chapter1-3
世界樹周辺の修羅場から、刀を授かって生き延びた後。
ニーズは東に向かっていた。
「・・・迷い子か。」
年老いた男が、東の先の海辺にいた。
厳しい視線に一度は身震いしたものの、ニーズがただの厄人ではないことを見抜いたのだろう。
対し、ニーズは訳が分からないかった。
対面している者が、自分とは違う生き物だと理解はできたものの困惑する。
意識があり、言葉もわかるものの、赤子もようなものだ。
だから、厄人以外を知らない。
「来るか。」
この老人は自分を害さない。
鬼神のような態度から、一気に賢者のような視線に変わる。
そのことに安心感を覚えたのだろう。
ニーズはその言葉にゆっくりと頷いて、海を渡った。
世界樹のある大陸から少し海を渡った島。
生き延びた人々の一部が、そこで開拓を始めていた。
そこもまた、厄人が出現するもの世界樹周辺と比べてはるかに弱かった。
老人のもとで育ったニーズは全てを教わった。
自分が人ではないことを。
それでもなお、人に紛れる方法を。
そして、生き抜く為の技術を。
あの世界樹から離れた時から、変わったことが多かった。
度々、世界樹のある方面を眺める。
厄人が現れた時には、たとえ無謀でも倒そうとする。
理由はわからない。
ただ、ニーズから出た言葉は
「どうやらオレは、戦わないといけないらしいから。」
だから使命感、或いは義務感だろうか。
あの場所にいって、終止符を打ちたいという意思が募っていく。
老人はニーズの出来る限りの全てを見た。
見た上で、出来る限りの術を教えた。
ニーズが東の島に来てから10年後。
老人はついに命が尽きる時が来た。
それをもって、ようやく階段免許。
東の島から出る自由を得られる。
自由とは恐ろしいものだ。
自由であればあるほど、助けはない。
これからも、数百年は生きてしまうのだから。
だから呪いに似た激励を送ろう。
老人は、遺言を遺した。
「刹那を生きろ。あらゆる希望も絶望もおまえの総てだ。」
罪も罰も背負い、如何なる時でも生き抜けと。
旅立つニーズに、言い残した。
───────────
ジンと共に村の狩人として育てたあの依頼から数か月後、久々にオレはあの村に立ち寄ってみることにした。
あの時に立ち寄った間だけでも、かなり力量をつけていた。
近くの村では、そこそこ有名になり始めてもうすぐ異名がつけられるようになっているまで成長したらしい。
人柄も悪くない、基礎も十分で応用力もある。
どれだけ立派になったのだろうと楽しみにしているのが自分でもわかる。
底の浅い100歳だなという自覚はある。
それでも将来有望な人物が頑張れているという事実は、オレにとっては癒しだ。
・・・同時に、自分に対する苛つきも。
あの世界樹に行かねばならない、そういった義務感から目をそらしている自分自身に嫌悪する。
自分のことながら面倒くさい性質だ。
わかっている、たとえオレであってもあの世界樹の呪いをどうにかすることなど出来ない。
たった一人で挑んでも、何もならない。
力がついたぶんだけ、無謀さに気づいてしまった。
それで足踏みするしかない自分が、どこまでも呪わしい。
いつかは、やがていつかは、と。
厄人である自分を受け入れてくれるのではないかと。
ああ、そんな現実などがある訳がないだろうと。
やはり先の進まぬ自問自答を迎えながら、ニーズは村へと自然と早足になって向かった。
────────
村は、異常な光景だった。
家の半数が崩れ落ちている。
「我ら災厄使徒の道を阻むのか?」
「もうお前たちの英雄はこの世にいない。それが運命だ。」
だから死ね、と。
目の前の村の人々に向けて黒いフードと仮面をつけた数人が武器をもって迫っている。
それを守ろうとしているのは、まだ小さな少年二人だった。
一人は金髪と蒼い瞳、もう一人は茶髪。
この村にいた、強い守り人・・・すなわち狩人はいない。
世界樹の呪いが神から下された運命だと決定づけた使徒たちに抗う力などあるはずがない。
そのはずだった。
けれど・・・
「負けねぇ!!んな勝手な理由で殺されたくなんか無い!!」
少年達は抵抗する。
小さな茶髪の少年は使徒の一人に殴り掛かる。
しかし当たるはずもなく
「がっ・・・!」
脚を出したカウンターで、茶髪の少年は倒れた。
意識がもうないのだろう、立てない。
だが、蹴りの一撃だけでなく少年は傷だらけだった。
痛めつけられたのだろう、それでも立ち上がり、そして倒れたのだ。
「もうやめておけ。楽になるといい、それが慈悲だ。」
残りは金髪の少年一人。
木刀を握って、使徒たちを睨む。
泣き叫ぶ妹らしき金髪の少女が後ろにいるものの、少年は振り返らない。
手を出して、捕まえようとする使徒に静かに怒り灯しながら・・・
「────まだ、やれる。」
「くっ・・・?」
少年が振るったとは思えない横薙ぎが、使徒を退けた。
金髪の少年も、傷だらけだった。
それでも、まだ、まだと。
長い時間耐えている。
「・・・もういい、殺せ。」
「ああ。」
しかし、非情なほど力の差はある。
今度こそ死んでもらおうと、使徒の一人がナイフを振り上げる。
「─────超えたな、一線を。」
静かな一言から、空気が変わった。
「かはっ・・・!?」
少年をあやめようとした使徒の腹から、刀が貫かれている。
鮮血のように紅い刀身が、村の人々に映る。
「お前は・・・」
刀を引き抜く。災厄使徒は人だったから、簡単に倒れた。
そこで全員が認識する。
黒いコート、後ろで結んだ黒髪、紅い瞳、そして紅い刀。
寡黙で、しかしそこには確かな怒りが感じられた。
ああ、偽善だと分かっている。
それでもなお、この状況をただ諦めるなんて出来やしない。
「・・・呪怨剣士、だと。」
言葉による答えは帰ってこない。
代わりに、刃による返礼が待っていた。
「ぬけぬけと姿を現したな・・・貴様は────」
「黙れ。」
なにも言わせない。
隣の使徒の首を、やはりというべきか静かにはねた。
速く、そして正確な斬閃に使徒は何も語れない。
「ち・・・っ!?がっ・・・!」
分が悪いと判断した残りの使徒は逃げようとする。
間違っていないとも、欲張らずに退くのは。
けれど、もう遅い。
そう判断した頃には既に、紅い刀は心臓を貫いた。
残り数人も、やはり。
呪怨剣士の怒りから逃れるに能わず。
呪いを福音と誤認した者に、一切の救いはなく。
この村を襲った使徒たちは、程なく全滅した。
呪わしい、救われない。
喜びひとつない呪怨剣士の姿は、ここにいる少年少女の目に焼き付けた。
そう、金髪の兄妹だけでなく奇跡的に一瞬意識を取り戻した茶髪の少年も。
運命の始まりは、此処にあった。