見つけて
入道雲。
蝉の声。
漂う陽炎。
「暑すぎるんだが!」
自転車で颯爽と前を走る夏樹は、突然糸が切れたようにペダルから足を離す。短い髪の先に、汗の滴が太陽を反射する。
住宅街から自転車で10分。俺たち小学生が遊ぶには丁度いい神社がそこにはある。3人で目指して3分足らずの出来事だった。
「夏樹が言い出したんでしょ!?あの神社は涼しくて最強なんだぞって!」
涼風が後ろから叫ぶ。何だか俺が怒られてる気分だ。
3人は家が近い。保育園も一緒だったから、幼馴染ってやつだ。
「小学校最後の夏休みだぞ!?今まで世話んなったあの神社で遊ぶのが礼儀ってもんでしょーに!」
「何逆ギレしてんのさ!暑すぎーって不機嫌になったの夏樹でしょうがあああ」
涼風は俺の隣を猛スピードで追い抜き、何処で拾っていたのか小枝でツンツンと夏樹の脇腹を突く。
「アヒャヒャヒャヒャ」
甲高い笑い声を田畑に響かせ、夏樹はスピードを上げた。
「ホラ青葉行くよ!待あぁてえぇえ」
涼風は、爽快な青空をキラキラと反射させた目で俺を捉え、すぐに立ち漕ぎして行ってしまう。汗ばむTシャツにポニーテールの影が揺れていた。
「涼風も涼風で忙しいんだよ」
俺も立ち漕ぎで後を追う。
涼風に女子友達が居ないわけじゃない。思ったことを直ぐに言ってしまう性格で、中々気の合う友達は少ないんだって。数少ない友達は塾だったり習い事だったり忙しいと。馬鹿みたいに道端で寝転がって遊ぶ俺たちの方が色々と楽みたい。
俺と夏樹は暇なんです。
宿題の話は俺らの中では禁句。
「だはぁ。だはぁ。」
結局汗だらんだらんで神社に着いた。途中の自販機で買ったコーラが美味えのなんの。
神社は山に面していて、鳥居を潜ったら木々の影で空気が冷たい。
鳥居の外は田畑が広がってて、道路からは陽炎が揺らいでる。見てるだけで暑い。
さっきまでの蝉の声もしないし、車通りも少ないし、特に大きな神社でもないから参拝客も居ないし、他校からはかなりの距離あるし、俺らくらいしかここで遊ばない。
つまり、俺らだけの神社。
「で?何する?」
「え?」
「ん?」
俺の放った問いに、疑問で返される。
そう、俺らは特に何する訳でもなく神社へ来てしまったのだ。毎度のことだけど。
「出た出た。いつものね、私もう驚かない慣れてきた」
最初涼風を誘った時、「超絶良いところがあるんだぜ!?涼しくて静かでさ!めっちゃ遊べんの!」こんな誘い文句を言ったもんだからさぞ期待されたわけで。そんでいざ着いたら何もすることはないと。あの時の鬼神ぶりは凄まじかった。それを三度繰り返した時はもう体ガシッ掴まれてユラユラユラユラ〜てされた。
「どうして3人なの?何やるにしても微妙だよ?あそこまで自信満々に誘われたら、何かやること考えてあるんかと思った」
スマホアプリやるにしても、鬼ごっこやるにしても、缶蹴りやるにしても、確かに3人は微妙だ。
足の速い涼風が場を圧倒するだけ。
「遊具の1つも無いし」
「そいじゃあ木登りしようぜ!」
ピカーっと手を挙げた夏樹の意見は、この前やったじゃんと涼風に一掃される。
分かりやすく落ち込んだ夏樹が可哀想になり、「登ってきていいよ」と告げると「本当!?」って輝かしい笑顔を残して走り去った。
純粋無垢である。
「んーとぉ、かくれんぼか〜、今後の人生の話とか〜、恋バナとか?」
「青葉ってさ、大人しそうに見えてバカだよね。こんな所まで来て人生の話とか恋バナして何が楽しいの」
夏樹同様、俺の意見は涼風に一掃された。
「かくれんぼね〜。1人鬼で2人が隠れるんでしょ?まあ何もしないよりかは良いかな〜」
と思ったら!涼風めまんまと策略にハマったな!ウヒヒヒ!1つ真面目な選択肢を残しておいて、絶対に涼風なら選ばないであろう選択肢を与える!そうすることによって、真面目な選択肢が微妙であっても、思考はそこへ辿り着いてしまうのさ!
