<裏のおはなし>③
侍従部屋の扉を叩く音が聞こえ、「グレイアム殿」と呼びかける声がした。
グレイアムは、「はい」と返事をすると、書きかけの書状を片付け急いで扉を開けに行った。
王妃付きの女官の一人である、リーランド子爵夫人が、二人の娘を従えて扉の前に立っていた。
二人の娘のうち一人は、グレイアムの期待通り、エリノーラ・モットレイであったが、もう一人の顔を見て、グレイアムは考え込んでしまった。
(何で、もう一人いるんだ? 誰か前侯爵夫人以上に影響力のある者が、この娘を推してきたってことだよな? この娘、どこかで見たことがある顔だが……、確か……あっ! あの娘だ! わたしのことを追い払った――)
サイラスの帰国を祝う宴で、サイラスに付き添っていたグレイアムを邪魔者扱いし、彼から遠ざけようと追い払った娘だった。
サイラスにべったり貼り付き、嬌声を上げていたラトリッジ侯爵家の令嬢・ベアトリスの取り巻きの一人だ。
これはつまり、いまだにビアトリスが、サイラスの妻の座を狙っており、自分の取り巻きを侍女として送り込んできたということなのかもしれなかった。
「こちらは、レディ・マドライン。そして、こちらは、レディ・エリノーラです。お二人は、今日からサイラス殿下のお妃様付きの侍女見習いとして、王宮に上がることになりました。
こちらは、サイラス殿下の近侍のグレイアム殿です。サイラス殿下とは乳兄弟にあたり、6年間の留学では常におそばで殿下をお支えしていた、王宮中の誰よりも殿下についてよく知るお方です」
リーランド子爵夫人の仲立ちで、両者は丁寧に挨拶を交わした。
エリノーラは、グレイアムを見ると、ほっとした顔になり笑みを浮かべたが、マドラインは、宴でのことを覚えていたのか、わざとらしく顔を背け小さく咳払いした。
「侍女としての基本的な心得は、わたくしが指導いたしますが、サイラス様について知っておいた方が良いことは、グレイアム殿から教えていただきます。
いずれは、近侍と侍女として、サイラス殿下ご夫妻を支えることになるのですから、互いをよく知り、力を合わせて職務に励むのですよ」
リーランド子爵夫人は、マドラインの態度に何らかの疑念を抱いたのか、二人をじっと見つめながら、念を押すように最後の言葉を添えた。
二人は、「承知いたしました」と声を揃えた。
*
(まったく、なかなかこちらの目論見通りには進まぬものだな。とんだ伏兵のご登場だ! これは、サイラス様の方にも魔の手が迫っているかしれないぞ。早めにお知らせしておかなくては!)
「では、また改めて」と呟き速やかに扉を閉めると、グレイアムは、飛ぶように書き物机の前に戻り、すぐさま書状をしたためる準備にとりかかった。
マドラインの登場で、いささか彼の頭の中は混乱していたが、一つ深呼吸をすると、自分がこの後するべきことはあっという間に整理された。
彼が、有能な近侍であることの証だった。
今日は、金曜日――。
サイラスは、このところほぼ毎日、宮廷図書館へ顔を出している。
いつ、ブリジットが訪ねてきてもいいように――。
あの一件の翌日、モットレイ子爵からサロモン・ベネット宛てに、「娘の宮廷図書館への出仕は、今後はご辞退したい」という書状が届き、ブリジットがサイラスの待つ宮廷図書館を訪ねてくる見込みはほぼなくなった。
おかしな噂が立つことを恐れたのか、司書長等へサイラスの不埒な誘いについて対処を求めるような書状は届かなかった。
傷心のサイラスに、毎日宮廷図書館へ赴くことを勧めたのは、グレイアムだ。
実は、それより少し前に、グレイアムは、国王から執務室へ呼び出されたことがあった。
なぜかサイラスには内緒で――。
*
「先日、宮廷図書館の図書館長が、わたしの元を尋ねてきたのだ。サイラスが、留学先での見聞をいかして図書館の改革を進めたいと宮廷図書館に出入りしていたのは、そなたも知っておろう?」
「はい。定期的に訪問され、いろいろと調べていらっしゃるようです」
