揺らめく彼女の尻尾に密かな夏の恋を隠す
「どうしたもんかね」
寂れた自宅のアパートのベランダで、独り言ちて煙草を咥えた。微かに匂うメンソールが蒸し暑い夏の夜を、僅かながら爽やかにさせた。
隣の隣のベランダに飾られた風鈴がりぃんりぃんと身体を揺らし、風情のある真夜中を演出させる。
見知鹿の髪飾りにも鈴がついていたな。
細い煙を紺に染まった空へと吐き出す。高く結ばれた馬の尻尾に似た髪型が、名前を呼ばれる度に元気よく振り向く。
その度にりぃんりぃんと髪飾りの鈴が鳴り、まるで飼い主に喜んで走ってくる子犬のようだ。
「子犬って……例えが最悪だな」
しかしそれ以上にびたりとはまる例えが浮かばない。
わふわふと純粋で、疑うことを知らない無邪気さ。
若さ故の真っ直ぐに懐く姿が、背けたいほどに眩しくてたまらない。
「三枝さん! おはようございます」
私を見つけると分かりやすいほどにぱぁっと目を輝かせ、見えない音符を飛ばしながら駆け足で近づいてくる。
「田嶋さん、田島さんっ」
「はいはい。何度も呼ばなくたって聞こえてるっての」
馬鹿の一つ覚えみたいに名前は連呼するわ。呆れた態度で接しても嬉しそうにしているわ。
「今日のお昼はここに食べにいきましょう」
「田嶋さんが気になっている映画、今度見に行きましょう!」
「今帰りですか。途中まで一緒に帰りましょう!」
それらの振る舞いに他意はないときたもんだから困り果てているのだ。
腕を絡ませては引っ張っていく見知鹿に、スキンシップの一環で抱きついてくる見知鹿に。
私はいつだって気が気じゃないのに。天真爛漫な彼女は知る由もない。
“田嶋さんが吸ってる煙草の銘柄って何ですか”
“知ってどうすんだよ”
“ちょっと吸ってみたいなぁ、なんて”
全部、全部。純粋に懐いているからこそ、溢れる好奇心だと線引きしなくては。
「女の私が下心あるなんて知ったら若い子は嫌だろうしな」
密かな火種をつけた恋は墓場の線香になるまで持っていく。
りぃんりぃんとまた風鈴が鳴った。