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私、実家に帰ります  作者: 梅春
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第二章 私、久々にセックスします(2)

 私、横浜なんで。

 ほぼ見ず知らずの若者と飲む気などさらさらない。

 しかも、さっさと忘れたい会社の正社員などとは一分一秒でも一緒にいたくないのだ、こっちは。

 僕、千葉です。

 にっこり笑って言うと、深田は横浜までついてきた。

「明日はリモートワークにしてますから」

 明日は休日みたいなもんですからということだ。

 十分な有給もあり(それもきっちり消化させてもらえる)、有給とは別に夏休みや冬休みやアニバーサリー休暇や勤続十年休暇や、とにかくいろいろ休みがあって不思議というか、外部からみたらどうしてこうなった? という仕上がりなのだが、とりあえず大手企業は社員を遊ばせたいようだ。

 派遣より正社員が多く休むのが当たり前なのだから、弱い立場としてはやってられない。

「あの、何か、私に用でも?」

「え? 用ってほどのことは別に」

「そうですか」

 じゃあ、尚更なんなんだよ。

 こっちは黒い疑いやらクエスチョンで頭を充満させているのに、深田はあいかわらずしゅっとした涼しい顔をしている。

 崎本さんのよく行く店に行きましょう。

 そう言われて、野毛にやってきた。一番よく行く店には行きたくなかったので、三番目ぐらいのよく行くホルモン屋に深田を誘導した。

 ホルモンが苦手ならさらにいいと思ったが、深田はホルモンが大好きだといい、いろんな内臓をがんがん注文していく。

 わけわかめ。

 雪子は考えることを止め、深田に倣い、ホルモンをがんがん口に運んだ。

「ここ、うまいですね」

「ですよね」

 会話らしい会話もない。

 焦れた雪子は思っていたことを口にしてみる。

「あの、誰かに私のこと誘え、みたいなこと言われたんですか?」

「え? なんですか? それ」

「え、いや、だから、その、誘って、なんなら一緒に飲みに行って、何言うかとか、どんな反応するかとか、そういったことを探ってこい、みたいな」

「なんすか、それ。そんなこと言われてないし、そんなこと言われてもやりませんよ」

「まあ、そうですよね・・・」

 じゃあ、なぜ? ってゆーか、もしそうだとしても、素直にそうですとはゲロしないか。

「あーあ、馬鹿らし」

「え?」

「いや、なんでもないです」

 いじいじと考えるの止めた。こいつの狙いが何だってかまうもんか。どうせ二度と会わない相手だ。

「この飲み会、深田さんのおごりですか?」

「もちろん。僕が誘ったので」

「ありがとうございます。すいませーん」

 雪子は店員を呼び、飲み物と肉のおかわりを注文する。

「深田さんって、あの会社にずっといるんですか?」

 古くからの大手企業で、待遇はいいが、今後衰退するのがわかりきっている企業。

 その中身は、転職できないから現状にしがみつく中年で満たされている。

 向上心ややる気のない社員たちが生み出す空間の息苦しさは若者には耐えられないはずだ。

「ずっとかどうかはわかんないです。ずっと居られるかもわからないし」

 凡庸な回答だ。

 雪子はジョッキのビールをあおる。

 ああいった古い企業に集まるのは、学歴も能力も1.5流の新卒だ。鼻の利く子は入ってはこない。

 間違って入ってきても、すぐに辞める。

 残った子たちはまともに仕事を身につけることもできず、転職もできず、能力は二流、人間性は三流のおじさんになっていく。チャン、チャン。

 他人事だから、どうでもいい。

「でも、リストラとかしない会社だよね」

 うちもそうだと思ってた。でも、会社はいざとなったらやる。そういうものだ。

「わかんないですよ。これからは」

 おっ、意外に冷静。本心か?