「そのニヤけ顔、私が青葉の策略にハマったとでも思ってるんだろうけど。実際やることそれくらいしか無いし?」
「よっしゃい!おーい夏樹ー!降りて来ーい!かくれんぼやるぞー!!」
「入れて?」
涼風は俺の背後を見ていた。
「え?」
木の枝をバキバキ折り、ドテッと土に尻餅つけた夏樹。
俺は思わず振り向いた。
「かくれんぼ、入れて?」
3つは年下くらいの、肌の白い男の子が居た。
いつから居た?どっから来た?
「ん?君は誰だい?」
尻に付いた土を払いながら、夏樹はその子に言った。
「かくれんぼ、するんでしょ?入れて?」
夏樹の問いに答えることなく、男の子はそう言った。何処を見てるんだろう。目はこっちを見てるんだけど、誰とも目線は合ってないような気がする。
「君は、どこの学校の子?」
膝に手を置き、男の子の目線に合わせて涼風が問う。
「あー!そのTシャツ良いな!どこで買ったの?」
涼風の問いに答えない空気を振り払うように、夏樹が言った。
「うーん、入れてあげたいけど、お名前も分からないし……」
涼風から放たれる、何だこいつ的な空気に押されて。
「名前を言えば、入れてもらえる?」
「いーよいーよ!やろうぜ4人でさ!人数多い方が楽しいでしょ!」
夏樹はパァっと弾けた笑顔でそう言った。
俺と涼風は納得できてないけど、この場の空気と、男の子のかくれんぼに対する強い想いに承諾した。
男の子に鬼をやらすのはイカンと思い、俺ら3人でジャンケンする。
俺は……負けた……。
30秒数える間、俺は木に目を伏せる。
3人の足音は遠ざかり、次に言う秒数に気をつけながら数えた。
「もういいかーい!」
「まーだだよー!」
「あと何秒ー?」
「あと30秒くれー!」
夏樹よ、なら最初から1分で良いではないか。
30秒数えてやった。
「もういいかーい!」
「もういいよー!」
目を腕で押さえていた為に、地味に視界がボヤける。徐々に視界が鮮明になると、静かな神社が俺を見据えた。1人では来たくないなあ。急にそんな不安に襲われる。何だか、ずっと視線を感じるし。
早く見つけなきゃ。
何のアテも無しに、取り敢えず本殿の裏に回ってみる。こんな単純な場所には誰も隠れないよな。急斜面の山に面してるし。
来た道を戻り、本殿の正面に立つ。左を向けば手水舎がある。手水舎の裏にも居ない。んー?この視線は何だ?何処から見られてるんだ?
考えろ。
常に俺を見張れる場所で、こっちからはあまり見えない場所。
ハッと斜め上を見た。
その視線の先、来る時に散々見たTシャツの色!
本殿右奥の木に登っていたのか!だから30秒じゃ少なかったんだな!ウヒヒヒ!甘いな!
「夏樹!!見ーつけた!!」
葉っぱを寄せて隠れていたつもりだろう。俺の目は誤魔化せないのさ!
「えー!もう!?こんな苦労して登ったのにー!?えーー降りるのかよー!」
苦労と隠れ上手は比例しないのさ。
「降りたくないならそこに居ていいよー」
「やったあー!」
視線の正体は夏樹か。
何故かホッとした。
残るは涼風と男の子だ。
まずは涼風を分析しよう。あの子は賢い。意外と近くに居る筈なんだ。そんで、一見覗かないであろう場所を選んだりしそう。
賽銭箱後ろ階段の裏を覗き込む。
居ない……だと!?
