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入学

勇者の息子が入学してくる。


聖ガレリア学園はその噂で持ちきりだった。


「10歳の時に獣魔将を倒したらしいぞ」

「あのダンジョン踏破者だろ?」

「俺が聞いた話だと13歳の時に新しい光学魔法を生み出したらしい」

「とにかく天才だという話だ」

「あの2人の子供だしな……」

「そんなヤツが学園に入って、いまさら何を学ぶんだ?」

「バカだな。学びに来るんじゃないだろ。頂点を取りに来るんだ」

「そんなヤツと同期になれるなんて、勝ったも同然だな」



「ここまで知れ渡ってるのは喜ぶべきところなんだろうな」


勇者の息子、そう、俺が入学するというのは本当の話だ。

だが、頂点を獲りたいなどとは思っていない。

戦って戦って戦い続けて、ようやく勝ち取るのは学園一位の座か?

それとも全国の学園が集う対抗戦で優勝することか?

いずれにせよ、その先に俺が目指す世界はない。

なぜなら俺は商人を目指すことにしたからだ。

商人はいいぞ。

今よりもっと便利な世界を見せることができる。

今よりもっと幸せな世界を作ることができる。

お腹を空かせた子供が入れば、栄養のある食べ物を与え、寒さに凍える老人がいれば、暖かいコートを持っていく。

商人こそが正義の化身じゃないか。

ただ武力に優れているだけの存在とは違う。


「何とかして良い仲間が作れるといいが……」


商人になるのも簡単ではない。

冒険者を続けることで軍資金は準備できた。

アイデアもいくつか蓄えている。

だが、大きな仕事は自分1人ではできないものだ。

同じ夢を持てる仲間。

俺はそんな出会いを求めてこの学園に来た。


改めて自分の意思を確認しながら、俺は目的の部屋の重厚な扉をノックした。


「テオ君、来ましたか」

「ご無沙汰してます」


尖った耳に絹のように美しい金髪を携えた女性が俺を笑顔で招き入れてくれた。

見た目は若く見えるが、エルフなのでもう数百歳だったはずだ。


「なんだか柔らかい物腰になりましたね」

「俺ももう子供じゃありませんから」

「あら? そうだったかしら? ついこの間生まれたと思っていたのに」

「そりゃ、ディーリア学園長の感覚からするとそうかもしれませんけど」


ディーリア学園長は俺の父親と一緒に魔王を倒したメンバーの1人だ。

そのため、俺も小さい頃からよく会っており、その度に精霊魔法を教えてくれていた師匠のような存在だ。


「呼び方まで変えてしまうんですか? ディーでいいですよ」

「さすがに学園長に対してそんな呼び方できませんよ。今日から俺もここの学園の生徒ですから」

「あらあら、寂しいものですね」


その優しい微笑みはディーリア学園長の懐の深さを感じさせる。

今の俺にとって、父親や母親よりも頼りにしてしまっているのが、この学園長だ。

もちろん、この学園長も最強と言われた存在の一角だが、特殊なのは戦いを好んでいるわけではないところだ。

そのため、魔王がいなくなった世界では自分を磨くのではなく、後続の育成に力を注いでいる。


「では、今日の本題に入りますが……、本当によいのですね?」

「はい、俺はそのためにこの学園に来ました。お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」

「私も争いは好まないので、テオ君の選択は尊重します。でも、いつかはお父さんとお母さんにも話してあげてくださいね」


俺は武力を捨てる。

そう決めてこの学園にやってきた。

そんな選択肢は、武力の極みに到達し、力こそが正義だと考えているあの2人にはわかってもらえないだろう。

でも、わかってもらう必要はない。

俺が世界の常識を変えればいいだけだ。


「はい、俺は商人を目指します」

「今のまま冒険者か決闘士を目指していけばエリートコースなんですけど、あえてイバラの道を選びますか」

「俺にとっては商人こそが自分が歩いていっても良いと信じられる道なんです」

「テオ君が商人を目指すことは応援しましょう。ただあなたが商人になってしまうことの意味はおわかりですよね?」


俺が商人を目指すということ。

それは勇者の息子が商人を目指すということであり、人々にとっては次の希望が失われることにも等しかった。

偉大な両親の息子として、充分な才能と猛烈な訓練を積んできた。

それに見合った実績も出してきた。

人々はそんな俺の成長を見て、安心して生活していた。

次の世代にも英雄になれる人がいる。

それだけの期待を背負っていた。

俺だって世界には希望を与えたい。

これからもみんなに安心して生活してほしい。

だが、やり方が違うと思うのだ。


「はい、わかっています。それが許されないことであることも」

「残念ながら、あなた自身も今までに素晴らしい実績を上げてきました。今回はそれが足枷となってしまいかねません」

「だからこそ、俺が商人を目指すことは秘密裏に進めたい。そういうことですよね?」

「ええ、その通りです。ただ……」


ディーリア学園長は何か悪い知らせを告げる前兆のように、そこで言い淀んだ。


「悪い大人の1人として言わせてもらいます。テオ君が商人を目指す上で、飲んでいただきたい条件があります」


この言い方からして、俺にとっては望まぬ条件なのは間違いない。

だが、どんな条件が来るとしても俺の選択肢が変わる余地はない。

たとえ死ぬまで隠し通す秘密を抱えたとしても

この王国に反旗を翻すことになったとしても

全ての人が俺の敵になったとしても

この世界を変えられるなら、そこに至るまでの手段は問わない。


俺は首を縦に振った。



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