「されたら、どうするの?」

「されたら・・・されたときに考えます」

 深田がにっと笑う。

 わかってないな、若者よ。ほんとにリストラされたときの大変さが。

「そうね。それで十分だよね。悪いほうばかりに考えても良くないし」

 人生は想定以上に悪い方向に転がることも少なくはない。それを二十代の子に言っても仕方のないことだった。

「でも、プログラミングとかできるわけでもないし、経理なんてこれからどんどんシステム化したり、AI化したりするし、ほんと、どうなるかわかんないっす」

 派遣になり大手企業に働くようになって驚いたことがある。

 作業というか、仕事が細かく分担されすぎているのだ。中小なら一人でやっていたような仕事を三人ぐらいで分担してやっている。

 それだけ精度が高まるかといえば、そうではない。ミスコミュニケーションを繰り返し、仕事の品質は落ちるばかりだった。

 そんな仕事をしていて、専門性もなければ、確かにアウトだ。システム化だとか、AIだとかは関係ない。以前の問題だ。

 目の前の顔を赤くした若者を見る。

 ぼんやりとリストラの恐怖はあるものの、具体的な問題点や本当の深刻さには全く気付いてない様子だ。

 この子が私の年になるまでの間に、社会や労働は激変するだろう。

 それは誰にも予測できないことだから仕方ないけど、大手に勤めている人間はどこかに自分は会社にぶら下がり続けられるだろうというおかしな自信があって、変化や危険に鈍感だ。

 自分には関係ないから、決して指摘はしてやらない。どうでもいい他人事だ。

「崎本さん、次の仕事決まってるんですか?」

「ううん。これから探す」

「また東京ですか? 今度は横浜?」

 横浜に住んでいると、勤務可能な東京のエリアは限定される。

 山手線でいえば、東京から渋谷あたりが限界だ。地下鉄に乗り、山手線の内側の入ることは難しい。

 通勤時間がかかるし、派遣は交通費が自腹なので、そこまで入りこみたくないのだ。

「横浜がいいけど、どうしても東京になるよね」

 横浜駅やみなとみらい周辺、新横浜駅周辺の仕事は東京の仕事に比べ時給が低い。一度でも時給や仕事内容のランクを落とすと、あげるのは意外に大変だ。

 そして、仕事内容も単純作業や電話番のようなものが多かった。

 結果、どうしても東京まで働きに出ることになる。

「そうですか。いいとこ見つかるといいですね」

「ありがと」

 一か月後には私は実家のある福岡に戻る。それを目の前のほろ酔いな若者に伝えても仕方ない。彼は友達でもなんでもないのだから、伝える義理もない。

「崎本さん、このあたりなんですか?」

「え?」

「お住まい?」

「あ、いや、ここから地下鉄で十五分ぐらいのところかな」

 十五分もしないけど、ま、いっか。駅は言いたくないし。

 雪子は地下鉄の片倉町駅から徒歩七分の古いマンションに住んでいる。

「そうですか」

「深田さんは千葉なの?」

「そうです。市川です」

 市川・・・知らん。

「そう」

 話すこともなく、話したいことも聞きたいこともなく、私はホルモンを焼いては深田の皿に置き、自分の皿に盛り、食べた。

 初対面の相手なのに、とくに気まずいわけでもなく、ホルモンがおいしく感じるのが不思議だった。


 焼肉を食べる男女はできている。

 そういうが、焼肉のあとにできてしまう。そういう男女もスタンダードなのだろうか。

 隣で寝息をたてている深田を盗み見てから、雪子はホテルの真っ白い天井を見て、小さくため息をついた。

 良かったけど、疲れた。

 さすがに深田は若い。二発やったのに、けろりとしてて、そしてコロリと眠った。

 寝たり起きたりのスイッチの切り替えが早いのは若い証拠だ。

 年を取らないとわからないだろうけど。

「久々に、いったな」

 それも二回も、男相手に。

 自分でするときを除いて、きちんといったのは何年ぶりだろう。婚活を始めるずっと前に彼氏がいたときだから・・・雪子は年数を数えるのを止める。虚しいだけだ。

 もう一度、深田の顔を見る。

 やっぱり好きな顔だと思う。自分はこの顔につられてホテルまでのこのことついてきたのだ。

 認めざる負えない。

 深田はあっさりとした癖のない、整った顔をしていた。

 卒業した大学の偏差値よりずっとずっと低い顔面偏差値をもつ正社員たちの中で、大学の偏差値並みの顔面偏差値をもつ深田は際立っていた。

 それが原因でおっさんたちの嫉妬を買い、昇格のスピードが遅れている、なんて噂を聞いたこともある。

 とんでもない話だが、とんでもないことが横行するのが日本の会社だ。個人の能力より、周囲にどれだけ溶け込んでいるかのほうが重視されるのだから、それが理由で階級が人より低くても決してめずらしい話ではない。

