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私、実家に帰ります  作者: 梅春
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第二章 私、久々にセックスします(1)

 嫌で嫌で通っていた会社も最終日となると急に愛着が出てきて離れがたくなる・・・なんてことは当然今回も起こらない。

 派遣先の会社で私はいつもろくでもないめにあった。

 いじめというほど大袈裟なものではないが、温かく迎え入れてもらったこともない。どこも殺伐としていた。

 しかし、それは正社員で働いていた会社も同じだ。

 正確にいえば、正社員で働いていた会社は、殺没としていった。どんどん、どんどんと、それは悪化の一途をたどっていった。

 会社が潰れる三年前、創業以来初めてのリストラが実施されたことで、雰囲気の悪さは決定的となった。

 人間関係は荒れに荒れ、疑心暗鬼になる者、過剰にヒステリックになる者も少なくなかった。

 私も交流の深かった一部の社員たちにしか心を開かなくなった。

 だから正社員時代が懐かしいとばかりもいえない。最後のほうではそれなりに嫌な思いもしたのだ。

 会社の人間関係は今やうまくいってないほうがスタンダードなのだ。

 そう思って我慢してきたが、古い古い大手住宅設備メーカーで受けた扱いは、それまでとはまた一味違っていた。

 私は経理部で売上の集計やレポートの作成を行っていたが、古いマニュアルを渡され、わざとミスさせられたり、会議の招集メールを外され、会議をすっぽかしたと叱責された。 

 指示通りにやった仕事が間違っていると怒られ、さすがに口答えすると、その場では何も言われなくても、そのあと一日中聞こえよがしに悪口を言われた。

 そんなふうに私を村八分に追い込んだのは、私と同じ派遣社員の女だった。

 私たちの部署は派遣社員の割合が低かった。私が入るまでは、十二名のメンバーのなかで派遣社員は彼女ひとりだった。

 私が入るまでは、彼女が「ひとりだけ非正規」ということでいじめられていたらしい。

 彼女はそこから抜け出すために、私を「とんでもない派遣社員」として仕立てるべく、あることないこと(というか、「ないことないこと」)を周囲に吹聴したらしい。

 周囲はそれを何も考えずに受け入れた。事の正否なんてどうでもいいのだ。ただ、みんな気晴らしにイジメられる相手がいればそれで。

 集団というものは残酷なものだ。

 結束して美しくまとまるなんてことはない。少なくとも現代の会社の中では、もうそんなことは起きない。

 誰かを共通の敵として祭り上げなければ、まとまるなんてことは起こらないのだ。

 これは今にはじまったことではないが、昔より強く生贄を求める風潮が高まっていると思う。

 皆が利己的で自分の利益を守ることだけに必死になっている。

 事の善悪もわからなければ、誰かの気持ちに共感したり、痛みを思いやったりなんて言動は微塵もとらない。

 でも、もうそんなことも、もうどうでもいい。

 派遣の少ない給料にしがみついて、グレイまで白く見えるように振舞う必要もなくなったのだ。

 私を皆のターゲットに据えた派遣社員の飯田という女は耳につく甲高い声で、甘ったるく、そのうえクセの強いおかしなイントネーションをつけてしゃべる。

 そして、いちいち口にすることも鼻につく。

 悪口や噂話には漏れなく乗っかるところも信用ならなかった。

 彼女がいじめられていたというのもうなずける話だ。

 今も誰かが他部署の人間の悪口を言っていたのに便乗しようとして、「そんな人がいるってほんとに嫌ですぅよねぇ。世のなか息苦しいっていうか、なんていうか。だってええぇ・・・」と区切り、とびっきりの甲高い声で「楽しい仕事したいじゃないですかぁ」と締めくくった。

