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<裏のおはなし>③

 サイラスは、恥ずかしそうに花束を受け取ったブリジットの手を取り宮廷図書館の中へ誘うと、彼女の手を握ったまま、その足元にひざまずいた。


「レディ・ブリジット、わたしの手紙を全て受け取ってくださったこと、わたしの行いを許し再びここを訪れてくださったこと、こうしてわたしにあなたの手をとらせてくださったこと――、すべてに感謝申し上げます。愚かなわたしは、あなたのお気持ちを確かめもせず――」

「ベネット様、お話は、そこまでになさってください!」

「へっ?」


 少し離れたところで、エルシーと共に事の成り行きを見守っていたグレイアムは、ブリジットの言葉を聞きサイラス以上に狼狽えた。


(何だ、何だ?! ここから先を言わせないつもりか? あんなに嬉しそうにしていながら、まさか、ブリジット嬢はサイラス様と付き合う気はないと言い出すのではないだろうな?)


 隣で平然としているエルシーの手前、さりげなく胸の震えを押さえ気持ちを静めたが、グレイアムは、ハラハラしながら二人を見つめていた。

 そうこうするうちに、ブリジットはサイラスをゆっくりと立たせると、握られていた手を外して花束を大事そうにテーブルに置いた。

 そして、目を白黒させているサイラスに、にっこりと笑いかけながら言った。


「ベネット様……、はしたないと思われるかもしれませんが……、大切なことは、わたしの方から申し上げるつもりでここへ参りました。わたしは……、たぶん、初めてお目にかかったときから……、あなたのことを好きになっていたのだと思います……」

「おおっ! なんと幸せなことだろう! はじめから、あなたとわたしの心が通じ合っていたとは! 偉大なる神よ、あなたのはからいに心から感謝します!」


 天を見上げ神に捧げる言葉を呟きながら、彼女の手を再び取ろうとするサイラスを押しとどめ、ブリジットは話を続けた。


「……あなたの夢を知ったとき、わたしも、あなたと一緒にその夢を叶えてみたいと思いました。だから、心の奥底では、辺境であろうと遙か彼方のレイヴォーネン王国であろうと、どこまでもあなたの手を取り二人で歩んで行こうと考えていたのです。

おかしな遠回りをして、あなたを振り回してしまいましたけど……、もし、あなたさえよろしければ……、どうか、いつまでも二人が同じ方向を見て進んでいけるように、わたしをあなたの妻として、ずっとおそばに置いていただけませんか?」

「レディ! 本当ですか?! 夢を叶えるために、わたしが一文無しの流浪の詩人になっても、稀書の闇商人になっても、田舎巡りの歌劇団のもぎりになっても、それでも、わたしのそばでわたしと一緒に生きてくださるのですか?」

「ええっ?! ええ……、あ、はい……、ベネット様が夢さえ捨てずにいてくださるなら」

「レディ……、ありがとうございます! わたしも、あなたを心から愛しく思っています! どうか、わたしの妻になってください! 二人の夢を叶えるためなら、わたしはどんな試練にも負けません。必ず乗り超えて見せましょう!」


 舞い上がったサイラスは、とうとうブリジットの同意も得ぬまま、我慢できずに彼女を抱きしめてしまった。

 グレイアムの想定とは違った展開ではあったが、ブリジットは、サイラスと結婚し、この先何があっても彼と一緒にいることを了解したようだった。

 サイラスの腕の中のブリジットは、幾度も彼の言葉にうなずいていた。


 この分なら、サロモン・ベネットがサイラス様だとわかっても、彼女が逃げ出すことはないだろう――そう思うと、ようやくグレイアムも胸をなで下ろすことができた。

 ほっとしたグレイアムの隣では、固く抱き合った二人を幸せそうな顔で見つめていたエルシーが、誰にともなく小さな声で呟いた。


「良かったこと! ブリジットお嬢様は、いつだって、ご自分のことはご自分で決めてこられた。そして、決めたことは必ずやり遂げられた……。お嬢様なら、どんな険しい道であっても突き進み、きっと夢を叶え、幸せになられることでしょう。

なかなかご自分の気持ちをお認めにならないから、やきもきしたこともあったけれど、もう大丈夫! ブリジットお嬢様は、自信をもって歩き出したようだから……。ベネット様は、ただお嬢様を信じてついて行けばよろしいのですわ!」


