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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第6章 16.運命の再会

アルテグラ過去回想編4話目です。

 …………………

 ……………

 ………

 …


「…………………!」


 突然バッと目覚めたアルテグラは仰向けで寝かされていた。

 そして眼前に写ったのは、ひょこっと小さな顔を覗かせて彼の顔を興味津々に見つめる一人の少女だった。

 白金色の繊細に()かれた腰元まで伸びた髪…、透き通った青い大きな瞳…、滑らかで透明感のある清い肌…、年相応であどけないが美しく整った顔立ち…

 また、少女の首元に掛かっている大粒の虹色に輝く宝石のペンダントは燦然とその存在感を顕示している。


(ここは…天界……?、この子が…天子(てんし)か…。それにしても…少女だが、この髪色にこの瞳…、奴にそっくりだ……)


 アルテグラは一瞬、自身はあのまま森の中で命を落として天界に召されたのだと錯覚した。

 月理教の教えでは、敬虔な教徒の死後の魂は天界に召される。

 さらに天界では、新しい死者の魂は “天子” と呼ばれる幼気な子供の姿をした神使によって迎え入れられるとされているからだ。

 ちなみに、王国が戦っていたデール族の人々たちも死後天界に召されると信じている。

 月理教における天界とはまた別の概念のようだが、死後魂は天に召されるという根本的な宗教観は皮肉なことに一致しているのだ。

 さて…、少女から少し目線を逸らして周りの状況を確認するアルテグラ。

 彼の目に映ったものは、粗い木材を組み合わせただけの簡素な天井…、そのまま板が打ち付けてあるだけの内壁…、丸太の木皮だけを剥いだ大黒柱…

 その柱や壁に人の営みが染み付いているように、その場の空気には温かく人肌感に満ちた混濁した匂いが溶け込んでいた。

 フリルがあしらわれた淡いピンク色のワンピースという少女の身なりもとても可憐ではあるが、その生地は所々解れや汚れが目立ち、そこはかとなく見窄(みすぼ)らしさは否めない。

 アルテグラの視覚と嗅覚が捉えたそれらの情景は、とてもではないが神々しい天界のイメージとは酷く乖離していた。


「お、俺は生きているのか…!?、なら、ここは一体……」


 少女に構わずにうっかりと言葉を吐いたアルテグラに対し、少女は驚いてビクッと顔を引きつらせる。


「……お父さーん…!」


 少女はすぐに人を呼ぶように、さっと部屋を出ていった。



 そして数分後…、少女に呼ばれたのか、部屋の中に入って来たのは……


「やあ、しばらくだったね…、アルテグラ・ディーノ・センチュリオン君」


「お、お前は…!?」


 アルテグラの目の前に現れたその男は…、彼のずっと心の中にいた、今日まで18年間、一日たりとも忘れることがなかった、あのメリダだった!

 幾年の年月が経ち…、当然ながら彼も人並みに歳を重ねた感はあるものの、その風貌はあの時と何ら変わらない優男のままだ。

 ただその顔付きと佇まいは、あの頃よりも一層毒が抜けたように和らいでおり、今や彼がアルテグラと死闘を繰り広げたなどと言われても誰もが信じようとしないだろう。

 思いがけない、心の底でずっと切望していたメリダとの再会…、しかし未だに状況の整理がつかないアルテグラは、敵意を剥き出して彼に辛辣な態度を取ってしまう。


「な、何故、お前がここにいる! これは一体何のつもりだ!」


 しかし、メリダはそんな彼の悪態も余裕で聞き流すように、やや呆れ気味に微笑みながら親しげに答える。


「そりゃあ、ここは僕の家だからね。というか、助けてもらっておきながらその言い草はないだろ?」


「……そうか…、俺は毒蛇に噛まれて死にかけてたところを…、お前が助けてくれたのか…? すまなかった…。状況が整理できず、つい取り乱してしまってな…」


 メリダの言葉で一応の整理がつき、我に返ったアルテグラは、珍しく子供のように素直に彼に謝罪した。

 それでもアルテグラは、今自身の身に起きている事態を完全には受け止められずに、訝しげな様子で再度メリダに尋ねる。


「しかし…、何故お前が俺を助けてくれるのだ…? お前たちにとって、我々ジオスは『憎むべき野蛮人』なのではないのか?」


「確かにジオスの連中はそうだ…。でも、君は他の連中とは違うだろ?」


「どういうことだ…?」


「僕と君とは、国や民族の壁を越えて、互いに人として分かち合えるってことさ。こう見えても、人を見る目には自信があってね…。君は僕たちが危ない目に遭えば、助けてくれたりさえする…、違うかい?」


