chapter1-1
闇夜、村から外れた森にて紅い刀身を持って歩く。
月明りでようやく見える人の姿。
いいや、それは人ではない。
後ろに束ねた黒髪と、血のような紅い瞳。
青年のような容姿であるにも関わらず、その様子はどこか諦観したような無気力のような・・・。
そうどこか老いた雰囲気が漂っている。
彼こそがニーズ、例外的な厄人である。
「・・・そこに居たか。オマエはどちらだ?」
対峙しているのは、呪いのような瘴気を纏った獣。
厄人は、基本的に二種類だ。
もともとは人だったもの。
或いは自然発生したもの。
どちらも哀れだ、どちらにせよ理性なく、どう足掻いても誰かを襲うだけ。
それ以外に何もない。
確かに人々はかつてと比べて衰退したが、今も逞しく生きている。
それと比べて、なんと不自由なことか・・・。
ああ、だからこそ────
「・・・どちらでもいい。」
───そう、どちらにせよ死んでもらわないといけない。
人々を殺すことを約束された災厄そのものであることに違いがないのだから。
依頼された狩人らしく、粛々と討たせてもらおう。
こちらを怨敵の如く睨み、襲い掛かる厄人。
悲しいほどに決着は早い。
もう100年繰り返してきたことだ、すでに慣れ切っている。
抜いた刀で、紅い斬閃いくつも描いて獣の首と四肢を跳ねた。
立つ為の機能を一時的に失った獣は無様に倒れ伏す。
生物のように血をまき散らすものの、これでもなお生きている。
厄人とは、すなわち怪物。
心臓を壊さねば必ず再生する。
だからほら、こうして四肢も首もうごめきながら再生していく。
なるほど、とても脅威だ。
だからこそ、一切の油断なく。
「終われ、哀れな生命よ。」
紅い刀身の切っ先を倒れてうごめく獣の心臓に突き立てて────躊躇なく貫いて、獣の厄人はすべてを終えた。
生命の根源を失った厄人は大地に溶けてなくなった。
そう、厄人となってしまえばこのように・・・死んだ形跡すら残らない。
火葬したり、埋葬したり、人々がよくやるようなことは決して叶わない。
「・・・帰ろう。」
目を閉じて、追悼する。
それが自然に生み出された呪いでも、あるいは元々人だったものでも関係なく。
こうした終わりしか受けられない哀れな生命に、偽善の祈りを捧げて静かに去っていった。
─────────
朝が来る。
狩人の仕事を終えたオレは一応の睡眠を取り、借りた宿のベッドから起き上がった。
傍に置いた、今は鞘にしまっている紅い刀・・・"紅月"を手に宿から出た。
オレはこの村で依頼された狩人であるため、宿泊代はタダだ。
その分、命の危険はあるものの────ああ、いやになる。
なのせ、オレは厄人なのだから。
その事実はこの世のほとんどが知らぬままオレはこうして生きている。
「おはようございます。外からの狩人様、ニーズ殿。」
「おはよう。」
村人の一人が、オレに挨拶する。
若い男だ。手には剣が握られている。
どうやら素振りをしていたらしく、汗が垂れている。
この男は、この村を守る狩人として最近認められたようで張り切っている。
狩人にも二種類いる。
オレのように世界に渡って練り歩き、稼いで生きる狩人と。
この男のように自分が過ごす村を守るための、専属の狩人と。
無論、村が自前で狩人を用意することは理想だ。
だがしかし、当然命の危険がつきまとうのだから狩人になりたがる者は多くないし、そしていつ狩人が失われるのかもわからない。
ゆえに、たまたま通りかかる狩人を求めることも珍しくない。
閑話休題。
無傷で帰ってきたオレを、男は憧れの目線で見つめてくる。
オレがどういった人物かはどうあれ、男にとってオレは先輩だ。
聞きたいことが山ほどあるのだろう。
「貴方は有名ですけど、わからないことも多いんです。
魔法は世界樹からの授かりもの、たとえ呪いを振りまいても魔法だけは永遠にみんなに与えている。
ですが、貴方は一切魔法を使わないと聞き及んでいます。なぜですか・・・?」
そうオレは魔法を使わない・・・違う、使えない。
だからオレは、こう答えるとしよう。
「魔法を使えない体質なんだよ。聞いたことがあるだろう?」
「・・・そう、ですね。苦労も多かったことでしょう。」
「大丈夫さ、気にしていないし。もう慣れた。」
そう、世界樹は魔法を授けたが決して万人に届いたわけではない。
