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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第6章 18.親父たちの盟約

アルテグラ過去回想編6話目です。

 さて翌日、体調がさらに回復したアルテグラはリハビリがてら、鍬を持って畑を耕していた。


「申し訳ございません…。アルテグラ様ほどのお方にこのようなことを…」


「いや、何々…、一宿一飯の恩と言うやつだ、気にすることはない。それに最近は多忙でな…、簡単な運動をする時間すらなく体が鈍って鈍って仕方なかったのだ、だからちょうど良い機会だ、ははははっ!」


 大層申し訳なさそうに恐縮するリスモに対し、アルテグラは朗らかに笑いながら彼女を労る。

 そうして、適度に休憩を取りながら作業すること数時間後…、メリダが声をかけて来た。


「やあ、アルテグラ君、精が出るね。ちょっとこれから、昨日仕掛けた罠の様子を見に行かなきゃならないんだ。たぶん2時間ほどは帰らないし、悪いけど、その間クラリスの勉強を見てやってくれないか?」


「ああ、わかった。気を付けてな」


 こうして、アルテグラはクラリスに勉学を教えることになったのだが、いざ始めてみると、9歳児とは思えない彼女の博識さに度肝を抜かれた。

 それだけメリダが、彼女の将来を想って懸命に教育を施し、そして彼女もそれを自身への愛情と受け止めて彼の期待に応えて来たのだろう。

 アルテグラも、教えたことを要領よく素直に吸収するクラリスの姿に、ついつい教えるのが楽しくなり指導に熱が入る。


「すごーい、おじさまって何でも知ってるんですね!」


「そりゃあ、無駄に50年も生きていないからな」


「わたしも大人になったら、おじさまぐらい物知りになれますか?」


「もちろんなれるさ。君もまだまだこれから、色んな人と出会って、色んな経験をして、たくさんのことを知っていくんだ。『知る』の世界は無限に広がっているからな…、人は学ぼうと思えば思うほど、よりたくさんのことを知ることが出来るのだよ」


「じゃあ、わたし頑張ります! 頑張って全部を知りたい!」


「ははは…、それはすごいな…」


 クラリスの並々ならぬ知的欲求に、アルテグラはやや押されながらも感心しきりの様子だった。


「なあ、クラリスちゃん…、魔術には興味はないかい? 君は素晴らしい魔素を持っている。おじさんとしては、君には魔導士になって欲しいんだがなあ…」


 アルテグラは唐突にクラリスに魔術の話題を振る。

 後でメリダに怒られるかもしれないが…、彼はどうしても、彼女自身の意志を確認したかった。

 あわよくば…、もし彼女が魔術に関心があるのなら、それに付け込んでメリダを説得しようと都合良く考えていたのだが…


「まじゅつ…まそ…まどうし…? なんですか、それ?」


 クラリスは魔術の存在そのものを知らなかった。

 魔術が原因で、自分たちみたいに不幸な思いをさせたくないメリダは、頑なに彼女に魔術の存在を教えていなかったのだ。

 ちなみに、遺伝などで子供時分に優れた魔素を持っていたとしても、それを修練によって磨かなければ徐々に退化していき、10台後半になる頃には跡形もなく消え去ってしまうと言われている。


「いや…何でもない…。気にしなくていい…」


「おじさまも変なの…」


 いじらしく首を傾げるクラリスの姿を見て、アルテグラはついに未練を断つことが出来た。

 自分が出来ることは、この幸せな親子三人がこれからも仲良く、安穏と暮らしていく様を見守ることだけだと…、アルテグラは心に銘じた。



 こうして3日間、アルテグラはメリダたちとともに過ごし、交流を深めた。

 そして最後の夜…


「いやだぁ〜、おじさま行っちゃいやー!」


 すっかりアルテグラに懐いたクラリスは、彼が明日出立することを聞かされると、彼の腰にガッシリとしがみ付いて必死に駄々をこねる。

 メリダとリスモに宥められて、騒ぎ疲れた彼女はそのまますやすやと眠ってしまった。

 リスモもクラリスと一緒にベッドに入り早めの眠りに就くと、メリダは徐に棚から高級そうな酒瓶を取り出した。


「さあ、最後の夜だ。親父同士、酒でも酌み交わしながら、思い出話に耽ようじゃないか」


「ふっ…、それは良いな」


 昔は敵…今ではすっかり友となった、互いに父親である中年の男二人は、酒も手伝ってか、上機嫌で話に花を咲かせる。

 楽しいひと時はあっという間に過ぎていった。

 そうこうして、日付が変わろうとする頃…


「ところで、お前は里の長の息子だと言っていたが……、その…ご両親は無事なのか……」


 アルテグラは心咎めで辿々しく言葉を詰まらせながらメリダに尋ねるが、それに対する彼の反応は予想外にあっさりとしていた。


「ああ、気にしてくれているのか…、大丈夫さ、思い悩まなくても。母は僕が子供の頃にすでになくなっている…、それに父は魔術の才はもちろんのこと、僕とは打って変わって狡猾で抜け目がない人だからね…。きっとどこかで姿を変えてのうのうと生き延びているよ。……実を言うと、僕は父のことはあまり好きではなかったんだ…。彼はジオスの人間に対してかなり偏見と侮蔑に満ちた目を持っていたし、さらに魔神(ましん)によるこの世の終末を大真面目に信じる奇人でもあったからね…、本質は君たちの愚かな前王と大して変わらないよ…」