 深田が起きたら聞いてみようか。こーゆー関係になったのだから、多少は踏み込んだ質問をしても構わないだろう。

 雪子は思った端から、自分の考えを却下する。

 答えるのに窮するような質問をしてどうする? 意地悪したい相手ではないのに。

 それに、セックスしたから急に近しく振舞うなんて、馬鹿で思いやりのない女のすることだ。絶対にそうはなりたくないし、そう思われたくなかった。

 二度と会わない相手だと思いながらも、点数を下げたくないと思っているのは、やはりベッドを共にしたことが原因だろう。

 雪子は寝ると気持ちまで入ってしまうタイプだった。

 若い時は都会的にもっと遊べたらいいのにと、人と比べて強めの性欲を持て余しながら思ったものだ。

 そんな雪子だが、婚活で出会う相手に欲望を抱くことはほぼなかった。

 今後ずっとこのひとと一緒に過ごすかもしれない。そう思うと迂闊なことはできないというブレーキが働いた。

 加えて、婚活で出会う男だちはおしなべて雪子の好みのルックスではなかった。

 年収などの条件を重視すると、顔立ちや身長などの項目はどうしても捨てざる負えなかった。

 三十を超えている雪子も男たちにとっては理想的な女とはほど遠い。それがよくわかっていたから、条件を絞ったのだ。

 将来も約束されない、好きなルックスでもない、もちろん気持ちがあるわけじゃない、そんな男たちとのセックスは考えられなかったし、誘われもしなかった。

 結果、長く男と交わらない日々が続いた。

 しかし、一度だけ、婚活で出会った男と寝たことがある。

 いかなかったのは、男との相性が悪かったのではなく、男とは将来があると思い込んだ雪子が自らを開放できなかっただけの話だ。

 男は深田とは逆で、少し濃いめの顔をした、いい男だった。

 年齢も雪子より三つ上で、彼と出会ったとき、そして、その目の中に自分への興味をすくいとったとき、雪子は心の中で秘かにガッツポーズを作った。

 しかし、彼の関心は雪子の思うようなものではなかった。

 男は婚活で出会う男たちと違った。こまめにメールや電話やラインをよこし、畳みかけるように関係を進めようとした。

 それを雪子は男の自分への欲求と受け取った。うれしかった。久々に自分が女であることを思い出した。

 婚活をしていたにもかかわらず、雪子はそんな感覚を長く抱いていなかった。

 だから、二度目のデートで保険に入ってほしいと言われたときは、一瞬迷った。

 しかし、「嫌かもしれないけど、保険業界で働いていると結構当たり前のことだからさ」という男の言葉をあっさり信じた。信じたかったからだ。長く、空振りが続くだけの無駄な婚活を早く終えたかったからだ。

