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世界樹ホテルの慌ただしい一日 その1

勇者が魔王を討伐してから早十数年。魔王城の攻略が完全制覇されてしまった今、幾人もの冒険者達はどこへ憧れ、夢を持ち冒険を続けるのか・・・・・・。―――そう、世界樹だ。

 世界樹は現在も未制覇のダンジョンが数多存在し、名だたる冒険者達さえも参加し、まだ見ぬアイテム、強敵、そして名声を求め日々、世界樹完全攻略に心を燃やしていた。


「そして近年、冒険者様方の攻略中継地点として冒険者ギルドによって新設したのが世界樹ホテルです」

「世界樹ホテルでは冒険の中で溜まった体や心の疲れ、装備品の消費を癒してくれます」

「疲れが溜まった際は、ぜひ世界樹ホテルへ!」


 ここは受け付け前の広場だ。新しく冒険者になるという若者達、いわゆる新米冒険者達への演説が終わったところ。新米達はギルドマスターの甲高い声での演説が終わると、まだ少ない仲間たちと次々に話し始めた。これから始まる冒険に胸を膨らませ、そしてその気持ちを仲間と共有し、分かち合っているのだ。自分達の未来の姿を夢見て。


 この中から冒険者として大物に成り上がる者は確実に二、三人は出てくる。だが、そのためには世界樹を誰よりも最前線で攻略し成果をここギルドに持ち帰らなければならない。もちろん強い敵、貴重なアイテム、レアな装備は世界樹上層に登れば登り進むほどゴロゴロ点在している。だが、たとえそれらを手にしたとしても、生きて帰らなければ意味はない。家に帰るまでが遠足、と皆当たり前に言うが、その当たり前が重要なのだ。往復間で言う、復路での冒険者の体力、精神、装備品の消費が激しい。そこで、世界樹ホテルという補給ポイントの出番というわけだ。


 魔導具の研究および新開発が進んでいる今、世界樹ホテルの設備もその影響を受けており、多種多様な機能が備わっている。最近では需要が高まりつつある世界樹ホテルの便を良くするという観点から、自動ドアや昇降機などが頭角を現していると聞く。


 そんなわけで世界樹ホテル建設にかかった費用など諸々の出資額を考えると有数の富豪貴族でも頭を抱える程となっていたらしい。だが、冒険者は泊まればより安全な攻略が遂行できるし、その利用費でギルドも以前より儲かる事を想定したら安い金額なのだ。そして増える冒険者需要に対応するため、建設されてから早くも増築も予定されている。ということはさらなる従業員の人員確保も視野に入れなければならない。新しく従業員を募集し大幅雇用を図ることはもちろん、冒険者ギルドからの世界樹ホテルへの転勤も何名か出る。それに受け付けの俺、ライ・ナリクも該当した。


 ギルドに登録する際に書くアンケートの結果、新米冒険者の平均年齢は十五〜十六。ちなみに今俺は十八。昔・・・・・・と言っても三年前の話だが、俺も冒険者登録を行った冒険者だった。実は魔王を討伐した勇者とは幼馴染で、そいつは十四の歳で後世にも語り継がれるであろう偉業を成し遂げてしまった。当時同い歳だった俺も親に無理を言って勇者に同行させてもらっていた。勇者でもない一般人がそんな歳で勇者と同じ道を行くんだから危ないことは誰にだって分かる。でも、それを許した親がおかしいのではなく、当時のしょうもない熱意を持ち続けていた俺の頭のネジが一本緩んでいたことがおかしいのだ。・・・・・・結局、王国選りすぐりのメンバーが集まった時点で俺は足で纏いだとかお荷物だとか、一部の貴族は呟いていた。それでも仲間はそんなこと一つも言わずむしろ怒ってくれていた。が、やはり俺のせいで進行が遅くなるという申し訳無さは拭いきれず十四の時魔王討伐からは離れた。仲間は引き留めてくれたし、昔からずっと一緒だった勇者は俺の安全ばかり考え、この苦悩も受け止めてくれた。


