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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ


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第6章 19.突然の終わり

アルテグラ過去回想編7話目です。


※勝手ながら作品タイトルを一部変更させていただきました。

 そして、翌日の朝…


「おじさま…また来てくれますか…?」


「もちろんだ。約束するよ」


 アルテグラがクラリスの頭を優しく撫でてあげると、しょんぼりと気落ちしていた彼女はいじらしく表情を和らげた。


「アルテグラ様…、私たちのこと…よろしくお願い致します…」


「ああ、任せておきなさい」


「アルテグラ君…、色々と楽しかったよ。また会おう!」


「こちらこそ世話になったな。後のことは心配するな!」


 こうして、三人各々に別れを告げ…、アルテグラは5日ぶりとなる城下へと戻った。

 当然のことながら、彼の突然の帰還を受けて城内は騒然となる。


「センチュリオン卿…、一体どうなされたと言うのですか!?」


「アルテグラ様、何処に行かれていたのです? 城内下では『神隠しに遭った』などと大騒動になっていたのですぞ!」


 側近や部下の官吏が執拗に理由と経緯を問い(ただ)して来るが、彼らの姿はアルテグラの眼中には全く入る由もない。

 あの幸せな親子三人に悲しい思いをさせてはならない…、彼らの負の運命の連鎖を断ち切れるのは自分しかいない…、彼の胸中にはその決意しかなかった。

 早々に王に謁見したアルテグラは、前王の代から続くデール族弾圧の愚かさと無意味さを全人格を持って懸命に訴え出る。

 その甲斐もあり、彼が提言をしたデール族掃討作戦の完全停止、彼らの市民権の保障、そして闇魔術の取り締まりなどの諸策は概ね王に受け入れられ、後日王命として公布された。

 これにより、メリダたち親子は人目を阻んで隠れ潜む必要もなくなった…はずだった。

 彼らは一向に集落や街に移ろうとせず、あの場所で人目を忍んで住み続けたのだ。

 理由は、メリダが最も懸念していた、闇魔術への取り締まりが全く進んでいないことだろう。

 アルテグラの管轄外のことであるので、詳細な事情を知ることも叶わない。

 その状況は彼を酷く苛立たせたが、一方で彼らに関して何も安否に関する知らせがないことは彼を安堵させていた。

 クラリスとの約束もあり様子を見に行ってやりたかったが、再び日々激務に追われるアルテグラにそのような時間の余裕はなく、気が付けばあの日から早1年が経とうとしていた。



 そして…、運命の日がやって来る。

 ここはメリダの家…

 夜も更けたある日の晩のこと、いつものようにリスモとクラリスは同じベッドで既に眠りに就き、メリダは猟のための道具の手入れをして、そろそろベッドに入ろうかとしていた時だった。


 ドオオオオンッ!!!


 突然、家全体が揺れるほどのけたたましい轟音が鳴り響く。


「な…何事だ…!?」


 驚愕したメリダが真っ先に部屋から出て駆け付けようとすると、そこには酷く怯えたクラリスをしっかりと抱き締めたリスモの姿があった。


「あなた…これは一体…!?」


「わからない…、とにかく危険だ。君たちは隠れてなさい!」


 しかし…メリダの言葉も虚しく、家内の数カ所からほぼ同時に火の手が上がる。


「お父さん……」


「大丈夫だ、お父さんが付いてるからな! とにかく外に逃げよう」


 全身を震わせながら、リスモの体にしがみ付いたままクラリスを、メリダは優しく勇気付けるように宥める。

 ところが…玄関に行くと、玄関扉は外から荒々しく打ち破られ、人一人通れるぐらいの大穴が空いていた。

 先ほどの轟音はその音だった。

 恐る恐る穴から外を覗いてみると…、パッと数えても10人はいる…武装をした汚らしい身なりの男たちに取り囲まれていた。


「おい、いやがったぞ、あいつがメリダだ!」


 男たちは狩りで獲物を見つけたように、威勢良く声を上げる。


(何故だ…何故この場所が…!?、迷彩結界は万全にかかっているはずなのに……)


