第6章 15.運命のいたずら
アルテグラ過去回想編3話目です。
さて、その後の戦局だが、アルテグラとメリダが戦ったその翌日、討伐軍はついにフォークに侵攻する。
フォークを取り囲むジオス軍を前に、デール族側は当初は籠城戦を決め込み徹底抗戦をする。
しかし圧倒的多数にはさすがに抗えないと判断したのか、5日目に潔くフォークを放棄、各々離散して各地に逃げ落ちた。
およそ100人程度とされていたデール族…、フォークでの戦闘でその半数のおよそ50人が戦死、逃げ落ちた者たちを探して、王国領内各地で徹底的な残党狩りが行われた。
とはいえ、まともに彼らと戦っても並の兵士ではまず勝ち目はない。
そのためジオス軍は、寝込みに火を着けてそのまま焼き殺しにする…、子供を人質にとって抵抗出来ないようにする…、協力者を装って近付き、油断をしたところで毒殺する…などなど、任務を遂行するために残虐非道な手段に打って出ることも厭わなかった。
実のところ、いくら強大な力を持つデール族といえども、その半数がいなくなりさらに散り散りになってしまった以上、そこまで大きな脅威にはならないはずだ。
それにも関わらず、このような蛮行が推進された理由は、もはや目的ではない、『デール族憎し』という国王アンガーの強迫観念…というか狂気だった。
この悪虐な残党狩りはそれから19年間も、次の第15代国王デュラ・クレセント・ジオスの治世まで続くこととなる。
そして、そんな王に仕える立場のアルテグラ。
フォーク戦役の7年後、アルテグラの父であり当時のセンチュリオン家当主であったジアット・ディーノ・センチュリオンが死去、アルテグラは35歳にして家督を継いだ。
同時期に7歳年下の王国家臣の長女、エスカ・ケープ・ビアンデと婚姻、その翌年には長男のトテムが生まれ、その2年後には長女のフェルカ、さらにその5年後には次男のリグが生まれる。
当主となったアルテグラは同時に父の跡を継いで重臣として登用され、いよいよ政治に携わっていくこととなる。
三人の子供の親という自覚、名家の当主という重責、国の重臣という地位…、そこにはもはや、自身の興味関心と闘争本能のためなら躊躇なく上官の命に背くような、思慮浅はかな問題児の面影は全くなかった。
しかし…、それでも彼はメリダのことが心残りだった。
弾圧の対象となるデール族の人々はリスト化されており、これまでにメリダが殺されたという報告はない。
(きっとどこかで生きてくれているのだろう…)
とはいえ、彼が掃討作戦に自ら参加する機会は、立場上もうない。
日々もどかしさを胸に抱えながら悶々とした心地で…、徒に年月は過ぎていく。
そして、フォーク戦役から早18年…、3年前に国王アンガーが死去し、王子のデュラ・クレセント・ジオスが第15代国王の座に着いていた。
彼は専断弊政が目立った父を反面教師にし、周囲の声を積極的に聞き入れて国政に活かそうとした。
それでも…、その性格ゆえの決断力の欠如のせいなのか、それとも前王アンガーの生霊が彷徨っているのか…、彼の代になっても、前王の時代ほど過酷ではないとはいえ、デール族への弾圧は引き続き行われていた。
そんなある日のこと、アルテグラは城塞から北西に位置するアメイズ集落へ視察に出かけた。
通常であれば、重臣の公務に対してはお供と護衛が付くのが当然なのだが、彼は自らそれを断って一人馬に乗って出立した。
確かに、アルテグラほどの熟練魔導士であれば護衛など必要ないだろう…、それらはただ威厳を高めるためだけの飾りに過ぎなくなる。
また、向かう先のアメイズ集落は城下からせいぜい30キロほどの距離、馬でゆっくりと向かっても2、3時間あれば十分にたどり着ける。
日頃のストレスもあり誰にも気兼ねせずに、彼は一人気ままに小旅行でもしたかったのかもしれない。
そんなわけで陽だまりの中、何の変哲もないが牧歌的で心和む風景を楽しみながら、アルテグラは悠々と馬を走らせていたのだが…、事態は急変する。
突如、見え始めた大群の雲で空は灰色に染まり、そして辺り一帯にけたたましい豪雷が鳴り響く。
それに伴って大豪雨となり、道路表面の凹凸が目立つ街道上では瞬時に水溜りが出来ていく。
「むう…、参ったな…、雲行きを見るに、天候が荒れるような予兆はなかったはずだが…」
びしょ濡れになって途方に暮れるアルテグラはそう弱々しく独り言を呟く。
恐らく通り雨だろう…、雨だけであればそのまま強行突破するところだったが、雷鳴に馬が過敏に反応する恐れがある。
とにかく、この痛いほどに猛烈に降り注ぐ雨を凌ぎたかったアルテグラは、街道沿いの森の中へと逃げ込むように入って行った。
馬を適当な木に繋ぎ、彼は雨宿りが出来そうな樹葉が繁茂した大きい木を求めて森の中を探索する。
そうして、如何ほどの時が経ったか…、アルテグラは嫌な違和感を覚える。
「ど…どこだ、ここは…? それほど奥には入り込んでいないはずだが…」
彼の視界に映るものは、全く代わり映えのしない薄暗く鬱蒼とした森の木々たち…。
しかしそれは、数分前に同じ立ち位置で彼が見ていたものとは明らかに違っている。
「一体どうなってるんだ…。まさか遭難したわけでもあるまいに…」
一瞬動揺をするも、そこは冷静沈着なアルテグラ…、この悪条件で無闇に動いても状況は好転しないと判断した。
雨宿りに適切な木を見つけた彼は、その下で一旦待機して、雨が止んだら再び動き出すことにした。
ところが…
「うっ…!」
木の根元に腰を下ろしたその時、アルテグラの右ふくらはぎにナイフで刺されたかの如くの凄烈な鋭痛が走った。
目を向けると…、彼のズボンの右ふくらはぎ部分が血で滲み、さらにその足元には…黒い体調1メートルぐらいの細長く波打つように機敏にうねる物体……蛇だった…。
数分もしないうちに、痛みを感じた右ふくらはぎはズボンを脱がせないくらいにパンパンに膨れ上がり、そして全身が酷く痺れて視界が霞み始める。
この蛇はクアンペンロード東大陸に主に生息する、一般にガウラ蛇と呼ばれる猛毒を持った毒蛇だった。
完全な軽装だったので、医薬品などは何も持って来ていない。
多少の治癒術の心得はあるが、蛇の猛毒の前には焼け石に水であろうし、そもそももはや術を使えるような状態ではなかった。
「くっそ…、なんて様だ…。こんなところで…」
全身に蛇の毒が回り、朦朧とする意識の中で…、アルテグラは自身の運命を恨んだ。
さらには、何やら自身に接近する足音のようなものまで聞こえて来る。
(幻聴…か…? 皆…すまないな……、父は…これまでの…ようだ……。エスカ…すまない……、子供たちを…残して…天界へ…行く…俺を許して…くれ……)
その言葉を愛する子供たち…、そして2年前に亡くなった最愛の人に贈るように…、アルテグラは想いを振り絞り…そのまま意識を失った。




