chapter1-4
「・・・そうか」
先ほどの光景を見ればいやでも予想がつく。
村の狩人であったジンはこの数か月の間で飛躍的な活躍をしたことは間違いなかったが、オレが再びこの村に来る数日前に死んだ。
この村にやってきた二人の少年。その後ろで隠れていた一人の少女。
あの三人は、オレが依頼の期間を終えて去ったあとにやってきたそうだ。
そしてジンを師匠として鍛えていたという。
よほどジンの筋も、そして子供たちの才能もよかったのだろう。
村の人々は、これで安泰だと喜んでいた。
その矢先、ジンは死んだ。
「師匠はっ、やさしい人でした・・・!
たまたま旅商人を襲っていた厄人を狩って消耗したところを、災厄使途に襲撃されて・・・旅商人を庇って・・・。」
どうなったかど、もはや語るまでもない。
最期まで、ジンはこの村の英雄だった。
目の前の少女は涙を堪えながら、唇を時々噛みしめながら語る。
場所はジンが住んでいた家。
今はこの少女と少年たちの家。
悔しかったのだろう。
この少女は、先ほどの災厄使途の件では恐怖で動けず隠れるしかなかった。
自分の心が弱いこと、少年たちに任せきりで傷を負わせてしまったこと、たとえほかの誰もが悪くないと言ってもとても納得できるものではないだろう。
こんな情けないことがあってたまるか、と。
だがそれは、恐らくは隣にいる金髪の少年も、倒れてしまった茶髪の少年も同じことだろう。
ジンには及ばないにせよ、一人も倒せることなく、恐らくはあのままだと全滅していただろうから。
この村も、崩れている家があれば、犠牲になった村人もいる。
何も守れていないと、この先そんな後悔を抱えたまま強くなろうとするのだろう。
・・・これもまた、見たことのある光景だ。
なにも、初めてなどではない。
ああ、けれど・・・それでも・・・
こんな結果は、たとえ無情な現実だとしても、認めたくはない。
オレもまた、心の奥底が渦巻いて荒れ狂っている。
表情を見せずとも、奥歯をかみ砕かんばかりに噛みしめている。
ジンは最期まで強くあり、そして弱者を守って死んだ。
どこの誰かもわからない人を、命を賭して救った。
・・・その結果が、これだ。
少年少女に大きな後悔を残し、村と村人に犠牲が出ても、何もできない。
ならばせめて、命を使い切ったものの安寧のために弔うことができれば区切りがつくものの・・・
「遺体はどうなっている?」
「・・・ありません。」
そう、遺体がない。
答えたのは金髪の少年。
彼もわかっているのだろう。
戦いの末に、この世界において遺体がないという意味を。
厄人は死体を取り込んで、厄人として蘇らせることもある。
かつて村を救い続けた英雄が、今度は災厄になる。
こんな救いのない話もないだろう。
そしてそんな災厄に立ち向かう力が、彼らにはまだない。
「・・・わかった、オレが終わりにしよう。」
「なら俺も・・・!」
「わ、私も・・・っ!」
オレはやるべきことが決まっていた。
これがどれだけの意味を持つのかはわからない。
意味なんてないのかもしれない。
けれど、せめて死者には安らぎがあるべきだろう。
立ち上がるオレに、金髪の兄妹は縋りつくように言う。
今すぐに、せめて何か。
そう願うのは痛いほどわかるとも。
「ダメだ。オマエたちはここにいてくれ。」
「・・・っ!うぅぅ・・・!」
少年は、なんとなくそう言われても仕方ないと思って俯いた。
少女は、やはり受け止めきれないのだろう。
我慢していたはずの涙を、もうこらえ切れずに溢れ出していた。
同じく、声もまた溢れ出す。
「どうして・・・私はっ、何もできないの・・・!」
「・・・まだ幼いからだ。必ず傷になる。
今は、この村を守ってやってくれ。
その為に強くなることが、やつへの供養だ。」
詭弁だろうか、言い逃れだろうか。
ついてきてはいけない理由の半分を隠しながら、それらしい理由を言う。
こんなものが気遣いなどと、反吐が出る思いだが・・・それをオレは仕方ないと飲み込んだ。
「今はしっかり泣いておけ。
オレは何も聞かなかったことにするさ。」
そう言いながらオレは、この家を出た。
「うっうあ、ああああああ・・・!」
その直後に、家の中から泣き声が響く。
すでに日は落ちている。
あとはどうか、泣きつかれて今は眠ればいい。
オレは紅月を手に、この村を出た。
───────
オレが向かったのは、平原。
満月だった。
そう、オレとジンが一番最初に厄人を共に狩ったあの場所。
森を出たところに、その場所はある。
皮肉にも、この平原はジンの最期の場所でもあるようだ。
・・・だからだろう。
不気味に平原に立つ、黒い瘴気を纏った人型がいったい誰なのか。
答えは一つしかなかった。
「・・・久しぶりだな、ジン。」
獣の姿ではなかった。