もう一度本殿裏に回る。物置の裏まで見る。
居ない!!
山の中に入ったか!?
俺は本殿を一周して正面へ戻……。見えた。
この角度からしか見えない!チラッとだけ見えた!
俺は思い込みをしていたんだ。まさかそこには居ないだろうと、選択肢から外していた。
そして、夏樹のあのセリフは俺に油断を誘う為!
"えーー降りるのかよー"
俺から木の上という選択肢を外させる為の罠!
「涼風!!見ーつけた!!」
「え〜見つかんないって思ったのにな〜」
夏樹とは正反対の木。本殿の正面から手水舎を向いた時にゃ、他の木で隠れて見えない。手水舎の奥に出て上を見れば見えただろう。ただ、その時には木の上という選択肢は無かった。だとしても、涼風が木の上に登る意外性の方が強い。
上手い……。さすがは涼風だ。
涼風はスタイリッシュに着地する。短パンから覗くスラっとした脚を叩き、木屑を落とす。
さて、男の子はどこだろう。
思い付く場所は探したつもりだ。まさか本殿の中には居ないだろうな。そう思い、本殿の扉を見てみる。外開きの扉は南京錠で固定されていて、中に入れそうにない。壁も空いて無さそうだしなぁ。
鳥居の裏を覗いてみたり、夏樹が居る方の草の合間を覗いてみたり、鍵のかかった物置の扉を開けてみようとしてみたり。
え、何処にも居なくね?
まさか山ん中に入っちゃった?
確かに範囲は決めなかったけど、ガチで見つからない場所まで行くってことしないじゃん?この神社内で隠れるってゆう暗黙のルール的なのあると思うじゃんね。
「ちょっとちょっと、涼風も一緒に探してくんない?」
停めてある自転車に跨り、ペダルを漕いでタイヤを空回しする涼風。
「えー、鬼としてのプライド無いの?」
「はい、ありません」
「そこだけめっちゃ誠実じゃん」
仕方があるまいと言って自転車を降りる涼風。
「青葉さ、結構色々探してたよね。本当に外行っちゃったんじゃないの?」
「それはやばい。てかさ、見てないの?隠れる時とか」
「あー見てないね。私木登るんに必死だったから」
そう言うと、涼風は夏樹の下に走った。
「ねえねえ、夏樹は見てないの?男の子!」
「俺も見てない!本殿の裏に走ってくのは見たけど、それっきり!俺も木に登るのに夢中でさ!」
「ちょっとさ、上から見てくんない?どっかに居ない?」
「それは鬼としてどうなの?プライド無いの?」
「はい、ありません」
夏樹は意気地なし!と叫んでから辺りを見回した。
「居ませんよ鬼さん」
「マジかい」
本当に山に入ってったの?本殿の裏って山しかないよ?
俺と涼風は本殿の裏に行く。
「これ登ったってこと?」
「めっちゃ急勾配だね」
木に掴まって踏ん張れば一歩登れる。けど、俺らより小さな男の子がたった1分で、見えなくなる所まで登れる?
