<表のおはなし>③
閲覧ありがとうございます。
今日中にもう一部分投稿し、第一話を完結する予定です。
「まあ、素敵! 今日出かけてきて正解だったわね、アデライン!」
明るい木立に囲まれた草原に、黄色く愛らしい花々が咲き乱れていた。
王都に春の訪れを告げる水仙の花が、ちょうど盛りを迎えていた。
今日のアデラインの身ごしらえは、水仙の花と同じ明るい黄色で統一されている。植物園の小道ですれ違う人々は、うっとりしながら彼女を振り返った。
「あら、水仙の花の精が舞い降りたのかと思ったら、アデライン嬢でしたのね?」
突然声をかけられ、ローレッタとアデラインが振り向くと、ローレッタの少女時代からの友人であるリース子爵夫人のジェニファーが、夫のコンラッドと腕を組み立っていた。
優雅なお辞儀を交わし、今年の水仙の美しさを語り合った後、ジェニファーは、アデラインたちをお茶に誘った。
植物園内にあるカフェで、遠縁に当たる青年と待ち合わせをしているという。
「グレイアムは、第二王子のサイラス様に付き添い、六年間も国を離れておりましたの。このたび、ようやく帰国が叶ったので、わたしたちに会って旅の土産を渡したいと連絡してきました。今日、ここのカフェで会う約束をしましたのよ」
「王子様の付き添いとは、大変なお役目をお務めでしたのね。無事に帰国されてようございましたわね」
「ええ。サイラス様にたいそう気に入られているようで、帰国後は王宮で近侍として働いております。最後に会ったときには、まだ十七で少年の面影を残していましたが、六年たった今は、きっとなかなかの好男子に育っているはずですわ!」
そう言いながらジェニファーは、意味ありげな目線をアデラインの顔に向けた。
彼女には、長く外国にいて縁遠くなってしまったグレイアムに、親友の娘でその性格をよく知るアデラインは、ちょうど良い相手のように思えてきたのだ。
そんなジェニファーの思惑に気づいたのか、ローレッタは、喜んでカフェへ同行することを承知したが、肝心のアデラインは、もじもじしながらこう言った。
「あの、奥様……、せっかくのお誘いなのですが……、今日は、新しい刺繍の図案を考えるために、花をスケッチしにまいりましたの……。ほどよい木漏れ日が降り注ぐ今のうちに、絵を描いてしまいたいと思います。描き上げましたら、すぐに伺いますので、それまで、カフェで母と一緒にお待ちいただけませんでしょうか?」
「まあ、そうでしたの! 無理にお誘いして、ごめんなさい。あなたの刺繍はとても繊細でサロンでも評判なのよ。スケッチもぜひ拝見したいわ。
スケッチが仕上がったら、必ずカフェにいらしてね。あなたにも、グレイアムを紹介したいから――。かまわないですよね、コンラッド?」
ジェニファーの横で、やりとりを聞いていたリース子爵は、アデラインを安心させるように笑みを浮かべ、妻の言葉にうなずいた。
カフェへ向かうリース子爵夫妻とローレッタを見送ると、アデラインは早速バッグから道具を取り出し、水仙のスケッチを始めた。
(ああ、気が重い。王宮勤めの方なんて、きっと堅苦しくて、一緒にいても気疲れするばかりよね。せっかく、こんなにいい時期に植物園へ来られたのに、無駄な時間を過ごしたくないわ!)
時間を忘れ、ひたすら手を動かしていたアデラインは、ふと背後に人の気配を感じて振り向いた。
一人の紳士が、真剣な表情で彼女のスケッチを覗き込んでいた。
視線が交わると、紳士はひどく驚いた顔をして、あわてて一歩後ろへ下がった。
「あっ! お、驚かせてしまって、も、申し訳ありません! あ、あなたの植物画が、あまりにも見事なので……、つい、お声をかけるのも忘れ、見入ってしまいました。ど、どうぞ、お許しください、レディ」
驚いたのは自分の方だろうに、恐縮しながら彼女のことを気づかう紳士がおかしくて、アデラインは思わず声をもらして笑ってしまった。
その笑い声にほっとしたのか、平静を取り戻した紳士は、笑顔になり自己紹介をした。
「わたしは、ハワード・ウォーディントンと申します。植物の研究が本業ですが、公園やお屋敷の作庭のお手伝いもしています。
今日は、サイラス殿下からのご依頼で、この奥の薬草園の様子を見に参りました」
どこかで聞いたことがある名前だな――、とアデラインは思った。
しばらく記憶をたどってみて、ようやく思い出した。
ブリジットがよく眺めている植物図鑑の著者が、たしかそんな名前だった。
「あの、もしや、精密な植物画が添えられている、とても美しい植物図鑑を執筆された方でしょうか?」
「えっ? わ、わたしの著書をご覧になったことがあるのですか?」
「いえ、わたしは、妹が見ているのを横から覗いただけです。でも、植物の姿が正確に描かれた、素晴らしい図鑑だということはわかりました。
わたしは、刺繍やレース編みの図案を考えるために、植物をスケッチすることがあるのですけど、あの図鑑のような精密で巧みな絵には憧れを感じます」
いつになく、アデラインは饒舌になっていた。
いきなり自分の絵を褒めてくれたハワードに、親しみを覚えたこともあるが、好きなことや好きなものについて語れることが嬉しくてたまらなかったのだ。
「残念ながら、わたしが手掛けているのは解説だけで、絵の方は植物細密画の画家であるドゥエイン・マーロウ殿にお願いしています。
でも、わたしも多少の心得はありますから、あなたのお役に立つお話ができるかもしれません」
そう言って、アデラインから写生帳を受け取ると、ハワードは彼女の描いた水仙のスケッチをじっくりと眺めた。
彼から、水仙の花のつくりについての説明を受け、アデラインは自分のスケッチにさらに線を書き加えていった。
「お見事です! レディ、あなたには、間違いなく植物画の才能がおありです。よろしければ、ほかの絵も見せていただけませんか? おっと失礼……、まだ、お名前すら伺っておりませんでした。まずは、お名前をお教えいただけますか?」
普段のアデラインであれば、こういう展開になったときは、曖昧な微笑みを浮かべ、「再びお目にかかる機会がありましたら、そのときに――」と言って、そそくさとその場を離れていた。
だが、今日はなぜか、ハワード・ウォーディントンに自分のことを、もっと知って欲しいという気持ちになっていた。
「わたしは、アデライン・モットレイと申します。先ほどお話したブリジットの下に、あと三人妹がおります。賑やかな五人姉妹の長女ですわ。
母と二人でこちらに来たのですけど、母は偶然出会った知り合いのご夫妻と一緒にカフェにおります。わたしも、そろそろそちらへ行くつもりです。」
「そうですか……、お母様とご一緒に……」
そう言いながら、ハワードは、一瞬だけ思案顔になった。
しかし、すぐに明るい笑顔を見せると、真剣な口調でアデラインに願い出た。
「あの、厚かましいことは百も承知で申し上げるのですが、わたしもカフェへご一緒させていただけませんか? お母様にもご挨拶をしておきたいですし、あなたがお持ちの写生帳を、そこでゆっくり拝見したいのです。いかがでしょうか、レディ・アデライン?」