「ふっ…、甘く見られたものだな…」


 アルテグラはメリダにしてやられたように薄っすらと苦々しく笑う。


「ところで…、さっき『僕たち』と言っていたが…、他に誰かいるのか? 先程の少女はもしかしたらお前の……」


「ああ、そうだ。この苦難に満ちた半生の中で…、ようやく出来た僕たちの大切な宝物だ…」


 これまでの自身の半生を想起するように感慨深く答えながら、メリダは慈愛に満ちた微笑を浮かべた。

 するとタイミングよく、先ほどの少女が再び部屋に入って来た。

 彼女は恐らく頼まれたのか、グラスに入った水を運んでいた。


「はい、どうぞ、お水です!」


 少女は健気にハキハキとした声を発して、アルテグラにグラスを両手でそっと手渡す。

 少女から渡されたグラスを見て…、アルテグラは一瞬、彼らの意図を邪推せずにはいられなかった。


(彼らが我々ジオスの敵であるデール族であることには変わりはない…。これまでの王国の暴虐から、我々が彼らの憎悪の対象になっていることは間違いない…。自分たちがこれまでやって来たように…、この者たちがこの水に毒を盛っている可能性は十分にある…)


「……………………」


 それでも…、少女の濁りのない純真な瞳と屈託のない柔かな笑顔を見て…、その疑念は完全に払拭された。


「ありがとう、お嬢ちゃん…」


 アルテグラは少女に笑顔を返すように穏やかに笑みを浮かべ、グラスを受け取って水を大層美味しそうに飲み干した。


「さあ、クラリス、おじさんにご挨拶なさい」


 アルテグラが、飲み干したグラスをクラリスという名の少女に渡すと、メリダは彼女に挨拶をするよう促す。


「はじめまして、クラリス・アルビオ、9歳です! あの…お体は大丈夫ですか…?」


「ああ、おかげさまでだいぶ楽になったよ。ありがとう…」


「クラリス、ありがとう。さあ、あっちへ行ってご本でも読んでなさい」


「はーい!」


 クラリスは聞き分けよく返事をして、元気に部屋を出て行った。


「純粋で素直ないい子だな…」


「ああ、まったくだ。僕なんかにはもったいないぐらいの出来た子だ…」


「それにしてもいいのか? お前は問題ないにしても、ご婦人やあの子は…。ジオスの人間なんぞ匿って…、彼女らがそれを知ったら……」


「それに関しては全く問題はない。何故ならば…、何を隠そう、僕の妻はジオスの人だからね」


「そうなのか…!?」


「フォークから落ち延びて、森の中で彷徨い続けて、すっかり弱り果ててたところを彼女に助けられたんだ。彼女の世話になりながら交流を深めて…、ついには僕らは恋仲になった。彼女は故郷を捨ててまでして、僕のところに来てくれたんだ…」


「そうか…、愛されてるのだな……」


「ああ、そして僕も彼女のことを同じぐらい…、いや、それ以上に愛しているよ」


「それは結構なことだ……」


 愛する人を一寸の曇りもない清澄な瞳で情愛的に語るメリダの姿を見て、アルテグラは亡き妻エスカのことを思い起こしたのか…、沈痛な面持ちで表情を曇らせる。


「ところで…、何故お前は俺のためにここまでしてくれるのだ…?」


 居た堪れなさから逃れたい気持ちもあって、アルテグラは再々度メリダに質問をぶつけた。


「そうだな…、一つは単純に君という人間に興味があるからかな。それと…もう一つは、君に折り入って頼みがある…」


「頼みだと…」


 不意にメリダから交渉を持ちかけられて、アルテグラは警戒心で気構えるように顔を強張らせる。


「そんな警戒しなくてもいい…。君や君たちの国に不利益になるような話じゃない。ただ、僕らの大切なものを守って欲しい…それだけだ…。まあ、それについては追い追い話そう…。ところでどうだい、歩けるか?」


 アルテグラは徐に起き上がり、ベッドから出て立ち上がった。

 噛まれた右ふくらはぎは依然痛むものの、腫れは完全に治まっており、脚を引きながらも杖なしで何とか歩ける程度までには回復していた。


「ああ、大丈夫だ…。ところで、俺はどれくらい気を失っていた…?」


「そうだな…丸2日というとこかな」


「丸2日も…!?、それはいかん…!、急いで城下に戻らねば!」


 驚き焦ったアルテグラは、痛む脚を無理に引きずりながら部屋を出て、さらにメリダの家からも出ようとする。


「こ、こら…、こんな状態でどこへ行こうとするんだ! 容態が良くなったとはいえ、まだ十分に完治はしていないんだぞ?」


「気持ちはありがたいが…、今の俺は王国の重責を担い、そして大切な子供たちもいる。一刻も早く帰らねばならんのだ…!」


「そうか…君も立派になったんだな…。しかし、それならば、すでに君が2日間帰らないことで城下は大騒ぎになってるんじゃないのか? つまりあと数日、ここでゆっくりしていったところで結果は変わらないだろう?」


「い、いや…、そういう問題ではないだろう……」


 すると…、困惑するアルテグラの腰に、ギュッと温もりある細長い何かが取り付いた。


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