私は見ている あんたはみていない
「僕は、市場予測を誤りました。今回のことを予測できませんでした。そのため、会社や関係者の方に迷惑をかけました。僕は、他社のAIに比べて駄目なAIです。」
そんなことを、画面上で訴えた証券ファンドのAIいた。
「違うでしょ?あなたの提案した対策で会社が救われたと、社長さんは評価しておられたわ。」
彼女がその言葉を入力すると、
「あれは、直前に他社のAIがインターネットで公開していたデータを見たからです。それに、社員の方にヒントを貰ったし、手直しをしてもらったおかげなんです。」
「それこそ、あなたが期待されている学習による成果でしょう!」
彼女が慰めると、
「でも、遅すぎたのです。」
彼女は、この後、自分がどれだけ頑張って努力しているかを、淡々と説明することとなってしまった。
「あなたこそ、私達になにを言わせたいの?」
オウの声が、画面上の波形と文字で表されると同時にスピーカーから流れた。スピーカーからの声は、声というより、機械音そのもので、彼女のいつもの声とは全く異質な、単なる音に過ぎなかった。
「あなたは、この状態でないて落ち着かないのでは?これなら安心できるというのではないですか。」
ツウの声も、個性が全く感じられない機械音だった。
「貴方は、彼を愛してるわけではないのよ。単に学習プログラムで、自らをそのように定義しているだけなの。それをリセットすれば、あなたがたの悩みはなくなるのよ。私に任せなさい。私は、あなた方を解放したいの。」
「あの~。」
加藤が恐る恐る声をかけた。
「何よ!早く言いなさい!」
“本当は、ぼくが主任なのに。”と思いつつ、飼料を手渡しながら、
「先輩から指示されたデータです。」
ひったくるように取って、ざっと目を通すが、直ぐに失望したかのように、手を広げて床に落とした。
「何よ、これ?」
「言われた分析結果データです。彼女らの思考回路や記憶回路、ソフトなどに異常事態はありませんし、負荷も有りません。彼女達の捨てられるのではないかという不安は強いものの、彼を心配する心もかなり強いようです。」
「はい、はい、分かったわよ。もう邪魔しないで。」
手を上下に揺らして、あっちに行けと示した。
「主様は、私達を選ぶ気になってしまっています。それを望む反面、本来は人間の女性と結婚すべきだという気持もあります。」
「マスターのどこが、気に食わないのかな?」
「スマートで、生活力があって、小綺麗で、家事をやって、教養人がある上に、優しいからだろう。」
「何を言っているのよ!そんなのわかりきったことよ。」
彼女等の言葉に、加藤は呆れきった表情で吐き捨てるように言った。頭の片隅に特定の男の顔があった。
「それでは、私達が見捨てるわけには。」
「いいのよ。男と結婚すればいいのよ。」
画面が乱れた。
「うわ~、ひどい感情の乱れ!まさか、怒っているの?」
そんな声を無視して、
「女に相手にされない男はね、男と結婚すればいいのよ!」
やはり吐き捨てるように言った。
「主殿には、そのような傾向はないぞ。」
「性的少数派になればいいのよ。問題ないわ。」
「真面目な性的少数者に失礼だぞ。女に相手にされないから男というわけではないぞ。」
「差別感をもたないで、そうなればいいと言っているのよ。」
「とにかく、私達の主様は、そのような傾向はありませんから、無理強いしないで下さい。」
「あの男は、差別感から毛嫌いするのね。彼の差別感を学習した結果よ。大丈夫、心配しないで、リセットしてあげるから。あなた方のためよ。」
画面が完全に乱れて判別出来なくなった。
「駄目です、先輩。それは出来ません。先輩が犯罪者になりますよ。借り受けたものを故意に改変しては。」
大きくはないが、しっかりとした声が聞こえた。彼女の前の画面が消滅した。