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堺 その一

 京に回るべき名所は多くあるが、天覧試合のおかげで諸流派との交流ができた上に、朝廷とも幕府とも接触が実現した。


 今回の剣術行脚に際して、彼らが主君から求められたのは、新陰流の武名を高めることに尽きる。九鬼一族の動静を探るのはついでのようなものだったし、伊賀、甲賀や雑賀、根来との接触は、ちょくちょく接触は取っているものの、基本的には別行動となっている加藤段蔵の任務となる。


 堺に向かうのは、商売に興味があるわけではなく、派遣されて食事処を出店している耕三のところで、新田風の食事をたらふく食べてゆっくりとくつろぐのが目的である。正月はのんびりとする心積りだったのに、まさかの天覧試合からの将軍との謁見という流れは、上泉秀綱にも休息を欲せさせる威力を持つできごとだった。


 誤算だったのは、その話を聞きつけた塚原卜伝の一行が、道連れになりたいと持ちかけてきたことだった。八十人からの同行者が生じる点に難色を示すと、高弟と従者を含めた六人までに絞られた。残留組は、負傷した斎藤忠秀がまとめる形で、京に留まるのだそうだ。


 京を出立するタイミングで、紀伊からいったん戻ってきていた加藤段蔵は伊賀、甲賀へと向かい、いつの間にか道連れになっていた愛洲宗通は、九鬼一族との連絡が取れたからと離脱した。


 また、神後宗治は、帰り便の調整をするためにと、尾張に滞在しているはずの勝浦勢の元へと向かい、商家の主従も堺へと先行した。


 蜜柑の道連れは、護衛役の忍者である夜霧と六郎太、新陰流の上泉秀綱と疋田文五郎に、鹿島新当流の塚原卜伝、諸岡一羽、雲林院光秀とその従者となる。


 諸岡一羽は明朗闊達そのものの伸びやかな人柄で、爽やかな容姿とも相まって女性に騒がれそうである。


 故郷で道場が開くのが夢だそうで、今回の剣術行をひとまずの区切りとするつもりのようだ。


「心残りなのは、大規模な戦さを目撃する機会がなかったことになります。剣術も兵法の一部であると考えますと、そこが欠けておりまして……」


「ならば、新田の陣中に遊びに来てはどうじゃ? 関東に戻れば、北条との本格的な戦さが待っているはずでな」


「……蜜柑殿は、新田の陣中で大きな位置を占めると聞いております。上泉秀綱殿もまた、将の一人であるとも。立ち入るようですが、そのような大事な時期に、畿内に来られてよろしかったのでしょうか」


「護邦の見立てでは、我らの出番は春からだそうなのじゃ。それまでの間に剣名を上げる機会を与えて、戻ったらこき使おうという腹じゃろうて」


「けれど、見立ては外れることもありましょうし」


「その時はその時じゃ。護邦の判断を盲信するつもりはないのじゃが、信頼せねば話が始まらんからな」


 蜜柑の言葉に、爽やかさを漂わせる青年剣士が笑みを浮かべる。


「そのように信頼されるご当主には会ってみたい気もします。お邪魔でなければ、ご一緒させていただきたく」


 そのやりとりを窺っているのは、二十歳になったばかりの雲林院光秀だった。きらめきを放つか印象すらある諸岡一羽とは対照的に、陰気さを身にまとう剣士ではあるが、腕の方は確かである。また、年長の兄弟弟子をうらやむでもなく、別の生き物とでも捉えているようだ。