 だがやはり俺がいなくなってから、魔王討伐への進行は速まり、こうしてギルドでの仕事に慣れ始めた頃には既に勇者パーティーの魔王討伐は果たされ、凱旋予定の新聞が発行されていた。昔の仲間は王宮で自分の力を活かした働きで、俺とは比べものにならないくらいに出世している。勇者も凱旋後王女と結婚し、次代の王とまで謳われていた。多分、俺のことも忘れているだろう。まぁ、仮に覚えていてくれても彼らに顔は出したくないのが本心なのだが・・・・・・。


◆◆◆


「ふあぁ。朝か・・・・・・というかここはどこだっけ?」


 か細いあくびをしながら見慣れない周りの光景にライは考えるも、使用後の魔空挺の乗り切りチケットを手に取った。ああ、そうだ。昨日世界樹への人事移動を受けて、魔空挺に乗ったんだ。着いた時間は夜遅くて住み込み用の部屋でそのまま寝てしまっていた。・・・・・・何にせよ今日は世界樹ホテルでの初仕事の日というわけだ。


 昨夜睡魔の襲撃でサボっていた荷物整理をして、一日目用の持ち込みの朝食を簡単に済ませる。そしてバスルームやトイレ、玄関を軽く確認する。従業員用の部屋ということもあり生活における最低限の設備しかないが、その設備は最新性、家具はベッド付きで見事に揃っている。ここまで良環境だと流石に仕事は完璧にこなさなければならない。


「よしっ。頑張りますか」


◆◆◆


 この世界樹ホテルでの役割は大きく分けて三つある。受け付けなどの事務、ホテルの設備などの機能確認、そしてアイテムや装備品の売買。魔物を討伐し生計が立てられれば良いという考えならまだしも、誰よりも攻略を進めたいという冒険者は朝早くから世界樹ダンジョン攻略に舵を切る。そのため朝の攻略用品の売買は同時に激しくなるのだ。俺はそこに配属されていた。


 現在の時刻は朝の5時、健全な子供ならまだベッドの中で眠りについている時間だ。既に多くの冒険者は食事を終え、装備を整え、後は回復薬や魔力薬、魔導スクロールの補充にこのフロアへ押し寄せている。・・・・・・もちろん売買は俺たちが行うのではなく、これも最新鋭の販売機でアイテム売買をとり行う。演算機に金を入れ、液晶パネルで欲しいアイテムを選び選択して受け取る。だがその中に在庫を補充するのは俺たちの仕事、冒険者の売買が終わるまで常に販売機の在庫をチェックし、在庫が切れたら補充する。単純だが他の従業員との連携が非常に大切なのだ。


 ピー ピー ピー


 早速きた。これは何か緊急性の伝達を行う際に鳴る音。手が空いていれば応援に向かわなければならない。手が空いているのは、「俺だけか・・・・・・」辺りを見回しそう呟くとライは音が鳴った機械の方へ急ぐ。


「どうしたんですか?」

「あぁ。もう少しでレインボーリングの在庫が切れそうなんだ。地下の備品倉庫まで取りに行ってくれ」

「了解しました」


 こんなふうにいち早く意思疎通を図り、連携する。ライは従業員用の認証コードが細工されたペンを取り、小走りで急ぐ。それにしてもレインボーリングか・・・・・・。確か、世界樹の幹から切り出した木材を腕輪にしたものだったかな。幸運値が上がるから攻略の安全性が高まると冒険者ギルドでも推奨されてたし、何より売れ行きが半端なかったアイテムだ。階段まで着くとホテル内部の構造が映し出されたパネルを確認する。地下まではスタッフルームから階段で一階下り、そこから昇降機で五十三階降りるルートが最適だ。そして何故認証コードが必要だったかというと、昇降機はこの認証コードを承認することで動き出す魔導回路が組み込まれているからだ。ホテル内部の構造に関しては早朝にサラッと確認した程度の付け焼き刃。この昇降機に乗るのも今回が初めてで噂通りの景色に一瞬圧倒されてしまった。世界樹の樹皮に沿って設置されている昇降機の外側を向いている面はガラス張りになっていて、半分は雲一つない青空に、もう半分は街一つを一望出来る代物。・・・・・・正直仕事でなければもっと観ていたい。