魔法を使えない者だって当然いたし、それは遺伝子関係なく突然変異で存在する。
四肢のどれかがないとか、思考するための脳の機能の一部がないとか、つまりはそういった病気に近い類だ。
当然のことながら差別は起きることもある。
ないこともあるが、物珍しい目線に刺されることだって珍しくない。
だからオレはそのように見られたのだろうが・・・もう、その過程には慣れ切った。
・・・それにオレの言葉ですら、嘘なのだから。
むしろ罪悪感のほうが勝るといったものだ。
「魔法を使えないともなれば、厄人を狩るのにも苦労するでしょう。」
「不利じゃあるが、決定的でもないさ。確かに狩人になる為には適正の属性を鍛える方が有利だが、何よりも重要なのは本人の技量だからな。」
この世の魔法は、マッチ程度の火やコップ一杯程度の水を発生させることは一般人でも大人になるまでにほとんどの場合はできるようになる。
しかし適性の属性は違う。
火、水、風、地、雷、癒・・・等々。
魔法が使える個人には適性の属性が充てられており、適性の属性の中でさらに一つの分野を鍛える資格を持つ。
そう、あくまで資格。鍛えなければ絶対に伸びない。
しかも適性の属性であれば何でもいいわけでもなく、あくまで一部のみ。
例えば地属性であれば、身体強化か重力操作か錬金術か、どれかを選ばなければならない。
ゆえに魔法は強力だったり便利だったりはするものの、万能では決してない。
つまり狩人となる条件はやはり、戦闘分野に役立てる魔法を鍛える資格を持ったうえで鍛え、そして戦闘技術も鍛えること。
驚くほどに狭き門であり、そして生存が約束されないものだ。
逆に、戦闘に向かない魔法を育てるとどうなるのか。
当然、狩人としてではなくもっと別の専門家となるだろう。
水の放射を鍛えるなら、火事が起きた際の対応をすることになる。
錬金術を鍛えるなら、あらゆる道具を開発する専門家となる。
どちらも並大抵の努力では難しいものであり、こちらもまた狭き門だ。
それを望んでやり通すものなど、当然ほとんど存在しない。
それだけ、目の前の男は貴重だという事実が理解できるといったものだ。
「なるほど、確かに・・・。
それと、もう一つ質問が。」
「なんだ?」
「噂によると、何十年も前も同じ容姿で存在していると聞き及んでいますが・・・。」
「─────それは。」
話題は変わり、ある意味で言えば当然の疑問。
オレの中で、また罪悪感が芽生える。
だがいつものように、オレはやはりこう答えるのだ。
「ひどい勘違いさ。オレは親父から、呪怨剣士の名を受け継いでいるに過ぎないよ。
親子なんだ、容姿が似ることだってある。自身を隠して子を誰かに育てさせるってのも別に珍しくもないだろ?」
「・・・そうでしたか、すみません。
確かに、魔法を使わずとも厄人を執拗に滅ぼす。そういった人物だと、災厄使徒に狙われやすいですもんね。」
「まったくだ。」
オレの異名は呪怨剣士。魔法を扱えない者であり、それでもなお世界樹から生まれた呪いを殺そうとするもの。
執拗に、必ず、周到に・・・故にオレにはそんな異名を与えられている。
正直にいえば、大層な名前だ。オレから名乗ることなんてほとんどない。
逆に、災厄使徒とは世界樹の呪いに対する信奉者。
この呪いは神託であり、それに抗う人々は滅ぶべきであるといった理念。
そういった理由から、狩人に対しての憎しみは膨大だ。
とりわけ、呪怨剣士に対しては。
考えてみればこれもよくある話。
証明してみせているように見える事象に、依存するものは必ず存在する。
神であろうとも弓引くのが人であれば、同時に神のように扱って人々を害するのもまた人である。
奴らはどこに存在するのかをつかめない。世界各地に散らばっては、狩人を狙って襲い掛かる。
・・・最悪、村を襲うことだって珍しくもない。
「だから、オマエも気をつけろ。
たとえ新参でも、オマエはオレと同じ立場になるのだから。」
「・・・はい、ありがとうございます!」
元気な返事が返ってきた。
嘘と真実を織り交ぜてそれっぽくまとめた自分に嫌気がさすものの、しかし慣れたようにそうまとめた。
ここでオレたちは別れる。
日中は警護だ。
村の周辺を歩き回る、いつものような・・・。
よくある、当たり前になった日常をオレは過ごしていく。