 雪子は冷静さを失っていた。婚活の熱にうなされ、熱中症のような状態になっていたのだと思う。

 多くの男と会い、短期間でイエスかノーを出す。もしくは出される。

 出たくもないマイナー映画のオーディンションを受け続ける売れない女優にでもなったような気分だった。 

 もう止めたい。

 男のことを好きだと思うより、この気持ちが強かったことを、今の自分なら素直に認められる。

 男は雪子が保険に入ると、雪子をホテルに誘った。

 雪子は男とは将来があると思っていたから(思いたかったから)、拒否しなかったし、しかし、奔放に振舞ってはダメだなとおかしな計算も働いた。

 男とのセックスは短く、一度で終わった。

 彼は早い人だったのではなく、早くいったのだろうと雪子はなんとなく思った。

 保険に入れてしまった罪悪感から雪子を抱いたのだろう。もしくは、抱いたことでイーブンとしたかったのだろうか。

 いずれにしても男とはそれきりになった。

 今思えば、馬鹿みたいな、よくある話だ。それにダメージを受けていたあの頃の自分が、やはり馬鹿らしい。


 ホルモン屋を出ても、深田は駅へと向かわなかった。

「ちょっと散歩しましょうよ」

 そう言って、深田はレンガ倉庫のほうへ向かって歩き出した。終電にはまだまだ時間がある。

 おごってもらったし仕方ないか。雪子はそう思って深田の後に従った。

 深田は全く会話をリードしなかった。

 雪子が話題をふり、会話を膨らませた。深田は質問には真摯に答えるが、自分から何かを切り出すことはない。

 ただ、雪子の言うことをニコニコとうれしそうに聞いている。

 男と女が逆なんですけど。

 そうだったら理想的な会話風景なんだけどな。あ、でも、年の差は性別を超越するか。なら、これが正解か。

 見つけてもむなしくなるだけの答えを見つけ、雪子はため息をつく。

 そんなことを繰り返しながら、二人は中華街の入り口まで歩いてきた。

 雪子は関内駅に向かおうと思い、スタジアムへと足を向けた。

「崎本さん」

 振り向くと深田が瞬間接着税でも踏んづけたかのように、棒立ちしている。

「何? どしたの?」

 数時間を一緒に過ごしたことで遠慮がなくなっていた。雪子はため口で尋ねる。

「ここ、泊まっていきませんか?」

 深田が指差しているのは、一階がコンビニになっている、石造りのレトロな雰囲気を醸し出すこじんまりとしたきれいなホテルだった。

 そこは・・・一度は泊まってみたいと思ってたところだけれども・・・

 そーゆー問題じゃないだろう。

 雪子は笑う。

「何いってんの? いくらリモートワークだからって、ちゃんと家にぐらい帰りなさい」

「そうじゃなくて」

「ん? じゃあ何?」

 深田は雪子のほうに二歩三歩と踏み出す。その歩幅の大きさに雪子はドキッとする。

 深田は雪子の手を掴んだ。

 男の手は自分の手よりずっと熱い。いつも。

 雪子の上半身は自然と後ろに逃げた。

「ダメですか?」

「え? 何が?」

「嫌ですか? 僕じゃ」

 やっぱり、誰かの指示じゃないの?

 目の前の深田は真剣な眼差しだ。

 そんなに性質の悪いことをする子にはどうしても見えなかった。

「じゃあ、ちょっとだけならいいよ」

 ちょっとだけってどーゆーこと? 

 口だけとか手だけってこと? 

 普通にするより、そっちのが全然ビッチなんですけど。

 雪子は自分の不用意な発言に密かに打ちのめされる。

 そんな細かすぎる雪子の反省は当然深田には伝わるはずがない。

 深田は華が咲いたようにうれしそうに笑うと、雪子の手をひき、洒落たホテルへと入っていった。


 そして、今、このありさまである。

 深田の寝息はさっきより大きくなっている。高鼾とはほど遠いが、リラックスのほどがうかがえた。

 婚活では得られなかった好きな顔の男との昇天セックス。しかも後腐れなし。

 これに自分はつられたのだ。愚かだと思うけど、いいではないか。どうせ自分は関東を離れるのだ。

 旅の恥は搔き捨てだ。ちょっと違うけど。

 それにしても、ずいぶんと声をあげてしまった。

 雪子は声を出すほうか、出さないほうかというと、出すほうだ。しかし、今夜ほど声をあげたのは初めてかもしれない。

 好みの男との後腐れのないセックス。それがこれほどまでに気持ちよく楽しいとは。

 男たちが風俗にはまる理由が良く理解できた。

 今後、もし結婚することがあったら、旦那の風俗遊びには寛容になろうと雪子は思った。

 それにしても、二度と会うつもりがないとはいえ、今夜は弾けすぎた。

 深田とはベッドを共にするのが初めてなのに、雪子はふんだんに口を使ったし、深田にも口でしてもらった。

 こんなことは今までなかった。

 もうちょっと遠慮や段階というものがあったのだ。

 年をとり、羞恥心をなくしてきていたり、やけくそにやっていたり、そういった面はもちろんある。

 しかし、それだけだろうか。

 隣で眠る深田の顔はさっきよりも随分とだらけた気がして、雪子は思わず苦笑した。

 そんな深田の寝息と自分の呼吸を合わせてみる。

 すーはー、すーはー・・・

 そんなことをしているうちに、雪子はゆっくりと深い眠りに落ちていった。

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