「でも、今は急がなきゃな」


 冒険者ギルドで働き始めてから、仕事は完璧にやら遂げなければ気が済まない性分だということに気付いてしまった。たまに引かれたり、独立後手紙でやり取りしている家族には「変わったな」と言われるくらいだ。生まれつき俺には冒険よりもこっちのほうが合っていたと思わざるを得ない。っと、着いたようだ。地下は主に備品倉庫のため内壁はコンクリート質で装飾はされていないが、均等間隔で付けられたガラス窓で見える外からは一気に浮遊感が身体に押し寄せてくる。ホテルは世界樹の中層に建設されているため、この地下はこのホテルにとっての地下だ。実際、地上から見たら遥かに上空。


 さて、それはともかく地下に着いたは良いがやはり様々なアイテムの在庫がある。それに、俺と同じく別フロアから在庫を供給するために多くの従業員が降りてきている。これは最早日常茶飯事でどこも同じというわけだ。


「うーん、誰かに聞いてみるしかないな」


「どうかしたか?」

 先刻まで備品倉庫全体の指揮を取っていた男が訊ねてくる。俺の様子を見兼ねてくれたようだった。


「レインボーリングの在庫を取りに来ました」

「そうか、確かにこの時間は切れがちだったな。それならあそこにまとめて置いてある。取ってけ!」


 すると右奥の木箱を指差し、言った。


「ありがとうございます」

「礼はいい。それよりまた分からなくなったら遠慮するなよ。上でアイテム売買が落ち着くまでここで指揮を取っている。マイルだ」


 ライは指揮官に軽く頭を下げると、木箱に駆け寄り中身を確認する。中にはアイテムと一緒に羊毛が少ないながら同梱されている。おそらく、衝撃緩衝用のものだろう。この量一人で運べるか?でも時間も無い。多少手荒に運んでも問題は無さそうだが・・・・・・。そう考えると三箱積み、無理矢理運ぼうとする。


「ちょっと待って!そんなにいっぺんに運んだら危ないですよ!」

「あっ、すみません。って、ラルク先輩!?」


 この人は俺と同じく冒険者ギルドから世界樹ホテルへ転勤していた人で、こっちでも先輩のラルク先輩だ。物腰の柔らかい人に見えるが、仕事は完璧で俺は尊敬している。


「時間が無くて焦ってました」

「いや、いいんだよ。ただ冒険者さんに売るものなんだから大切にね」

「はい。でも、これらをいっぺんに運ぶ手段ってないですか?」


 ラルクは手のひらサイズで立方体の箱を取り出し、答える。


「このマジックボックスを使えば良いよ、三箱くらいなら軽々入るから。というか、これは僕達全員に配られているはずだけどもらっていないのかい?」

「はい。そんな箱もらってない気が・・・・・・」


 あっ、そうだ。俺だけ期日ギリギリまで冒険者ギルドで働いていたからだ。なにせ昨日初めてここに来たからな。


「まぁこれからは、それを使って。僕はまた新しいの使うから」

「はい!ありがたく使わせてもらいます!」


 ラルクはマジックボックスをライに渡すと、昇降機へと走っていった。どうやらラルク先輩も急いでたみたいだけど、ありがたい。ライはラルクの背が見えなくなると、マジックボックスを開き丁寧に一箱ずつ収納していく。片手で持てるから非常に便利なアイテムだ。


「よし!早く戻ろう」


 さっきまで降りてきたルートを辿り、昇降機に乗り、階段を登る。息をつく暇もないがライは在庫の供給を完了させると呟いた。


「ようやく完了だけど。まだ朝なのかよ・・・・・・」


 ◆◆◆


 王城の一室、宰相補佐の執務室で、一人の青年は測れるほどに積まれた国政資料を一通り読み終えると、質のいい万年筆を静かに置く。背後の開閉窓から射し込む光は男の純白の髪に溶け込んでいる。白い髪は勇者の象徴として広く知られている。この青年も生まれつき純白の髪を持ち産まれた。白は何色にでも染まる純粋な神の証。勇者はその神の生まれ変わりとして古来から伝えられ、どの世代でも大切にされてきたのだ。そして相対す黒髪を持ち産まれたものは堕ちた神の生まれ変わりと言われ、忌み嫌われている。純白の髪と整った容貌を携える青年は、軽く伸びをしながら呟く。


