Fクラス
「やっぱ勇者の息子はパネーな」
「俺らはとはチゲーわ」
俺が割り振られた特Aクラスとは、授業を受ける義務が免除されている特別待遇を意味していた。
学園には所属しているが、授業は受けても受けなくてもいい。
この待遇を認めさせるために、俺は試験で圧倒的な実力を見せつける必要があった。
だからこそーー
「ちっ、なんだデブ、こっち見てんじゃねーよ!」
「あ、ごめんよ」
だからこそ、こうしてFクラスで授業を受けることができている。
勇者の息子として俺の名声は高すぎた。
高すぎる地位は対等な関係の仲間作りのためには邪魔になってしまうこともある。
純粋に共通の夢を目指せる仲間を作るため、俺は正体を隠すことにした。
もちろん、正体がバレないための対策は万全だ。
光学魔法を付与した着ぐるみを見にまとい、周囲からはふくよかな男にしか見えなくなっている。
デブだなんだと馬鹿にされる見た目ではあるが、商人としてはこの見た目が正解なはずだ。
ふくよかであることは裕福な証。
つまり、商売が儲かっている優秀な商人の証だ。
……まあ、学生の今からこの見た目である必要はないかもしれないが、本当の俺の見た目のギャップもあるのでバレにくくする効果も期待できるだろう。
「あ、あのこんにちは。僕はライアン。よ、よろしく」
よし、戦ったこともなさそうな男の話し方も完璧だ。
しかし、わかってはいたことだが、このクラスは残念な空気で満たされているな。
力こそ正義のこの世界でFクラスにいることは"落ちこぼれ"の称号と同義だ。
中には俺のように力以外のことに興味があるやつもいるが、そんなのは極僅かだ。
ほとんどは力が足りず、このクラスに押し込まれている。
しかし、そんな生徒を救うために、このFクラスでは特別に武力に関する講義よりも、それ以外、商業や経済、芸術や工学など多岐に渡る科目の講義を受けることができる。
ここでなら商人になるために必要な知識を学べるので仲間集めと合わせて一石二鳥だ。
しかし、俺のようにFクラスであることに高いモチベーションを持つ生徒は少ない。
基本はこんなクラスになってしまったという絶望感と、自分はコイツらとは違うはずだという奇妙な自尊心が相まって、生徒同士で残念としか言えない牽制をし合っている。
要はこの底辺のクラスで自分の自尊心を守るために、さらに下の存在を探しているのだ。
「おい、デブ、こっち見んなって言ってるだろーが」
「な、なんだよ、見てないだろ」
だから、俺の今の見た目はかっこうの的になってしまうようだ。
さて、変に目立ちたくはないが、勉強に集中できる環境は欲しいし、どうするか……
「いいから、こっちこいや!デブ!」
「いや、だから……あれ?」
俺は自分の目を疑った。
俺の腕を掴み、連れ出そうとする男たちの後ろに、こんなクラスにいるはずがない、見知った顔がいたのだ。
「アイナ……?」
「へっ!?な、なに?」
突然名前を呼ばれたアイナは驚いた顔で返事をした。
やっぱりアイナか。
真っ赤な髪色のショートカット姿は俺の記憶とは変わっているが、顔はそのままだったので、すぐにわかった。
学園デビューってやつか?
「なんだデブ、よりによって女の子に助けを求めてんのかぁ?」
アイナは巻き込まれたことに少しため息をついたが、すぐに腹を括ったらしく、男たちに詰め寄った。
「あんたたちね。弱いものイジメしたって強くなるわけじゃないんだから、辞めなさいよ。そんなんだからFクラスになるのよ」
「う、うるせえ!テメエだってFクラスだろうが!」
「あ、アタシは……、そ、そうね、でもいいから辞めなさい!」
Fクラス?