それに、俺が最初に見に行ったのが本殿裏だよ。まだ登ってる最中とかなら草掻き分ける音とかするだろうし、特にそれといった姿も見てない。
それを聞いた涼風は目を見開いていた。
「消えちゃったよ……」
涼風がポツリと放った言葉に、背筋がゾワッとした。
「おーい!男の子ー!出ておいでー!降参だよー!」
「男の子ー!何処行ったのー?」
「おーーーーーーーーい!」
3人で男の子を探した。こんだけ呼んでるのに返事は無い。
「まだ隠れてるんかな。罠だと思ってるんかな」
「青葉じゃないんだし、そんな事は無いんじゃない?」
「なっ……」
反論しようとしたけど、俺だったらウヒヒヒ甘い甘い騙されないぞと隠れ続ける。あの男の子はその類かもしれない。
「見つけるまで出てこないつもりかな」
夏樹は相変わらず木の上で辺りを見渡してる。まるで船乗りだ。
「見つけるまでって、何時まで探せばいいのさ」
出発が遅かった為に、既に日は傾き始めている。それに、不穏な雲が空を覆い始めていた。
薄暗い。
遠くでドサドサっと音を立て、夏樹が木から降りてきた。
「上からじゃ見えにくくなってきた。マジで探さないと、何も見えなくなる」
各々がスマホの明かりを点けて探す。
「本当に出てきてよー!かくれんぼは終わり!暗くなってきたし帰ろーよー!」
「帰っちゃったとか無いよね?」
涼風は眉をハの字にして言った。
「てか、あの子どっから来たの?俺の背後に居たよね」
涼風は顎に指を添えて、しばらく下を向いた。
「……わかんない」
「え?」
「わかんない。声がしてから、居ることに気付いたから……」
体の毛穴が開いた感覚。身震いした。
「ちょっと、不気味だね」
夏樹すらも言葉を選んでる。
俺ら3人は今、同じ感情を抱いてるはず。
「雨降りそうだし、もう帰ろうよ」
居ても立っても居られないようで、涼風は焦りを見せた。
別に暑くないけれど、汗が止まらない。
「でもまだ隠れてたら……」
「こんだけ呼んで出てこないのは逆に嫌がらせじゃない?帰っちゃったんだよきっと」
涼風は認めたくないんだ。俺もそう。あの男の子は帰っちゃったことにしたい。
「ごめんよー!俺たちもう帰るねー!隠れるの上手すぎだよー!」
声を張れない俺と涼風の代わりに、夏樹が叫んだ。
「じゃあねー!帰るねー!ばいばい!」
俺らは自転車に跨り、ポツポツと降り出した雨の中帰ってしまった。
心残りでしか無い。
小学校最後の夏休みで、いつも遊んでいた神社。そこで出会った男の子とかくれんぼして、見つからないまま帰って来た。あの場所がお気に入りで、口を開く度にあそこに行こうって言ってた夏樹でさえ、行こうとは言わなくなった。
あの男の子はどうなったのか、果たして、本当に"男の子"だったんだろうか。
3人は同じことを思っている。けど、誰も口にしない。口にしてはいけない気がして、親にも言えずに抱えていた。
俺はあの日以来、頻繁に夢を見る。
同じようで、抽象的な夢。
暗くて、狭くて、埃っぽくて、少し土臭い。
ただそれを感じる夢。
苦痛だった。苦しかった。息苦しい。
寝起きにいつも震えていたのを覚えてる。
12年経った今、3人共同じ夢を見ていたと知った。
「ついこの前、お母さんから聞いたんだけどさ」
酒の入ったグラスを置いて、涼風は俺と夏樹の目を交互に見た。
「ちょっと覚悟して聞いて欲しいんだけど」
あの男の子の話になってからの、この流れは嫌な予感しかしない。俺と夏樹は身構えた。
「あの神社さ、今はもう無いじゃん?その理由がマジでヤバくて」
神社の改修工事をするって聞いたのが最後で、それっきり神社の話は聞かなくなっていた。
「本殿の裏にあった物置から、男の子の遺体が発見されたんだって」
それを聞いた直後、散々見ていた夢を思い出した。
アレは、物置の中ってこと?
「私たちに見つけて欲しかったのかも」
どういった経緯で亡くなったのかまでは知らない。殺されてしまったのか、はたまた、かくれんぼで物置に隠れてそれっきり……なのか。
明るく騒がしい店内。エアコンの風は直に当たらない場所。
背筋がゾワッとした。
誰かに見られてる感覚は、あの日以来続いてる。
俺の真後ろに何かが居る。ずっと。
この感覚を、認めたくなかった。
窓の外は、夜の繁華街を映し出している。
目を凝らせば、鏡に似ていて、俺ら3人を反射していた。
窓に映る、何も居ない俺の後ろへ視線を移す。
2人に聞こえない、吐息のような声で。
ある使命感に駆られて。
「男の子……見ーつけた」