「あれからもう三年経ってしまったのか」


 早期結婚が推奨されているこの国では勇者もまた例外ではなく、魔王討伐後王城にて盛大に式が催された。一生の伴侶となる相手は王女で、何百年に一度の勇者に負けず劣らずの絶世の美女と称され、他国から幾度も婚約の打診を受けていたほどだ。そしてこの国は他のどこの国よりも大きい、どの国も嫁ぎたがる気持ちは分かる。同時に勇者はそんな国の次代の王となるのだ。義弟となる王太子は義兄を補佐する役割に就く、と聞く耳を持たず新たな公爵として半合法的に王座候補を退いてしまった。だが、誰もが羨ましがるであろう人生を送っているはずの勇者には決して忘れ去ることのできない幼馴染とその思い出を抱えている。


―――僕には幼馴染が居た。魔王討伐の旅でも一緒だった大切な幼馴染が。だけど僕のせいでライは私の前から消えてしまった。ライが黒髪だったことで一部の貴族や民から蔑まれ、否定の言葉を一斉にかけられていたことも知っていた。半王政派の貴族や助けたはずの民から彼に打ち付けられていた言葉―――

「あの堕ちた神の生まれ変わりの何よりの証拠だ」

「不吉なことが起こる前兆なのでは?」

「あぁ、恐ろしい」

虫酸が走る光景だ。それなのに今でも明確に頭の中に浮かんでくる。僕が意図しながら、彼に対し酷い扱いをとってしまった罰だろう。青年は微かに木の匂いを纏う樫机の取手を掴む。そして机上の半分にも満たない大きさの引き出しから一通の手紙を取り出し、眉をひそめる。もう開けてしまったそれは、ライの両親に彼が故郷に帰っているのではないか、という一縷の望みにかけて手紙を送ったときに返ってきたもの。


 ・・・・・・そこに書いていた内容を読んで理解した。僕がライをあそこまで追い詰める理由になったことが。


 ライは冒険に出る前から勇者である僕よりも遥かに強かった。そう、あの時ライはもう戦いの能力において完結していた、今模擬戦を行っても僕では勝てないかも知れない程に。そんなこと気付く素振りすら見せなかったが、彼の両親はわかっていたんだろう。だから僕についていくことの許しを与えた。・・・・・・一度、おじさんから聞かせてもらったことがある。


 ―――俺たちの遠い先祖はルーン魔導という魔導を俺たち一族だけが受け継げる制約を付け、伝えていたんだがな。一族の勢力争いが収まるにつれ、それはこれからの時代に必要ないものだと判断しその代で自らの血を封印しちまった。そして何百年と経ち、産まれてきたあのライ一人だけがルーン魔導の全てを無意識下で習得していたんだよ。これは兆候だ、危険性も孕んでいる―――


 幼い頃に聞いたことで意味もよく理解できなかったが覚えている、忘れてはいけないと訴えられているような感覚。だけど何故封印がライだけに作用しなかったのかは謎のままだとも話していた。


 ・・・・・・とりあえずそんなことは良い。青年は反射的に首を横に振り、手紙を引き出しに戻す。


 そうだ、ともかくライは強すぎた。ライの周りには魔物が寄ってこず、仮に寄ってきてもライならすぐに倒せてしまう。だから後方で支援してもらい、僕たちが戦闘経験を詰めるようにする、それが原因だった。外見からも僕たちだけが戦い、ライだけが足手纏いだと見えるようになってしまった。本当のことを伝えようとしたが、それではいざとなったらライに頼り切りになると考えた。僕たちが充分に強くなったときに話そうと、仲間と決めたがその間に彼は居なくなった・・・・・・。これは僕たちが自己優先で行き着いた答えの末、ライは悪くない。


 ライにもう一度会いたいと思った、こんな身になってしまったが。そして彼の両親に会ったがあれきり帰っていないと知り、国中を密かに捜している。友人として唯一人の幼馴染として接するために。勇者はパタンと窓を閉め、部屋を出た。

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