図書館長のやつ、だんだんサイラス様の扱いが面倒になって、とうとう陛下の所へ苦情を持ち込んだのか――とグレイアムは心の中で舌打ちしたが、国王は意外な話を続けた。
「図書館長は、たいへん喜んでおった。宮廷図書館とはいえ、王族が立ち寄ることは希で、最近は図書館員たちの志気も下がりがちであったそうだ。
しかし、サイラスが定期的に訪れ、諸外国の図書館事情を伝えたり、書庫にしまわれていた古書の点検をしたりするようになったことで、図書館員たちに緊張感や意欲が生まれ、すいぶんと状況が良くなったと言っていた。
これからもサイラスには、ぜひ長く深く宮廷図書館に関わってもらいたいと、わたしに懇願しに来たのだそうだ」
「さようでございましたか――。それは、ようございました。さっそく、サイラス様にもお知らせいたします!」
「それと、もう一つ――、サイラスが、宮廷図書館でレイノ語の翻訳の手伝いをさせている娘のことなのだが――」
図書館長は、ブリジット・モットレイのことまで話してしまったらしい。
宮廷図書館の馬車で送り迎えをしているのだから、当然、国王も承知していることだと思ったのだろう。
グレイアムは、どんな話が飛び出してくるかと、今度こそ身をすくめながら国王の言葉を待った。
「図書館長が、たいそう褒めていた。大学の教授並みに、レイノ語やレイヴォーネン文学に詳しいそうだな? それだけでなく、書物の扱い方や図書館員への気配りも素晴らしいと感心していた。できれば、正式に宮廷図書館で雇いたいとまで言っておった。
いったい、サイラスとどういう繋がりがある女性なのだ? おまえは詳しいことを知っておるか?」
国王の問いかけに、少しも逡巡することなく、グレイアムは堂々と答えた。
「その女性は、さる堅実にして忠節なる子爵家のご令嬢です。その優れた才と心づかいによって、サイラス様のお心をすっかり捉えてしまわれました。
しかし、事情がありまして、彼女は自分が翻訳のお手伝いをしている方が、サイラス殿下であることを知りません。それでも、真摯に仕事に向き合い、翻訳の手伝いを続けてこられました。
おそらく、彼女こそ、サイラス様がお妃に迎えたいと思われる唯一無二の存在でありましょう。
もし、陛下からお許しがいただけましたら、サイラス様の忠実なる僕であるわたくしが、力を尽くしてサイラス様の願いを叶えたいと存じます」
本当の話は、いくらでも力を込めて語ることができる。国王の前であろうと、遠慮することもなく朗々と持論を述べてしまうグレイアムであった。
国王は、満足そうに何度もうなずくと言った。
「わかった。優秀な間諜でもあるそなたの言葉を信じて、サイラスのことは任せることにしよう。わたしの力が必要になったら、いつでも連絡をしてくるように!」
「はは、御意の通り!」
*
いくつかの書状を懐に収めると、グレイアムは静かに侍従部屋を出た。
まずは、サイラスにエリノーラが王子妃付きの侍女見習いとして王宮に上がってきたことを知らせに行く。ただし、侍女見習いがもう一人いることも――。
その次は、モットレイ子爵邸へ、心のこもった謝罪の手紙と小さな花束を届けに行く。文面も花束の花も、毎日変えている。侍女が出てきて受け取るが、もしかするとすぐに捨てられているかもしれない。それでも、いつか返事がもらえることを信じて続けている。
前コンドレン伯爵夫人に宛てた、エリノーラが立派な態度で出仕していることを知らせる手紙や、バーレルに宛てた、宮廷音楽会の招待者を相談する手紙は、それぞれ別の侍従に届けさせることにする。
廊下の窓硝子に自分の姿を映し、お仕着せの襟元を直すと、王宮の馬車だまりに向かってグレイアムは颯爽と歩き出した。
* * * 第四話 終 * * *
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
月曜日から、エピローグにあたるお話「理想の女性に巡り会えたら<後>」を投稿します。
来週中に完結する予定です。よろしくお願いいたします。




