<裏の裏のおはなし>
宮廷音楽会の日より、少し前のこと――。
クラリッサと共にラーウィル辺境伯の屋敷を訪ねたモットレイ子爵は、辺境伯夫妻に呼ばれ、フィオーナにダンスを教えるクラリッサやパトリックと別れ、談話室へ向かった。
心地よく調えられたほどよい広さのその部屋には、意外な人物が待っていた。
「久しぶりだな、モットレイ!」
「へ、陛下?!」
国王は、慌ててその場で平伏した子爵に、「しのびだ。楽にせよ!」と言って、彼を向かいの椅子に座らせた。
椅子に座っても、ぎこちなく縮こまっている子爵を、国王は愉快そうに眺めていた。
「おまえにどうしても頼みたいことがあってな、パトリックに頼んで、王宮までラーウィル家の馬車で迎えに来てもらったのだ。わたしが今ここにいることは、王妃以外の誰も知らない。命を奪うなら、絶好の機会だぞ?」
「な、何ということを! め、滅相もございません!」
「ハハハ……、冗談だ! パトリックが、クラリッサ嬢と婚約したそうだな? あれは、歳が近いこともあって、子どもの頃から王子たちの面倒をよくみてくれた。気のいい男だ。
そちの娘も、活発でいて気配りができる優しい人物だと聞いておる。良き夫婦となることだろう。安心して老いることができるな、モットレイ」
「はは! 身に余るお言葉でございます」
国王は、満足そうに笑ったあと、一つ咳払いをして本題に入った。
「そちへの頼み事なのだが――、実は、サイラスに関わることなのだ――」
「サイラス殿下に関わること? もしや、殿下のお妃様付き侍女見習いとして王宮へあがっております、末の娘のエリノーラが何かしでかしたのでございましょうか?
も、申し訳ありませぬ――。甘やかして育てたつもりはございませんが、いささか考えが足りぬ所がありまして、王宮の皆様にご迷惑をかけているかもしれません。
至らぬ所がございましたら、どうぞいつでも屋敷へお戻しください。厳しく叱り、領地の神殿で巫女として生涯仕えさせることにいたします!」
真剣な顔で子爵がエリノーラとの絶縁宣言をしたので、国王は慌ててそれを止めた。
「止せ、止せ! そういうことではない! エリノーラはしっかり勤めに励んでおる。可哀想なことを言うでない! わたしが頼みたいのは、エリノーラではなくブリジットのことだ」
「えっ?! ブリジット……、でございますか?」
ブリジットは、王宮ではなく宮廷図書館へ翻訳の手伝いに通っている。
最近では、彼女の才能を認め仕事に誘ってくれた司書のサロモン・ベネットと相思相愛の仲となり、これまで以上に充実した毎日を過ごしている。
国王とブリジットの間に、何か接点があったのだろうか――、子爵は首を傾げた。
「ここだけの話だが、実は留学先のある国で、サイラスとグレイアムが、わりない仲にあるらしいという噂が囁かれていたようなのだ。
おそらくは、留学中の女難を避けるために、グレイアムがわざと流した空言なのだろうが、人の口に戸は立てられぬと言うからな。尾ひれが付いて国内で広まったりしては、サイラスもグレイアムもいろいろとやりにくかろう。
そこで、とにかくサイラスに早く伴侶を見つけさせようと、帰国祝いの宴を開き、できる限りたくさんの娘を集めてみたというわけだ」
なるほど、そういう裏があったのか――、王子が帰国して間もないというのに、お妃選びのための宴が慌ただしく開かれた理由を、ようやく子爵は知ることができた。
しかし、あの宴で、サイラス王子のお妃が決まったという話は聞かない。
王子妃付き侍女見習いとして、王宮へ出仕しているエリノーラも、肝心の王子妃の名前は、まだ聞いていないと言っていた。
いったい、サイラスのお妃問題にブリジットがどう関わるのか――。
何だか嫌な予感がして、子爵はおそるおそる国王に問いかけた。
「陛下、それで、その……、サイラス様のお妃様は、お決まりなったのでございましょうか?」
その言葉を待っていたというように、国王はニヤリと笑うと子爵に答えた。
「ああ、決まっておる! なんと、あの宴の晩にサイラスは、『自分の妻はこの娘以外いない』と思う人物と出会ったそうだ。近侍のグレイアムが報告してくれた」
「して、その娘というのは、まさか――」
「フフフ……、そなたの娘のブリジットだ!」
「ああーっ!」
子爵は目眩と動悸で、椅子から転げ落ちそうになった。
とりあえず、愛する娘のために、この理不尽な申し出を何とか断らなくてはいけないと思った。ふらふらと立ち上がり、国王の前にひれ伏すと、必死で国王に懇願した。
「陛下、ど、どうぞ、それだけはご勘弁ください……。ブリジットは、宴で出会った宮廷図書館の司書であるサロモン・ベネット殿と、すでに結婚の約束を交わしております。
サイラス殿下のお申し出に従わねばならないとなれば、二人はどこかへ出奔するか、あるいは世をはかなんで――」
