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<裏のおはなし>①

 サイラスもグレイアムも、黙したままじっと立っていた。

 先に、この沈黙に耐えきれなくなったのはサイラスだった。

 皮肉な笑いを浮かべて、彼はグレイアムに問いかけた。


「いつからだ、グレイアム? おまえ、いつから、そんなことを考えていた?」


 ようやく少し顔色も落ち着き、動悸も静まったグレイアムは、いつもの冷静な口調になって吶々と語り始めた。


「わたしは、情報を集めるために、サイラス様の名で、様々なサロンにお花やお菓子を届けに行っておりました。音楽関連のサロンでは、モットレイ家のご令嬢たちとも、何度か顔を合わせたことがあります」

「それは承知している――。いったいどんなきっかけで、おまえはレディ・エリノーラを恋慕するようになったのだ?」


 サイラスは、ソファに腰を下ろすと、グレイアムにも椅子をすすめながら、新たな問いをさらりと投げかけた。

 もう、自分の発言について、取り消しや誤魔化しができない状況にあることをグレイアムは悟った。

 彼は腹をくくり、どっかりと椅子に腰を据えてサイラスに向き合った。


「エリノーラ嬢は、サロンに参加されても、いつも聞き役でご自身が歌や演奏を披露されることはありません。

しかし、お若いのに気が利くと申しますか――、彼女は、細やかな気づかいができる方で、ご高齢の少し気むずかしい侯爵夫人の話し相手を務めたり、始めてそこに参加する方にすすんで声をかけたり、サロンが和やかな場となるようにいつも心を配っておいででした。

わたしは、仕事柄、王宮の女官や侍女たちと関わる機会が多いのですが、子爵家のご令嬢が、彼女たち以上の働きをする姿を目の当たりにしたのでございます。なんと素晴らしい女性なのだろうと思いました」

「つまり、おまえは――、子爵家の令嬢でありながら、よく気働きができて思いやりがある美しい女性を妻に迎え、わたしの面倒を見過ぎて疲れた自分を、優しく癒やしてもらいたいと考えたってわけだな?」

「えっ?! そ、そのようなことは、決して……。あ、で、ですが、もしかすると……、あ、あるかもしれません……多少は……」


 サイラスの意地の悪い切り返しに、グレイアムは、再びどぎまぎして、声まで小さくなってしまった。

 その様子を見たサイラスは、少しあきれ顔になって言った。


「何もかも、わたしにはわかっているよ、グレイアム――。おまえは、辺境の離宮暮らしで、レディ・ブリジットが寂しい思いをしないように、おまえの妻としてレディ・エリノーラを連れて行こうと考えたんだろう? 妹が一緒なら、確かに心強いだろうからな。

だが、それは、レディ・エリノーラに失礼だ。わたしやレディ・ブリジットのことを心配してくれるのは嬉しいが、レディ・エリノーラの将来をそんな風に歪めてはだめだよ」

「サイラス様……」

「明日にでも父上にお願いしよう! 近いうちに、婚約者を決めたいと思うので、彼女の身の回りの世話をする王子妃付きの侍女を募っておきたいと――。下位貴族の子女で、それなりの教養や礼儀作法を身につけていて、誇りと敬意をもって仕えてくれることが条件だ。

グレイアム、おまえはその指南役の一人になれ。そのことも父上に頼んでおく。あとは、レディ・エリノーラが、王子妃付きの侍女に興味を持ち、応募してくるように仕向けることだ。おまえに何か策はあるか?」


 グレイアムは、反射的に様々な知り合いの顔を思い浮かべた。

 モットレイ子爵家に、王子妃付きの侍女の話を持ち込み、望まれればエリノーラの推薦人まで引き受けてくれるような人物――。

 エリノーラの人となりを知っていて、それなりに顔が利くとなると――。


「先ほど申しましたサロンにいらしていた高齢の侯爵夫人、前コンドレン侯爵夫人を巻き込むというのはいかがでしょうか?

爵位はすでにご子息が継がれていますが、かつて女官として王宮にお勤めだったこともあり、社交界では大きな影響力をお持ちの方です。

夫人の推挙ということであれば、王宮内でも一目置かれることになると思います」

「いいんじゃないか? 夫人の動向を調べ、参加しているサロンや夜会へ、おまえが顔を出して、王子妃付きの侍女の件を広めてみてくれ。

レディ・エリノーラの名前が挙がってこない場合は、どこかのサロンで夫人とレディ・エリノーラが再び出会うようお膳立てをするといい」

「承知いたしました! では、さっそく――」


 丁寧にお辞儀をして、計画の準備に取りかかるため、いそいそと部屋を出ようとしたグレイアムに、いつになく優しい声音こわねでサイラスが呼びかけた。


「グレイアム、本当はどうなんだ? 王子妃付き侍女の教育に関わりながら、もう一度、自分の気持ちを見つめ直してみてはどうだ?

もし、わたしやレディ・ブリジットのためではなく、おまえ自身のためにレディ・エリノーラを選ぼうと思ったのなら、そのときは、もうおまえの選択を否定したりしないよ。わたしは、おまえの気持ちが彼女に伝わることを、ただ神に祈るだけだ――」


 サイラスの声が、聞こえていたのかいなかったのか、何の言葉も返さぬまま、グレイアムは無言で出て行った。

 六年間の留学生活は、主従の絆を確かなものにしたが、互いの考えていることが、あまりにもよくわかるようになってしまっていた。

 それは、便利なこともあるが、いささか面倒なこともある――。


(グレイアムのやつ、乳兄弟から主従関係となったのに、それでも足りず、今度はわたしと義兄弟になりたいと思っているのだろうか? しかしまあ、あいつに義兄上あにうえと呼ばれるのも、悪くないかもしれないな……)


 四人で過ごす、辺境の離宮での楽しい暮らしがいろいろと想像され、サイラスは一人でニヤニヤとしていた。

 晩餐の連絡に来た侍従が、部屋に入った後、しばしの間、気味悪そうに彼を眺めていたことにもサイラスは気づかなかった。


 *


 そして、翌週の金曜日――。


 サイラスの身支度を整えながら、グレイアムが言った。


「本日、どうやら前コンドレン侯爵夫人が、モットレイ子爵家をお訪ねになるようです。ドローレス嬢が、バーレル殿に認められ宮廷音楽会で歌を披露することが決まったので、そのお祝いに自ら出向くということですが、もちろん、それだけではないでしょう。

この一週間で話が広まった、サイラス様のお妃様付きの侍女の件で、エリノーラ嬢を推挙したいということを伝えにいらっしゃるのだと思われます」

「前侯爵夫人直々のお出ましというわけか? ずいぶんと力が入っているな」

「はい。これで、エリノーラ嬢が承知すれば、もうほかの者は誰も名乗りを上げることはないでしょう。前侯爵夫人にたてつく者などおりませんからね」


 王宮と違って、離宮での暮らしはのんびりとしたものだ。

 儀式や社交の機会もほとんどなく、王子妃といえども、たくさんの侍女をかしずかせる必要はないのだ。

 王子妃付きの侍女は一人いれば十分で、必要があれば離宮付きの侍従や侍女が仕事を手伝うことになる。


「あとは、レディ・エリノーラが、引き受けるかどうかだが――」

「それは、大丈夫だと思います」


 グレイアムはそう言うと、自信に溢れた笑顔を浮かべた。


最後までお読みくださり、ありがとうございます。

やはり週末の更新は無理でした……。

今日からまた、コツコツ更新します。課題山積ですが、完結は近づいております。

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