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<裏のおはなし>②

 グレイアムは、王妃の居室へ立ち寄り、マドラインが侍女見習いの仕事についていけず、自ら職を辞したことを報告した。

 王妃は、特に驚きもせず、残ったエリノーラの教育をしっかり行うようにとだけ言った。


 ようやく、グレイアムがサイラスの居室へ戻ってくると、一寝入りしてすっかり身も心も回復したサイラスは、王子妃の部屋での顛末を聞きたがった。

 ぼうっとしていたように見えたが、しっかりグレイアムの行き先を確認していたらしい。

 グレイアムの話を聞き終わると、少し意地悪な笑みを浮かべてサイラスは言った。


「グレイアム、おまえ、個人的な恨みでレディ・マドラインを脅かしたんじゃないだろうな? 宴のおりに邪魔者扱いされたことを、相当根に持っていたようだったが――」


 サイラスの問いかけに気づかぬふりをしながら、グレイアムは黙って茶の支度を続けていた。ポットに湯を注ぐと、茶葉に混ぜたラベンダーの蕾が清々しい香りを放った。


「まあいい――。どうせ、レディ・マドラインは、『あなたは、色仕掛けでグレイアム様に迫り、王子妃付き侍女見習いに推挙させたのでしょう?』とか言って、レディ・エリノーラを怒らせたんだろう。もしかすると、レディ・ブリジットが宮廷図書館へ来ていたことも知っていて、そちらについても何か嫌味を言ったのかもしれないな。

レディ・ビアトリスが、父親に言われて彼女に吹き込んだに違いない。大きな騒ぎを起こす前に、彼女を宮廷から追い出して正解だったよ。おまえが懲らしめてやったのなら、もう二度と愚かなことは考えないだろうさ」

「マドライン嬢には、サイラス様がお妃様としてビアトリス嬢を選ぶことはないし、そろそろラトリッジ侯爵家に見切りをつけろとはっきり言っておきました。

この話は、いずれ侯爵様のお耳にも届くことでしょう。今度は、サイラス様とわたしに、何か嫌がらせを仕掛けてくるかもしれませんね?」


 サイラスは、侯爵が宮廷図書館を訪ねてきたときのことを、苦々しい気持ちで思い出していた。

 従者の付き添いや図書館員の案内も断り、たった一人で乗り込んできた彼は、貴賓室へ入るや否や開口一番こう言ったのだ。


「サイラス様、我が娘ビアトリスとの婚約は、いつ発表してくださるのでしょうか? 王子妃様付き侍女の教育が始まったということは、もうまもなくのことだと思ってよろしいのでしょうかな?」


 サイラスが唖然として聞いていると、気位が高く尊大であると評判の侯爵が、大げさにひざまずいて、サイラスの手を取り熱っぽく語り始めた。


「ご帰国の際は、ビアトリスが差し上げた手紙にたいそう丁寧なお返事をいただきました。サイラス様が、娘を特別な存在と考えてくださっていたことがよくわかり、親子揃って感激の涙を流しました。

ご帰国を祝う宴では、サイラス様がご体調を崩されたとかで、ダンスのお相手こそできませんでしたが、終始おそばでお話し相手を務めることができたと、ビアトリスは喜んでおりました。

この先のことを考えて、幼い頃よりビアトリスと親しくしているペリング子爵家のマドライン嬢を王子妃様付き侍女見習いに推薦しておきました。将来は、二人で力を合わせて、サイラス様をお支えすることになると思います」


 サイラスは、この御仁は、なにもかも自分に都合良く考えてしまうお方なのだなあ――と思い、興奮で頬を赤らめた侯爵の顔をまじまじと見てしまった。


 サイラスの側にも、否がなかったわけではない。

 ビアトリスからの手紙というのが、まるで干し肉でも入っているかのように封筒が膨らんでいて驚いたこともあるが、長々と綴られた妄想混じりの想い出話に圧倒され、「いろいろと覚えていてくださったあなたの記憶力に敬意を表します」という、おかしな返事を書いてしまったのだ。

 どうやらその返事もまた、ビアトリスへの賛辞と受け取られてしまったらしい。


 グレイアムから、ラトリッジ侯爵家の窮状について聞いていたサイラスは、ビアトリスをサイラスに嫁がせてしまえば、何もかも上手くいくと思っている侯爵がだんだん腹立たしくなってきた。

 侯爵が延々と続けていたビアトリスの自慢話に一区切り付けたところで、サイラスは彼に椅子を勧めると、変な期待を持たせないようにさらりと言った。


「次回の宮廷音楽会で、わたしの妃となる女性をお披露目する予定だ。正式な婚約発表は、母上の誕生日の宴で行うが、上位貴族の面々には、あらかじめ宮廷音楽会の場で紹介しておこうと思っている」

「承知いたしました! 準備万端整えまして、その日を待つことにいたします! ビアトリスにも伝えておきます。大喜びする顔が目に浮かびます」


 手巾を取り出し、濡れてもいない目元を押さえる侯爵に、勘違いを指摘する言葉をかけるべきだとサイラスは思ったが、彼が言葉を選んでいるうちに侯爵はさっさとお辞儀をし、扉を開けて出て行ってしまったのだった。


「グレイアム、おまえの言うとおりだ。レディ・マドラインが、王子妃付き侍女見習いを辞した理由を知れば、ラトリッジ侯爵は、必ず何らかの行動を起こすだろう。

モットレイ子爵家へ累が及ぶようなことがあってはならない。おまえの情報網を駆使して、侯爵家の動きを探ってくれるか?」

「心得ました!」


 *


 侍従部屋へ戻り、田舎出の学生風の服装になると、グレイアムは急いで夜の町へと飛び出した。いくつかの居酒屋へ顔を出した後、最後に立ち寄った店で、彼は意外な話を耳にした。

 まだ、社交シーズンの途中だというのに、ペリング子爵家では、一家揃って突然領地へ帰ってしまったというのだ。


「お嬢様のマドライン様の体調が思わしくないとかで、領地に戻りご療養をすることになったそうだよ。うちの旦那様のところへ、子爵様がわざわざ挨拶にみえたんだ。

居丈高だが元気のいいお嬢様だった。つい今朝も、胸を反らして馬車に乗り込み王宮へお出かけになっていたが、いったい何があったのかねえ?」


 ペリング子爵邸のすぐ近くにある、バーンズ子爵邸で働く従僕が、炒り豆を摘まみながら不思議そうに話していた。


(ふーん、わたしの脅しが効いて王都から逃げ出したわけか? いや、違うな――。マドライン嬢から話を聞いたペリング子爵は、今後のことを考えて、ラトリッジ侯爵を見限り王家の意向に従うことにしたってことだ。これは、その意思表示ということだろう。

なかなか、賢いお方なのかもしれないな、ペリング子爵というのは――)


 グレイアムは、できるだけ早く王宮へ戻り、サイラスにこの話を伝えたかったのだが、ふと思いついて寄り道をすることにした。

 宮廷図書館の雑用係として、何度も訪ねたことのあるモットレイ子爵邸の近くに辻馬車を止めると、彼はそっと屋敷に近づいた。

 柔らかな光が漏れてくる居間の窓の近くに立つと、娘たちの華やかな笑い声が聞こえてきた。


 王宮ではいろいろあったが、どうやらエリノーラは、いつも通りの穏やかな夜を迎えようとしているらしい。

 胸の奥に温かなものが広がるのを感じながら、再び辻馬車に乗り込むと、グレイアムは王宮へと帰っていった。


明日中に二話、または、金・土に一話ずつで今週中に完結します。

最後までお付き合いいただければ幸いです。

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