「待て、待て、待て! モットレイよ、そなたはどうも早合点が過ぎるようだ。
そなたは、サロモン・ベネットのことをどのように聞いている? どうせ、娘の身を案じていろいろと調べたのであろう?」
子爵は、サロモン・ベネットについて自分が知っていることを思い出してみた。
ブリジットの話では、ベネットは田舎貴族の三男坊ということだった。
外国語に堪能で、外国に滞在した経験も豊富なようだった。
しかし、王宮で事務官を務める友人のルガードは、確かに宮廷図書館にサロモン・ベネットと名乗る有能な司書はいるが、ベネットが言うような伯爵家はないし、もしかすると事情を抱えるものが仮の名を名乗っているのではないかと知らせてきた。
それは、つまり――。
「へ、陛下……、も、もしや……、サロモン・ベネットというのは……」
「ようやくわかったようだな? そうだ、サロモン・ベネットこそサイラスなのだ。宴の夜に偶然出会ったブリジットに夢中になり、彼女の気を引くために宮廷図書館の司書だと言ってしまったようだ。宮廷図書館でブリジットと翻訳の作業に取り組んでいたそうだが、とうとう図書館の改革まで始めてしまった」
「そればかりではありません。どうやらサイラス様は、うちのパトリックにまで、願ってもない良縁を用意してくださったようなのです。そういうことなのですよ、子爵」
国王の傍らで、辺境伯夫人が微笑みながら言った。
(クラリッサとパトリック殿を引き合わせたのも、サイラス殿下だというのか――、ということは、もしかしたら、アデラインやドローレスの縁談も――)
子爵は、再び頭がくらくらとしてきた。
レーウィル辺境伯が、彼を助け起こし、もう一度椅子に座らせた。
国王は、子爵に向き合うと、息子を気づかう父親の顔になって言った。
「どうか、ブリジットをサイラスの妃とすることを承知してくれ。あれは、いずれ自分は、辺境の王領にある離宮で暮らすことになると思い込んでいるようだが、そのようなことはない。
宮廷図書館ばかりか、王立植物園の研究施設や王立歌劇場も、あれの助言を頼りにしているようだ。第二王子として、いずれは王弟として、この国の文化・芸術の発展に寄与していくことになるだろう。
ブリジットには苦労をかけるかもしれないが、サイラスの妃として、末永くあれを支えてやって欲しいのだ。子爵、どうかわたしの頼みを聞き入れてくれ! そなたの了解を得た上で、宮廷音楽会をブリジットの披露目の場としたいと思う」
ほうっておけば、国王は頭を下げかねない様子だった。
子爵にとっては、娘の幸せが第一だった。
ブリジットは、意志の強い娘だ。自分が求める幸せへの道筋を、間違えることはないはずだ。
サロモン・ベネットがサイラス王子であったとしても、ブリジットの心が揺らぐことはないだろうし、王子妃になったからといって、ブリジットの本質が変わることもないと思われた。
「承知いたしました、陛下! わたくしがお願いしたいことは一つです。ブリジットが、自信を持って王子妃を承れるよう、どうか、お披露目の前に真実を告げ、陛下も二人の結婚をご祝福ください。何とぞ、よろしくお願いいたします」
*
宮廷音楽会へ向かう馬車の中――。
これから起こるであろうことを思い描きながら、モットレイ子爵は小さな溜息をついた。
隣に座っている子爵夫人が、心配そうに声をかけた。
「あなた、どうされましたの? こんなおめでたい日に浮かない顔をなさって――」
「浮かないというわけではないよ。少し、緊張しているだけだ」
「ドローレスが、宮廷音楽会で皆様に歌をご披露するのですものね。わたしも、緊張しておりますのよ。そうは見えないかもしれませんけど――」
夫人の福々しい笑顔を見て、子爵は少しだけ心が和んだ。
そして、ふと思い出したことを、夫人に問いただしてみることにした。
「ローレッタ、おまえは以前言っていたよな。ブリジットとサロモン・ベネット殿の縁が、我が家に幸せを運んでくる気かするって――」
夫人は、頬に手を添え、少しだけ首を傾げて言った。
「そうでしたわね、そんなことをあなたに申し上げた気がしますわ。あの宴の後、次々と娘たちが良きお相手と巡り合って――、帰国したサイラス様が、あの宴の席に縁を結ぶ神様を連れてきてくださったように思いました。
どうして、ベネット様にもサイラス様にも似たようなことを感じたのかしら? 不思議ですわね?」
「フフフ……、確かに不思議なことだ。だがローレッタ、おまえの勘は今でも冴え渡っているようだ。これからも悩んだときは、おまえの勘に頼るとしよう!」
子爵の言葉に再び首を傾げた夫人を、子爵は優しく抱きしめた。
* * * 終わり * * *
最後までお読みくださり、ありがとうございました!
これにて、完結です。
ブクマや評価、誤字報告等をお届けくださり、ありがとうございました。
いろいろと反省点もありますが、とりあえずゴールとします。