ここにいるから、まさかとは思ったが、やっぱりアイナはFクラスの所属のようだ。
「ああん?いくら俺らでもFクラスの女に生意気言われるほど落ちちゃいねえぞ!」
アイナに注意を受けて頭にきた男は躊躇なく殴りかかった。
「だから、辞めなさいって言ってるでしょうが」
アイナは平然とした顔で拳を受け止めて軽く捻り上げ、男が苦痛に顔を歪ませる。
やはり俺の記憶は間違ってなさそうだ。
アイナは優れた武力、特に体術に秀でていた。
昔はよく俺の家族と一緒に魔物狩りに行っていたが、その時の実力でも、Bクラスは間違いなかっただろう。
今の動きだけでは判断できないが、数年前までは俺の実家を訪れて鍛錬を行っていたようだから、実力が衰えているとは思えない。
「あ、ありがとう」
俺に絡んでいたやつらはアイナに捻られて去っていった。
どう対処すればいいか悩んでいたので、助けられたことはとても助かった。
「……あんた、名前は?」
「ラ、ライアン。ライアン・リュート……です」
ライアン・リュートとはこの姿の時の偽名だ。
Fクラスにはこの名前で所属していることになっている。
元の立場では何かと制約が多いので、この方が便利なのだ。
「ライアン……? 知らない名前ね。なんでアタシの名前知ってんのよ」
「あ、えっと……、そう、昔武術大会でーー」
すると、アイナは目を見開き、まだ話途中の俺の口を押さえて、教室の外へと引っ張り出した。
「な、なんだ?どうしたんだ?」
「……どうして気が付いたの」
「え?」
人気のない校舎の隅まで連れて行かれて、俺は壁際に追いやられた。
俺を睨むその目は先程の男たちに向けていた眼光とは比べ物にならない殺気が込められている。
「どうしてアタシに気が付けたのよ!こんなに見た目を変えて変装してきたっていうのに!」
どうやら髪型や色を変えたことを変装と言っているようだ。
「いや、だって顔は同じだし……」
変装というなら、俺くらいはやるべきだろう。
見た目も体型も声だって元の俺とは全く異なる。
魔法で見抜かれないためにも、魔力の波長もいじっているし、妨害魔法もかけている。
ん?もしや、これは良いビジネスチャンスか?
アイナも変装をしたいのなら、俺の変装セットを売りつけることも……、いや、そのためには俺の正体をバラす必要もあるし……、そもそも、コイツはもうみんなに姿を認識されてしまっているし……
そんなことを考えていたが、目の前のアイナが今にも泣き出しそうな雰囲気であることに気が付き思考を止めた。
「そんな……顔を変えるなんてできるわけないじゃない……」
「光学魔法を使うとかは?」
手助けするつもりでそう言ったが、さらに強い殺気を込められた視線を返されてしまった。
そういえば、アイナは魔法が苦手だったな。
母さんに魔法を習いにきても、全く使えるようにならないから、いつも俺と一緒に母さんの魔法の実験台にされてたっけ。
「と!に!か!く!アタシの昔のことは忘れて!いいわね!」
そこまでして過去を捨て去ろうとしているのは何故なんだ?
もしかしたら、俺と同じような事情を抱えているんじゃないだろうか。
ここで俺の秘密を明かして、お互いに協力関係を作るか?
いや、情報はどこから漏れるかわからない。慎重にいかないと。
これ以上は何も聞くなとアイナの目が訴えている。
しかし、まだ情報が足りない。
ここは押してでも聞く価値がある。
そう、1番の謎は……
「ごめん、最後に一つだけ。どうしてFクラスにいるの?」
アイナの目から先程までの殺気は消えて、どこか悲しみが含まれている。
「そう、ね……もう昔のこともバレてるなら、変に隠さない方がいいか。アタシは魔術師になりたいんだ」
俺は驚きが表情に現れないように気をつけた。
アイナの体術が優れていることは大会の結果などで知り得るが、魔法が使えないことまで知っているのはおかしい。
しかし、魔術師を目指すということは、試験も魔法の科目で受けたということか。
それならアイナがFクラスに割り振られたのも納得だ。
「アタシは絶望的に魔力がないの。でもね、憧れてる人がいて、その人みたいになるのを諦めきれなくてね。この学園では魔術師としてやっていくと決めて過去のアタシとは決別したの」
自分がやりたいこととできることは違う。
得意とする体術であれば、武力が正義であるこの世界で順風満帆な人生を送れただろう。
……俺も他人事ではないな。
ともあれ、事情もわかったし、過去のことは忘れてお互いに頑張ろうということで、俺たちは教室へと戻った。




