を捕捉。
まっすぐ、こちらに向かってきます」
イーグが、伯爵にそう報告した。
「さて、敵はどう出てくるのやら」
伯爵は、どこか他人事のように言った。
完全に挟撃される形になってしまった。
だが、幸いなのか、意図的なのか、自艦隊の損害はほとんど出ていなかった。
同時に、戦果も全くなかったのだが。
現在、フランデブルグ艦隊は、完全に逃げに徹していた。
どうせならば、速度を上げて、全力で逃げればいい。
だが、足の遅い揚陸部隊などがいる為、つい先程まではそれが出来なかった。
そう言う事なので、ここまでオーマ艦隊と戦闘らしき物を続けてきた。
だが、揚陸部隊と補給部隊は、地の果てまで追い掛けてくると言う状況ではない限り、今は離脱に成功している。
ようやく準備も整い、さあ、全力離脱しようという所に、サラサ艦隊が来襲したと言う所だった。
「ワタトラ艦隊にも備えなくてはなりません」
サズーは、忘れているのではないかと思い、一応忠告した。
「ルディラン艦隊は、何故攻勢を強めなかったと思う?」
伯爵は、サズーの指摘とはまるで関係ない事を口にした。
サズーは、自分が思っていた事が当たったと感じていた。
「閣下、それよりも、備えを……」
とサズーは呆れながらも、再度忠告しようとしたが、
「我々のような素人同然の艦隊に対してなら、もっと攻勢を強めてもいいのでは?と思う」
と伯爵は遮るように、と言うより、サズーの言葉が耳に入らないかのように続けていた。
「……」
サズーは、伯爵を唖然として見る他なかった。
そんな妙な雰囲気の中、
「艦隊の速度を上げよ」
と伯爵は、呟くように言った。
「???」
「???」
伯爵なりに、結論を出したつもりだったが、サズーだけではなく、イーグも戸惑っていた。
話が通じていないからだった。
「艦隊の速度を上げよ、現海域から離脱する」
伯爵は、命令が通じなかったので、改めて命令を下した。
「はっ!!」
イーグは戸惑っていたが、指揮官の命令が下ったので、慌てて直立不動になり、敬礼した。
そして、伝令係へ命令を伝えに行った。
「閣下、離脱するには早い方がいいとは思いますが、備えなくて、よろしいのでしょうか?」
サズーは、命令が不服という訳ではないが、不安といった感じで聞いてきた。
「向こうもこれ以上の戦いを望んではいないのではないか?」
伯爵の言い方は疑問形だったが、確信のある言い方だった。
とは言え、先程から、指揮官と参謀の会話が噛み合っていない。
「そうかも知れませんが、備えは必要では……」
とサズーは言い掛けてから、
「そうか、どちらにしろ、逃げてしまえば問題がないのか……」
と納得したような表情で呟いた。
「閣下、要するに、神域まで逃げてしまえば、問題はないですね」
サズーは、表情を改めて、そう言った。
「神域で戦闘行為は禁止ではあるが、戦闘しながら神域に突入した場合は、また別だと思うが……」
伯爵は何を言っているんだと言った感じでそう言った。
この辺は、もう持って生まれた性格なのだろう。
決断した後はそれを必ず実行する。
しかし、必ず何かを心配しなくてしまう……。
でも、まあ、それで出世してきたので、良しとするべきなのだろう。
「閣下……」
サズーは、サズーで絶句してしまった。
そんな中、艦隊は加速し始め、現海域から一気に離脱を開始し始めていた。
「敵艦隊、加速。
戦闘海域を離脱していきます」
バンデリックは、そう報告した。
サラサ艦隊は、今まさにフランデブルグ艦隊をその射程に捉えようとした所だった。
バンデリックは、さぞかし残念に思っているのだろうなと感じながらサラサの様子を探った。
(あれ?)
バンデリックの声は、何とか心の中で留まった。
サラサは、いつも通りデーンと構えているだけで、何もする様子はなかった。
眉一つ動かさないと言った感じだった。
それは、敵艦隊の動きを予期していたかのようだった。
「閣下、追撃なさいますか?」
バンデリックは、どうも妙だなと思いながら一応聞いてみた。
「無用よ。
御父様も、追撃なさっていないでしょ」
サラサは、あっさりとそう言った。
「了解しました」
バンデリックは、サラサの様子を見て、全てが終わった事を悟った。
(敵の撃退には成功……。
でも、お嬢様のご心情は……)
バンデリックは、煮え切らない戦いが続いたので、かなり心配になった。
だが、その心配とは他所に、サラサに全く動きはなかった。
(成長したと喜んでいいのか……?)
バンデリックは、不安になりながらも、サラサの豹変ぶりに安堵した。
「しかし、敵も然る事ながらと言った感じね」
サラサは、敵艦隊を見詰めながら、ニヤリとした。
バンデリックは、サラサの本性が変わっていないのに安心しながら、溜息をついたのであった。




