<表のおはなし>②
「どうしたのですか?! 二人とも怖い顔をして!」
王妃との打ち合わせを終え王子妃の部屋へ戻ったリーランド子爵夫人は、ただならぬ雰囲気で見つめ合うマドラインとエリノーラを見つけ慌てて声をかけた。
二人は夫人の声を聞き、憑き物でも落ちたようにふっと体の緊張を緩めたが、表情はまだ険しいままだった。
「ここは、王宮なのですよ。国の政治の中枢ではありますが、王家の方々のお住まいでもあるのです。どんな理由があろうとも、王家の皆様が不快に感じるような言動は慎まねばなりません。王宮に仕える者にとって、当然の心得です。
いったい、何があったのですか? きちんと、わたくしにお話しなさい!」
互いに厳しい目線を向けながら相手の出方を見ていたので、二人とも自分から口を開こうとはしなかった。
しびれを切らしたリーランド子爵夫人は、廊下を通りかかった侍女を呼び寄せ、グレイアムを連れてくるように命じた。
彼が来れば、少なくとも彼を信頼しているらしいエリノーラの方は、態度を軟化させるであろうと思われたからだ。
侍女は、なかなか戻ってこなかった。
多忙なグレイアムは、王宮を留守にしていることも多い。
そろそろ別の人物を頼ろうかとリーランド子爵夫人が考え始めた頃、扉を叩く音がした。夫人の応えを待って、ゆっくりと扉を開けたのはグレイアムだった。
「遅くなって申し訳ありません。たった今、外出先から戻りましたので――。何か、わたしがお力になれることがありますでしょうか、レディ?」
「まあ、それは――、お忙しいところをお呼び立てしてしまって、申し訳ありませんでした。実は、わたくしが王妃様の所へ伺っている間に何かあったようなのですが、二人ともかたくなに口を閉ざしておりまして、もう、どうしたらよいかわからず、あなたをお呼びしてしまいました」
エリノーラは、グレイアムの姿を目にすると、意固地になりすぎていた自分が少し恥ずかしくなった。
このような事態に陥った原因は、もちろんマドラインにあるのだが、もう少し冷静な対応をするべきだったと気づいた。
エリノーラが、リーランド子爵夫人にもグレイアムにも迷惑をかけたことを謝罪し、その上でマドラインの根拠のない誹謗中傷について言及しようと、口を開きかけたときだった。
「ああーっ!」
突然、マドラインが、大きな声を上げてその場に座り込み、さめざめと泣き始めた。
床にくずおれたマドラインは、ときどき上目遣いで、エリノーラの様子をうかがいながら、手巾で涙を拭く真似をしていた。
「わ、わたくしが、悪いのですわ! 人から聞いたことを鵜呑みにして、エリノーラさんが気を悪くするようなお話をしてしまいましたの。でも……、でも……、火のないところに煙は立たぬと申しますし、もし、わたくしの話が嘘だというのなら、つかみかかるほどお怒りにならなくてもよろしいのではなくて?」
マドラインの話を聞き、エリノーラを見るリーランド子爵夫人の目つきが変わった。
王宮内で侍女が暴力を振るうなど、もってのほかである。
夫人は、見習いとはいえ相応の罰を与え、エリノーラを早々に王宮から追い出すべきであると判断し、やってもいないことを言い立てられて動転している彼女に近づいた。
素早くそれを手で制し、押しとどめたのはグレイアムだった。
彼は、泣きじゃくるマドラインに手を差し伸べ、ゆっくりと立ち上がらせた。
「レディ・マドライン、大丈夫ですか?」
「ええ……、ありがとうございます、グレイアム様……。わたし、混乱してしまって……」
「そうでしょうとも……。あなたは、いつも頭が混乱していらっしゃるようだ。そうでなければ、ビアトリス嬢なぞにいつまでも関わっているわけがないし、選ばれるはずもない王子妃様付き侍女に志願などしないはずですよ」
「ど、どういうことですの?」
グレイアムは、後ろにエリノーラを庇うようにして、二人の間に割って入った。
そして、今度は自分が相手だと言わんばかりの厳しい表情で、エリノーラに代わってマドラインを睨み付けた。
「いいかげん、まっとうな人の話を聞いて、まっとうな生き方をしろと言っているんですよ。様々な問題をお抱えのラトリッジ侯爵様は、そのうち誰かに訴えられ、貴族会議で裁かれることになるかもしれません。