「雲林院殿はどうされるのじゃ。新当流を継がれるのか?」


 蜜柑に問いを向けられた剣士は、忌まわしげに首を竦めた。


「ならず者の集団を率いるなど、とんでもない。そもそもが、たまたま出会った卜伝殿が飯を食わせてくれるというから師事しただけで、本当はすぐにも隠居をしたいのだ」


「隠居……とな。確か、二十歳だと聞いていたが」


「伊勢の武家の出なのだが、母が弟に家督を継がせたがってな。どうやら我が身の陰気さが原因らしいのだが、こちらから願い下げというものだ」


「伊勢となると、愛洲殿や九鬼一族とご近所さんになるのか?」


「いや、それらは志摩だな。こちらは、北畠の分家の分家、末端豪族さ。打ち捨てても、特にどうということもない」


「そういうものなのか……」


 と、にこやかに聞いていた諸岡一羽が首を振った。


「蜜柑殿、騙されてはいけませぬ。この雲林院光秀は、実際には弟とは仲がよく、戻ってきて家を継ぐようにと懇願されているんです」


「なんの、それも師匠の門下になったからに過ぎない。やはり、なるべく早く隠居を……」


「師匠の覚えめでたく、二十歳ながら門下で群を抜く技量の持ち主です。お買い得ですぞ」


 その話に入って来たのは、上泉秀綱だった。


「身のこなしを見ても技量は察せられる。一羽殿には失礼だが、雲林院殿と対戦していたら、降参したのはこちらだったやもしれぬ」


「いやいやいや、そんな面倒くさくなることこの上ない勝負、辞退しますって」


「文五郎あたりがちょうどよい相手だったか。さすが卜伝殿、よく見ておられる。……そして、新当流については思い入れをあまりお持ちではないのかな」


 後半の呟きは、諸岡一羽の耳にしか届かなかった。反応して、若武者が低声で答える。


「どうも、出身家である吉川家に鹿島神流として戻されるおつもりのようです。直弟子にはそれぞれ流派を起こさせるよう勧めておられます」


「鹿島神宮との関わりは厄介そうだな。……だからといって、新陰流への引き立てぶりが過ぎるというものだが」


 上泉秀綱の視線は、乗馬と対話するようにのんびりと騎行をしている老境に入った剣士に向けられていた。


「この雲林院光秀の扱いには、師匠も気を使っております。秀綱殿と仕合わせていたなら、本人が言うように逃げ出すか、故意に負けていたかもしれませぬ。けれど、そうしたとしても、当人に愚弄する意図はまったくないようなのです」


「ふむ……。それと、蜜柑の件は、卜伝殿の悪戯と捉えてよいのか?」


「ご存念はわかりかねますが……、そのようなことをするお方ではありませぬ」


「ならば、なんらかの理由があると」


「はい、それは間違いありません」


 低声での密談を終えた二人の前方では、蜜柑と雲林院光秀がじゃれ合うような掛け合いを続けていた。




 堺の繁栄ぶりは、蜜柑と雲林院光秀を虜にしたようだ。町の様子は、熱田湊や津湊を見た後でもなお、目を瞠るほどだった。


 規模ではもちろん京の方が大きいし、寺社や施設、優美な家屋も多くある。それでも、荒廃ぶりを踏まえると、堺の方が栄えて見えるのは確かだった。


 その一角にある食事処は、見坂屋と号している。耕三は国峯城近くの上坂村の出身で、撫で切りに遭った隣村を偲んでの名付けとなっている。その災厄の際には、耕三は下働きのために城に動員されていて、護邦主導での撃退には参加していない。彼は、故郷を救った主君のために命を捨てる覚悟を抱いていた。


 給仕役として活躍する小桃は、その見坂村を撫で斬りにした元凶、鬼幡高成おにはたたかしげが拠点としていた安中城で侍女をしていた人物である。いきなり攻め込んで相手の当主……、蜜柑の父を討った上、領内の村を撫で斬りにした後に、反撃により殺されたとなれば、復讐の対象になってもおかしくない。そう考えた彼女は、行き場のない侍女たちを集めて決死の抵抗の構えを取っていたのだが、やがてやってきたのは復讐者とは思えぬ十代前半の若夫婦……、新田蜜柑とその夫の護邦で、むしろ身の振り方の心配をされたのだった。


 そうは言いつつも、多くの知己を殺した相手でもあるために、心服する気にまではなれずにいたところで、上方行きの打診を受けて飛びついたのだった。今では、給仕役と言いながらも、料理人である耕三が無口なことこの上ないため、事実上の亭主として切り盛りする羽目に陥っていた。


 新田風の料理と言いつつ、少なくとも耕三が上野国にいた頃には、米の消費を減らすための獣肉を食することと、野菜や救荒作物をおいしく食べられるようにするのが基本だった。技法としては鶏ガラ、豚骨、野菜を煮出したダシを重ねて、これも貴重品だった塩の使用を減らしつつ、濃厚な味わいを目指す方向性となる。