 私は彼女の言うことや言い方が大袈裟で嫌いだった。

 自分では人とは違う表現力を持つ面白い人間だと思っているようだが、奇異な感じにしかとれなかった。

 周囲の人間はなぜ彼女の言動が鼻につかないのだろう。

 そんなふうに不思議に思っていたが、それは違っていたようだ。

 私が辞めるとなると、みんなの矛先は急に彼女に向かった。

 彼女の発言を受け、皆がくっくと笑いをかみしめはじめた。これまでとは一変した皆の態度に飯田が青ざめた。

「楽しい仕事って」

「大袈裟」

「受けるんですけど」

「俺、なんか鳥肌たった。さみ~」

 あーあ、はじまった。馬鹿らしー。

 私は席を立った。いじめの風景なんてみたくない。

 最終日でどうせやることもない。あと四十五分、休憩室でさぼろうと思った。

 そんな私のあとをついてきた社員がいた。

 隣のチームの深田駿介だった。

「あの、崎本さん」

「はい?」

 窓際に長く設けられたカウンター席に座っていた私は、驚いて後ろを見た。

「深田さん?」

 メールで少しやりとりしたことのある社員がそこにいた。

「今日までなんですか?」

「はあ」

「お世話になりました」

「え? あ、いえ、いえ、こちらこそ」

「隣、座っていいですか?」

「あ、はい、どうぞ、どうぞ」

 朝、廊下で会えば「おはようございます」を、帰りに廊下ですれ違えば「お疲れさまでした」を言う、それだけの相手だった。

 仕事もメールのやりとりしかしたことない。そんな相手がどうして。

「いろいろ大変でしたね」

「はあ」

 なんだ、そういうことか。そんなことは興味ありません、みたいな涼しい顔をしていて、結局はそれか。

 私がいじめられいるところを見て、興味をもって近づいてきたのだろう。

「深田さんもたいへんですね。あんな会社に、これからもずっと居るんでしょ?」

 大手に入れば辞められないだろう。

 年間百万円を軽く超えるボーナス、一分単位できっちり出る残業代、百パーセント消化できる有給、土日は守られ、さらにリモートワークといえば週に一日はさぼることができる。

 中小のアパレルと比べ、そこは正社員とっては天国みたいな環境だった。ゆえに、離職率もしごく低い。

 しかし、一皮むけばそこは誰かを村八分にすることで生き残りを図ろうとする人間が集まる、陰湿で閉鎖的な村だった。

「これでも昔よりは良くなったんですよ。昔はパワハラがすごかったから」

「それはどこでも同じです。でも、それがなくなったら、今度はこんな陰険な仕上がりになって、そんな会社もめずらしいですよ」

 最後の最後ぐらい好き勝手言ってもいいだろう。どうせ飯田のせいで悪評が広まっているのだ。

 いっそ違うキャラのまま消えてやろうと思った。どう思われてもここに親しい人間も良く思われたい人間もひとりもいないのだ。

「そうですね。みんな、びくびくしてるから。ここにしがみつきたいんですよ」

 はあと深田がため息をつく。

 私から悪い言葉を引き出そうというのだろうか。誰の指示で?

「深田さんっていくつなんですか?」

「二十九です」

「そうだよね。若い」

「崎本さんは?」

「三十七です」

「ええっ!」

 深田が大袈裟に驚く。

「そんなに驚かなくても」

「いや、崎本さん、超若いっす。まずいっすね。そりゃあ、飯田さん、キレますわ」

 飯田は同じ年だったが、クセの強い言動に負けないアクの強い見た目のせいか、五才、いや、下手したら十歳は老けて見えた。

「自分のせいでしょ。性格の悪さが出てんのよ」

「いや、あの木靴みたいなボリュームのある顎は本人のせいでは・・・」

「うまいこというわね。フランダースの犬のネロとかが履いてる、あれでしょ? あれがさらに若干しゃくれてるってところで、もう終わってるわよね」

 深田が手を打って笑う。 

 ああ、これは絶対に言いふらされるな。でも、いいや。もうどうせ辞めるんだし。

「崎本さん、おもしろいですね。黙ってるからわかんなかった」

「そんなことないですよ。つまんない人間です」

 私は面白くない人間ではない。どちらかというと、悪口や下ネタで周囲を沸かしてきた人間だ。

 しかし、派遣社員になってそれを止めた。

 深田の言う通り、私は若く見える。とびきりの美人でもなければ、年齢を超越したかわいさがあるわけでもない。ただ、若く見える。

 それだけだ。

 しかし、それだけのことでどれだけの人間の妬みや嫉みを引き寄せるかは、それまでの社会経験と人生経験から学んでいた。

 派遣社員はすべてにおいて一歩か二歩、正社員に後れをとらなければいけない。

 それは仕事だけに限らない(仕事について言えば、できなくてもこまるが、社員並み、もしくはそれ以上にできるのは、できないのより困るのだ)。

 むしろ、仕事以外の部分においてのほうが「後れ」を強く表現しなければならないのかもしれない。

 なぜなら、彼や彼女たちは、「あんなだからあの人は派遣なんだ」という確たる証拠を得て、正社員である自分の地位の恒久性を確認したり、自信をもって振舞うに必要な優越感を得たいのだから。

「崎本さん、今日、空いてます?」

「え?」

「一緒に飲みに行きませんか?」

「はあ」

 私は肯定も否定もしなかった。しかし、深田はうれしそうな顔をして、じゃあ、あとで席に戻っていった。

 どうせ口だけだろうと思っていたが、深田は定時になると、私の席にやってきて周囲の目も気にせずに「じゃあ、行きましょう」と歩きはじめた。

 私は、驚く周囲の顔を見ながら、嘘でもこいつらに向かってありがとうございますと言わなくても良くなった、ラッキーと思い、慌てるふりをして深田のあとを追った。

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