 メリダは自分たちを突如急襲した大難を前に愕然としながら、一体何が間違っていたのか…頭の中で自問を繰り返す。

 その間にも火は一気に燃え広がり、もはや家の中に隠れ潜む場所はなくなっていた。


「いや…熱いよ……こわいよ……」


「大丈夫よ…クラリス…、絶対に助かるから…気をしっかり持ちなさい…」


 もはや完全に平静心を失い、囁くように声を振り絞るクラリスを、リスモは湧き上がる不安と恐怖を必死で押し殺しながら、何の根拠もない自信で気丈に彼女を励まし続ける。

 二人の様子を見ながら…、メリダは決断を迫られていた。

 クラリスが生まれてからは、一度も戦闘の経験がないメリダ…、アルテグラと戦った頃の面影は既になかった。

 それでも、術を使えないゴロツキ程度ならば、この人数なら辛うじて勝てるだろう。

 しかし…、リスモやクラリスを守りながらとなると話は別だ。

 連中を撃退しても、二人が殺されてしまったら何の意味もない。

 それだけ、今の彼にはこの二人が人生の全てだったのだ。

 メリダはリスモを強い眼差しで真っ直ぐに見据える。

 言葉などなくとも、彼女には彼の意思が伝わったようだ。


「ええ、わかってますわ…あなた…」


 リスモは無理矢理、自分の腰にしがみ付くクラリスを引き剥がした。


「おかあ…さん……?」


 恐怖で慄いた表情の中に戸惑いを見せるクラリスを、リスモはぼたぼたと大粒の涙を溢しながらギュッと強く抱き締めた。


「ごめんね…クラリス……。あなたを一人残して旅立つ私たちを許して……。元気でね…、愛してるわ……」


「えっ…いやっ…そんなの……、わたしも一緒に行く……!」


 クラリスの強張った顔に激情が宿り、彼女は燃え盛る炎の熱で頬を真っ赤に火照らせて悲愴に泣き喚く。

 リスモが彼女から手を離すと、入れ替わるようにメリダがクラリスを抱き締める。


「いいか、クラリス…、必ずアルテグラおじさんが、お前のことを助けに来てくれる。だからそれまでの辛抱だ…、強く生きるんだぞ…。愛してるよ…クラリス……」


「いやっ…!、わたしもお父さんとお母さんと一緒にいるもん…!ずっと一緒だもん…!」


 泣き叫ぶクラリスを尻目に、メリダは彼女からそっと手を離し、右手を彼女の頭に乗せて自身の魔素を研ぎ澄ませる。

 すると瞬く間に、クラリスの全身が金色の眩い光に包まれた。


「あっ…、ああ……」


 クラリスが、苦しそうに奇異な呻き声を発している。

 得も言われぬ未知の感覚に体が飲み込まれていく最愛の娘に、メリダは最期の言葉をかけた。


「さようなら…、僕たちの小さなお姫様……。いつも見守っているからね……」


 術の発動に影響が出かねないので、彼は必死に沸き起こる感情を堪えていた。

 それでも…、最後、彼の頬にはキラリと一筋の清白な涙が伝った。


「おとう…さん……」


 その涙と、彼の慈しみに満ちた澄んだ瞳を虚ろに見つめながら…、金色の光に包まれたクラリスは霞むように消えていった。

 

(すまないな、アルテグラ君…、我が愛娘のこと…よろしく頼んだ……)


 メリダは一瞬、堪えていた感情を流すように心に想いを過ぎらせると……


「よし…、行くとするか…。リスモ…、君のことはこの身を呈しても守る…!、だから…心配するな…」


「そんな悲しいこと言わないで…あなた……。私はどこまでも…あなたと一緒に人生を歩む…それだけですわ…」


「リスモ……すまないな…」


 燃え盛る業火の中、二人は強く情愛的に抱き合い、メリダはリスモの艶かしくふくよかな唇にそっと優しくキスをした。

 そして…、着用していた長袖のシャツを腕まくりして気を引き締めたメリダは、その青い瞳に烈々たる怒りと闘志を宿らせて、リスモを庇いながら堂々と男たちの眼前に姿を現した。



 その翌日…、アルテグラは午後からの城での公務のために、朝は屋敷にて資料の整理をしていた。

 彼は使用人に王国内外の様々なニュースを収集させて、時間に余裕がある時に報告させることを習慣としていた。

 この日も手を忙しなく動かしながら、彼は使用人からの報告を聞く。


「ところで、城下では、昨日何か事件などは起きていないか?」


「はい、城下では特にこれといって、目立った事件はございません。ただ、城塞外の集落近くで些か奇怪な出来事がございます。お聞きになられますか?」


「ああ、話してくれ」


「昨晩未明に起きた山火事なのですが、近隣の集落の者が現場に駆けつけると、比較的大きな小屋らしき建物が燃えていたとのことです。しかしその場所は、街道から入って30メートルも行かない森の中で、こんな場所に小屋などなかったとその者は話しているようでして…」


「……その場所はどこだ…!?、どの街道沿いだ…?」


「はい、確か城下から北西に位置するアメイズ集落へと向かう街道だったかと…」


「な…なんて…ことだ……」


 使用人から受けた断片的な情報だけで、彼は全てを悟った。

 無念と絶望とで、全身が打ち崩されるように震えが止まらない。


「あ、あの…旦那様…?」


 アルテグラの豹変に動揺する使用人の言葉など全く耳に入らないかのように、彼はバッと部屋を飛び出した。

 尋常でない様子で屋敷の廊下を駆ける父アルテグラを見て、当時10歳だったフェルカも思わず仰天する。


「お、お父様…、一体どうなされたのですか…!?」


 しかし、そんな愛娘の言葉すら耳に届かず、彼は馬に跨って城塞外へと走り抜けて行った。

 全速力で馬を飛ばすこと小一時間、アルテグラは現場…あの場所に到着した。


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