 上野からは、新たな料理の調理法は送られてきているが、手に入る食材は同じではない。組み合わせや発想は参考にしつつ、上方の食材での料理に励むのが耕三の毎日だった。


 好みや腹具合は小桃が聞き取るにしても、見坂屋での献立は基本的に料理人におまかせとなる。目新しい料理は、ご近所の住人から、近場の小店主に受け容れられ、時間をかけて大商人の雇い人や南蛮商人へとつながっていた。


 この堺に商館を構える南蛮商人と接触し、国内では手に入らない作物を入手するのが、新田家が食事処を遠隔地に出店した第一の目的となる。


 その成果が、蜜柑らの前に置かれていた。


「これが……、護邦が求めていた芋と、とまととやらいうものか」


「絵図からすると、間違いなさそうです。じゃがいもととまとのはずです」


 耕三は沈黙を貫いており、説明は小桃が担当している。


「護邦はなにやら熱心じゃったが、うまいのかのぉ? 味見は済ませておるのか?」


「いえ、これらを種にして育てたいのだと聞いていますので、自重しました。トマトは鉢植えもございます。ただ……」


「ただ、どうしたのじゃ?」


「価値がよくわからないのです。先方からは、この実には毒があるから気をつけろと。芋の方も、古くなると毒が出るそうで、加減がわかりません」


「ほう……。まあ、護邦の口ぶりからして、明らかに知っているものを探してくれとの依頼じゃったからなあ。どうにかするじゃろうて。耕三、小桃、よくやってくれたな」


「いえいえ。……耕三も喜んでいるようです」


 寡黙どころか頷く素振りすらないが、耕三の目尻はかすかに緩んでいた。




 耕三の手になる料理は、食材が異なり、ダシ取りの具材も豊富に手に入ることから、上野で触れてきた料理とは別の味わいとなった。上野組にとっては、それでいながら懐かしい味だったし、塚原卜伝と門弟たちにとっては、完全に未知の領域となった。


 口を尖らせて文句をつけたのは、雲林院光秀だった。


「新陰流組の感動が薄いけど、まさか食べ慣れているというわけではあるまいな」


 応じたのは、蜜柑である。


「いつもこんなにおいしい料理を食べてるわけではないのじゃが……、新田風という意味なら、厩橋城では毎日じゃなあ」


「耕三はもちろん、腕の良い料理人ですが、護邦様から送られてくる料理の調理法を見ますと、上野の料理も発展しているようです。特に厩橋の料理はおいしいと思いますよ」


 小桃の追加説明に、陰気なはずの青年剣士が首を傾げる。


「うーん……、隠居するなら、厩橋でってのもありかなあ」


「隠居はともかく、ひとまず遊びに来るのはどうじゃ? 城でふだん出ている食事で良ければ、いくらでもご馳走するのじゃ」


「誘惑がきつすぎる」


 二人のやり取りを、周囲は微笑ましく見つめている。人を苦手としているわけではない雲林院光秀だが、その陰気さは他者を遠ざけるに充分な威力を持つ。兄弟弟子の諸岡一羽は、特に苦にせずに話しかけるが、一方で彼を特別扱いすることもない。


 蜜柑はと言えば、なんの抵抗もなく相手の懐に飛び込んでおり、雲林院光秀としても距離感をつかめずにいるのだった。


 塚原卜伝は、二泊して様々な趣向の食事を堪能したところで、京へと戻ることになった。


 諸岡一羽は、故郷に戻って道場を開く前に、兵法家として大きな戦さを見ておくために、新陰流の一行と共に関東に向かうと決意していた。


 一方の雲林院光秀は、ひとまず一羽と同じく関東へと向かうことになった。


 二人の決断にまったく動じていないところからすると、塚原卜伝にとっては想定の範疇だったのだろうと、上泉秀綱は感じていた。




少し短めですみません。続きは、堺の続きは、明日の更新予定となっております。

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【イメージイラスト】
mobgouzokupromo.jpg
山香ひさし先生に描いていただいた、本編のイメージイラストとなります。向かって左が、本作の主人公、新田蜜柑となります。


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