剣を握り、かつての人の姿を残したまま、黒い瘴気をまとった厄人になっていた。
声に反応して、こちらを向く。
もはやオレは期待などしていない。
正気など、理性など、あるはずがないのだから。
「・・・・・・。」
答えはない。
ジンだった厄人は、剣を抜いて構える。
理性はないものの、その動作は理性的。
それはおそらく、戦った者が才能と経験で身体が覚えているからだろうか。
こういうケースもある、珍しくはあるが驚くほどではない。
「来い。」
その一言で、厄人は襲い掛かる。
剣を振るう速度も重さも、そして正確さも、かつて見た時とは段違いだ。
一流といっても差し支えない。
彼はやはり、天才だったのだろう。
襲い掛かるいくつもの斬閃を受け流す。
油断をすれば、こちらがやられるだろう。
この一瞬だけでも、立派になったのだと嬉しく思うのと同時に惜しくもある。
生きていたら、これからも立派に後継者を出して、本当に英雄になっていたかもしれないのだから。
けれど、死者は生者になれない。
生者は、限られた命という特権を持った概念であり、覆してはならないのだから。
だから、せめて─────
「幻想に還れ、かつての小さな英雄。
死した者は平等に、オレは安寧を与えよう。」
────全力で、真にその命を終わらせる。
「起動────我が身は滅びを謳う星」
鼓動を鳴らす、これはこの世に在ってはならない叡智への反逆。
左眼が紅に煌めいて、左半身が赤黒い瘴気に飲まれて背中から片翼が舞う。
詠唱を紡ぎだした瞬間から、ソレは封を解かれて溢れ出す。
「我が身が産まれたその意味を、己は欠片も知りえない。
どうして己は生まれたのか、この問いには誰も応えない。」
どうして自分が存在するのか。
この義務感と後悔を、永遠に抱える意味がなんなのか。
わからぬまま、百年の時が過ぎ去った結果がこの有様。
「ああ、世界を司る世界樹よ。なぜあなたは応えない。
希望も絶望も喰い飽きた。呪詛ばかりが溢れ出る。」
神なる世界樹も同じこと。
己はその呪われた世界樹の根から産まれたモノだというのに、それでも答えは返ってこない。
同類である災厄ですら、この身を喰らおうとする。
その理由が一つでもわかればと祈るのに、それは何一つ叶わない。
「ならば我が身は、必ず御身の下に再臨しよう。
我が身は世界樹の根を喰らう者────語られた名は呪怨剣士。」
時が重なり続け、その牙は研がれていく。
皮肉にも世界樹まで届かなくて狂い哭き、そうしている間にもまた牙は研がれていく。
必ず、いつかは、そういつかはと。
己自身にも、世界にも呪詛を吐きつつ生きながらえてきた。
「紅い月よ、優しい太陽よ、輝く宇宙より刮目しろ。
苦しみ嘆いた罪人は、運命を連れて襲来した。」
膨れ上がる終焉。
重苦しい空気に変貌し、目の前の死人は震え上がる。
起こしてはならぬ邪竜が、目を覚ます。
「死星・到来────宇宙の彼方に狂い哭く、その名は終焉邪竜。」
赤黒い瘴気に染まった半身と刀をもった魔人は、終わるべき死者に迫り来る。
一切の油断なく、必ず終わりを与えるべく。
「・・・・・!!」
生前のように、炎を纏った剣で迫ってくる。
一流の魔法と剣技にて、眼前の魔人を滅ぼすべく。
けれど、それは手を出してはならなかったモノ。
魔法とは、世界樹との接続が前提である。
世界樹が産まれてから、人々は生まれ落ちた時から世界樹とつながっている。
繋がっているからこそ、魔力と魔法を授かっている。
そして、厄人もまた同じこと。
確かに呪いではあるものの、この世界の呪いとは祝福を前提に産み出された災厄だ。
つまり世界樹の呪いも祝福も表裏一体、厄人もまた世界樹と繋がっている。
であれば、その繋がりを断てばどうなるか。
迫り来る炎を翼が掻き消して、剣をニーズの刀が弾いた。
経験と能力の絶対的な差で、致命的な隙ができる。
そして────
「■■■■■ーーーー!?!?」
赤黒い瘴気を纏った刀は、隙のできた厄人を袈裟斬りにて両断する。
本来ならば心臓を殺さぬ限り、いずれは再生するはずの厄人。
だが、この能力とは────そう、世界樹との繋がりを断つ終焉の牙。
これが完成なのか、或いは進化途中なのかもわからない。
いずれにせよ、この能力を自覚して扱えてしまった時点でニーズは世界の天敵と成っていた。
特に、世界樹の呪いがそのまま身体として顕現している厄人には────。
「■■■、■■■■■■■----!!!!」
その身に深くその瘴気が干渉すれば、もはや助からない。
黒い瘴気は天に登り、そしてその身体もまた塵すら残すことなく消えてゆく。
骸は決して残らぬものの、魂の安寧は約束された。
ジンという小さな英雄は、死して呪われたその後に誰も穢すことなく滅び去った。
唯一の遺品────かつて狩人として歩み始めた、あの剣だけを残して。