 あるじのことをあるじ自身よりもよくわかっている従僕は、自分だけではないことを知ったグレイアムは、親しみの気持ちを込めてエルシーに笑いかけた。


 *


 紆余曲折を経て迎えた宮廷音楽会当日――。


 音楽会が開かれる広間には、王都に滞在する多くの貴族たちが集まっていた。

 しかし、不行跡が国王に知られ、出仕が止められているラトリッジ侯爵家の者は、一人も呼ばれていなかった。もちろん、領地へ戻ってしまったペリング子爵家の者も――。


 一方で、モットレイ子爵家の人々は、王妃から届いた手書きの招待状を手に、一家揃って出席していた。


 長女のアデラインは、間もなく結婚するウォーディントン伯爵と仲良く寄り添い座っていた。

 三女のクラリッサは、こちらも結婚が決まったパトリックと共に、ラーウィル辺境伯家の人々と一緒に開会を待っていた。

 四女のドローレスは、朝早くから王宮を訪れ、婚約者となったバーレルと最後の打ち合わせをすませたあと、演奏者の席で出番に備えていた。

 五女のエリノーラは、今日は休暇を取り、一令嬢として子爵夫妻と一緒に席に着いていた。広間に入ったとき、めざとく彼女を見つけて近づいてきたグレイアムから卵色のドレスを褒められ、今は夢見心地で椅子にもたれていた。


 そして、次女のブリジットは――。

 なぜか、グレイアムに連れられて国王の執務室へ向かっていた。

 彼が何も話さないので、ブリジットはひどく不安な顔で彼の後ろを歩いていた。


 グレイアムは扉を叩き、中から許可を得ると、ブリジットと共に執務室に入った。

 ブリジットは、目線をずっと下に向けたまま、おびえながらお辞儀をした。

 その途端、執務室内に大きな拍手が湧き起こり、驚いてブリジットは顔を上げた。

 彼女の前には、国王夫妻と王太子夫妻が、嬉しそうに手を叩きながら並んでいた。

 

「よく来てくれたね、ブリジット・モットレイ!」

「ようやく会えて、嬉しく思いますよ!」


 国王夫妻から声をかけられ、ブリジットがどぎまぎしていると、扉を開けて現われた新たな人物が、後ろから少しとがめるような口調で言った。


「レディ・ブリジットが困っているじゃないですか! 説明もされず、こんな所へ呼び立てられて――。わたしの花嫁をいじめるのなら、父上であっても許しませんよ!」


 ブリジットが、聞きなじんだ声だった……。

 だが、声の主は、国王を「父上」と呼んでいた……。


「ベ、ベネット様……?!」


 ブリジットが振り向いた先に、宮廷図書館の司書のお仕着せではなく、華やかな衣装に身を包んだサロモン・ベネットが立っていた。

 いや、正確には、つい先日までサロモン・ベネットと名乗っていた人物が――。

 彼は、ブリジットに近づくと、優雅な動作でひざまずき彼女の手を取った。


「レディ、約束してくださいましたよね? わたしが一文無しの流浪の詩人であっても、稀書の闇商人であっても、田舎巡りの歌劇団のもぎりであっても、一緒に生きてくださると――。わたしが、それらよりもさらに先行きが不安な、ヴェルスコール王国の第二王子サイラスであっても、あなたのお気持ちは変わりませんか?」

「サ、サイラス……殿下……?」

 

 サイラスは、宮廷図書館にいるときと変わらぬ優しい笑顔を浮かべて、ブリジットの返事を待っていた。

 眉根を寄せながら、何とかこの状況を理解しようと必死になって考えているブリジットも、彼にとってはどきどきするほど魅力的だった。


 サイラスの笑顔を見たブリジットは、ようやく、自分にとって一番大切なことを思い出した。

 どんな立場であろうとも、今、彼女の手を取っているこの人物は、彼女が愛し一緒に夢を追いかけていくことを決めた、唯一無二の人なのだということを――。


「サイラス殿下……、どうぞ……、あなたのお望み通りに!」

「ありがとうございます、レディ・ブリジット!」


 さらに笑み深めたサイラスは、周りに誰もいないかのように、大胆にブリジットの手を引き寄せ、その甲にそっと口づけたのだった――。


「さあ、皆様、広間へお出ましください! 御入来の時刻でございます! お集まりの方々も、喜ばしいお知らせを待ちかねておられます!」


 グレイアムが大きな声で、出立を告げた。

 いまだに感無量という顔をして手を握り合っているサイラスとブリジットを、二人まとめて部屋の外へ押し出し、しっかりサイラスの腕にブリジットの手を回させると、小さな声で「これで良し!」と呟き、グレイアムは王家の人々を広間へと先導するために歩き出したのだった。


  * * *  エピローグ 終  * * *




最後までお読みくださり、ありがとうございました! 

最終話なので、裏に少し表も混じった展開になりました。

諸事情ありまして、本日の完結となりました。

一時間後に、「裏の裏のおはなし」を投稿し本当に完結します。少しだけお待ちください。

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