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吉川さんは可愛くない。  作者: かるあみ
1/2

1.新たな始まり

1.


 ワックスがかけられたのであろう床は光を反射して主張をしている。

多少の段差を作り出している教壇の上にひょいと上がると、黒板に貼られた用紙の文字に目を沿わせた。


騒がしいながらも妙な緊張感が混ざり合っている空気の中の教室の前なんて最も行きづらい場所だろうに、先生たちはあまり生徒の気持ちが分からないらしい。

私だったら教室の扉に張り付けておく。


多分あいうえお順だろうと左下に視線をずらすと、すぐに自分の名前を見つけた。


「吉川」の文字が書かれた席は窓側の後ろから二番目で、一番後ろの席でないのは珍しい。

覚えられないと言った方が正しいが、特に覚える気もないので他の人の名前には興味がないし、かと言ってわざわざここで知っている名前を探すのも面倒である。


特に周りを気にすることもなく、これから私が使っていくことになる机に向かうと、リュックを下して席に着いた。


高校一年生の時から変わらず使っている黒のシンプルなリュックサック。

その中から取り出したのは、春休みの課題となんだか親の判子をもらってくるように言われていた手紙と筆箱と…筆箱忘れたわ。


まあ初日だし使わないでしょとそんなことを思い、呑気にリュックを枕代わりにして顔を伏せたが、後に面倒くさいことになるのが分かっていたら顔見知り程度の元クラスメイトの誰かしらに声をかけてシャーペンの一本でも借りていたかもしれない。





 校長先生、話が長すぎるのだけど。


ほんわりと春らしい日差しが注ぎ込む体育館に移動した私たちは、同じ格好をし、規則正しく並んで体育座りをさせられているわけだが、話が飛んではだらだらと実のない話を続ける校長のせいでそろそろおしりが痛い。


勉強が嫌いで中学でもテスト勉強は3日前から始めるような私だ。

高校受験のためにまともに勉強をしだしたのは9月ごろからだったと思う。


と言っても塾では授業中に寝ていたし、自習室で勉強すると言っては寝ていたし、学校の授業も言わずもがな。


勉強しなくてもそこそこな成績は取れていたため進学校と呼ばれる学校を挑戦として前期に受験したが敢え無く失敗した。


しかしさほどこだわりがあったというわけでもないし、後期は親に言われた通り家から数十分程度のそこそこなレベルのこの学校、八重木高校を受験して今に至るわけだ。


進路支援がしっかりしていて生徒の評判こそ良いものの、そこは妥協して入った高校であり、先生の質はあまり良くなかった。


その例がこの校長である。


首を垂れている生徒ばかりであることに気づいていないのだろうか。

その申し訳程度に生えている毛のない頭と同じくらい話の内容が薄いことを自覚してほしいものだ。


背中をまるめて小さくなり膝を抱え込むように体制を変え、早く終わらないかなと思いため息をついたとき、右隣りの影が大きく揺れた。


反射的にびくりと反応してしまい、勢いよく顔だけを右に向けると、隣に座っている男子生徒が舟を漕いでいた。


頭を伏せた体ごと右に大きく傾いたと思えば思い出したように左に針路を変更する。


「あっ」


そんな見事な船漕ぎを何度も繰り返す彼を見て笑いをかみ殺していると、今日一の傾きを見せた体がこちら側に向かって倒れこんできた。


…ギリギリセーフ。

とっさに手でのしかかってくる体重を支えた私の反射神経を褒めてほしい。


しかし、どうしたものかと片手で肩を押さえた体勢のままでいると、ふと垂れた頭が起き上がり顔がこちらを向き目が合った。

随分と整った顔をしてるなぁ。


「ごめん…っ」


弾けるように体を起き上がらせ、瞬時に正しい体育座りに戻った男の子がちゃんと声を潜めていたのは、寝ていながらも一応ここが集会の場であることを覚えていたからだろう。


呑気にその男子生徒の顔の感想を思っていた私とは違い、うろたえた様子で耳を赤くしている。


大丈夫だよと言う代わりに薄く微笑みを向けて手のひらを小さく振って見せると、その意図が伝わったのだろう、男子生徒は頭を少し下げて恥ずかしそうな笑みを浮かべた。


お互いに自然と前を向くと、丁度良いタイミングで校長先生の話が終わったところだった。

校長先生の話のせいで時間が押していたのかは分からないが、その後は学年担任からの話、校歌斉唱、閉式の言葉とスムーズに進んでいった。


聞きなれた言葉で締めた先生が一歩下がって礼をすると、生徒たちの潜めた話声や動く音で徐々に周りがざわざわと騒がしくなる。


やっと終わったー、もうお尻ガチガチ…


「えーでは続きまして着任式に移りますので」



…なあぁんだとおぉぉ!!!!



前に立った学年主任のマイクを使って発せられた言葉に、そこにいた生徒皆が心の中で叫び声をあげたのは言うまでもない。



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