領地からの実入りだけでは足りず、いろいろと怪しげな商売に投資したり、他国の金貸しからも資金を借り入れたりしておられるようですからね。
どういう経緯であなたがここにおられるのか存じませんが、そういうわけで、ビアトリス嬢がサイラス様のお妃様になることもなければ、あなたが正式に王子妃様付き侍女として召し抱えられることもありません! さっさとお屋敷に帰り、わたしがお話ししたことをご両親にも伝えて、ラトリッジ侯爵家との関わりを断つことをおすすめします」
「そ、そんな……、わ、わたしは……、こ、侯爵様とビアトリス様に頼まれて……」
今度は、本当に涙を溢れさせ、マドラインは床に膝をついて泣き出した。
驚いて見つめるリーランド子爵夫人とエリノーラの前で、グレイアムは少しだけ表情を緩めマドラインを哀れむように言った。
「あなたが、エリノーラ嬢にどんなお話をされたのか、わたしには何となくわかります。ですから、エリノーラ嬢を悲しませるような話を改めて語らせるつもりはありません。
覚えておいていただきたいのは、あなたの後ろにラトリッジ侯爵家がついているように、エリノーラ嬢とモットレイ子爵家にも、何かあれば後ろ盾となってくださる方は、たくさんいらっしゃるということです。
あなたが話したことが、それらの方々のお耳に入りお怒りを買う前に、とっとと王宮からお引き上げください。できれば、領地屋敷にでも戻り、三年ぐらいはひっそりとお暮らしになるのがよろしいでしょう」
話を終えたグレイアムは、廊下へ出ると侍女を二人連れてきて、マドラインの帰り支度を手伝うように命じた。
二人に付き添われて、マドラインが王子妃の部屋から出て行ってしまうと、グレイアムは、いつもの穏やかな顔つきに戻って、リーランド子爵夫人に言った。
「レディ、これでよろしかったでしょうか? マドライン嬢が、自分の不始末を恥じて、王子妃様付き侍女見習いを辞したことは、わたしから王妃様にお伝えしておきます」
「ええ、ありがとうございました……。まだ、よくわからないところもありますが、わたくし如きが口出しすることではないように思います。グレイアム殿の賢明なご判断に従うことにいたします」
「それが良いと思います。では、わたしはまだ片付けねばならないことがありますので、これで失礼いたします」
丁寧に挨拶をして廊下へ出るとき、ぼうっと立ち尽くしていたエリノーラに、グレイアムが素早く片目をつぶった。
ドキリとしたエリノーラは、よろめきそうになったのをなんとか踏みとどまり、グレイアムを見送った。
扉が閉まる音を聞くと、リーランド子爵夫人は、お仕着せ姿で楚楚として佇むエリノーラを興味深そうに見つめた。
そして、王宮の女官らしい、けっして本心を読み取らせない謎めいた微笑を浮かべながらエリノーラに言った。
「レディ・エリノーラ、わたくしも、あなたとの接し方には気をつけるようにいたしますわ。どうやら、あなたを粗末に扱うと、ここにはいられなくなりそうですからね。
それにしても、グレイアム殿というお方は、若いのに列強を手玉に取り、六年間に渡るサイラス殿下の留学を無事にやり遂げさせただけのことはありますね。確かな人脈と情報網をお持ちのようだわ。敵に回さぬよう、十分に注意して振る舞わないと――」
最後の方は、自分自身に言い含めるように小さな声でつぶやいた。
この一件はエリノーラに、王宮が、ただひたむきに自分の務めを果たしていれば良い場所ではないことを教えてくれた。
ここでは、人間関係を見極め、人々の複雑な思惑を探り、妙な噂や空言に振り回されないように、つねに心を研ぎ澄ましていなくてはならない。
珍しく疲れを感じながら、迎えの馬車で子爵邸へ戻ると、笑顔でブリジットが迎えてくれた。
「お帰りなさい、エリノーラ! 今日のお勤めは、つつがなく済ませることはできたの?」
「ブリジット姉様!」
上着も帽子も身につけたまま、エリノーラはブリジットの温かな胸に飛び込んだ。
何とか時間をやり繰りし、見直ししながら投稿しております。
最後ぐらいはグレイアムもロマンティックにしてやりたい……なおそうかなあ……。