「魔神…とは何だ?」


「ああ、君たちは邪破神などと呼んでいるんだったな…。我々デール族が信仰する神様さ…。でも言っておくが、君たちが言っているような終末思想的な教義は恣意的に曲解したものに過ぎない。ただ、神を畏れることで人間の愚かな欲を律して、自然に恵みに感謝を捧げようとしているだけなんだ。僕たちの…死んでいった者たちの名誉のためにも…、君だけにはそれをわかって欲しい…」


「ああ、大丈夫だ、安心しろ。実のところ…、俺もお前と出会って、前王のお考えには疑念を持ち始めていたのだ…」


「そうか…、互いに上が偏執狂だと苦労するな…。父ももし…あの人がもう少し柔軟な考えの持ち主だったなら…、結末は少しは変わっていたのかもな……」


 メリダは自身の父親を想って、一抹の哀愁を醸し出しながら力なく語った。


 

 すると…、気を取り直したメリダは、タイミングを見計らっていたかのように真剣な面持ちでアルテグラに話を切り出す。


「なあ、アルテグラ君…、最初の日に『君に頼みがある』と言ったこと覚えているか?」


「ああ、覚えているとも。『大切なものを守って欲しい』と言っていたな? それはやはり…クラリスのことか?」


「その通りだ…。僕たちは未だ追われる身…、ここだって見つからないよう迷彩結界は施してあるが、決して完璧なものではない。もし…僕たちの身に何かあったら…、クラリスを助け出してやって欲しい…!」


「具体的にどうすればいいのだ?」


「万が一…その時になったら、僕はクラリスに転移術を使ってあの子を逃すつもりだ。君には転移したクラリスをこの世界から探し出して欲しい」


 “転移術” と聞いて、酷く衝撃を受けたようにアルテグラの反応が過敏になる。


「て、転移術だと…!?、本当にそんなものが存在するのか…! しかし…、それが出来るのなら、お前たち三人で逃げることは出来ないのか?」


 アルテグラの言葉に、メリダは呆れ気味に軽く鼻息を()いた。


「前から思っていたが…、君らは我々デール族を少々買い被り過ぎてるな? 転移術で飛ばせるのは人間一人が限界…、そしてそれを使えば精神力は瞬時に消耗する。戦闘と両立して発動させるのは非常に難しい…。ましてや長きに渡る平和な生活で、僕の魔素はあの頃に比べてその力を大きく失っている。そして転移術自体にも問題点は多い。まず転移先は、術者の意志がある程度は反映されるとはいえ指定は出来ない。今、僕たちが生きているのとは異なる時間軸に飛ばされることだってあり得る。さらに一番の問題は……、術を受けると脳に多大な負荷が掛かる。下手をすれば…それが後遺症にだってなりかねない…」


「そうか…、勝手なことを言ってすまなかったな…」


 アルテグラは興奮が冷めたようにしおらしく返事を返すが、すぐに切り替えて朗々とした口調でメリダに告げた。


「お前の話は良くわかった。しかし、そんな心配はしなくてもいい。お前たち三人はこれからも、今まで通り穏やかに生きていくことが出来るだろう」


「どういうことだ…?」


「城に帰ったら、俺は真っ先に王にデール族の弾圧を止めていただくよう進言するつもりだ。今の王は先王とは違って、我々家臣の言葉を聞き入れて下さる、とても人徳に優れたお方でな…。ついでに、お前たちデール族の権利も保障するよう、願い出よう。そうすれば、お前たちは人目憚ることなく、街で生活することだって出来る」


「そうか…、君は本当に偉くなったのだな…。あの日不躾に、いきなり僕に勝負を挑んで来た、粗暴な姿が嘘のようだ…」


「それを言うな…。俺も背負うものが色々と出来過ぎてな…。お前だって、あの日に比べたら、随分と角が取れて丸くなったではないか」


「はははは…、そう言われてみるとそうだな。やはり守るべきものの存在は、人を変えるようだ…」


「まったくだ、わはははは…」


再び思い出話も交えて…、二人の中年男たちは屈託なく笑い合った。




「しかし…」


 メリダから発せられた唐突な逆接語に、これで全ては解決したと安堵していたアルテグラは咄嗟に顔を強張らせる。


「話はそう簡単には終わらないんだ…。僕たちを狙っているのは王国だけじゃないからね…」


「何だと…!?」


「闇魔術…名前ぐらいは知っているだろう? 魔導理論に基づかない、邪神に生贄を捧げて、その代償に邪神による奇跡を起こすというやつだ。どうやら、僕らデール族の心臓を、連中が生贄として最も欲してるみたいでね…。最近、理由はわからないが、奴らの活動が活発化して来ているらしい…。邪神を崇拝する狂信者どもだ…、王命など抑止力にはならないだろう…」


「…………………」


 メリダにかける言葉が見つからず押し黙るしかないアルテグラに対し、彼は神妙な面持ちで淡々と話を続ける。


「結局、僕らは迫害されて追われ続ける運命なんだ…。だからこそ、親としてクラリスだけにはそんな過酷な運命を背負わせたくない。僕が親としてあの子にしなくてならないことは、運命の連鎖を断ち切ることだ。無論、先ほども言ったように、転移術には副作用が伴う。もしそうなった場合、妻と娘を守りながら、徹底的に抗うつもりだ。しかしそれでも…どうにもならない時は、クラリスに術をかけてあの子を逃す。だからアルテグラ…、君はこのクアンペンロードの中からあの子を探し出して…、もし彼女が悲惨な境遇に身を落としていたのなら救い出して欲しい…!」


「……わかった。間違いなく引き受けよう…」


 アルテグラは重々しく、苦渋の表情でメリダの申し出を受けた。


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