第6章 14. “友” との邂逅
アルテグラ過去回想編2話目です。
「だ、ダメだ、メリダ君、あれは卑劣なやつらの策略だ!」
「そうですよ、メリダさん…。あいつら絶対に裏から狙うつもりですよ…!」
周りのデール族の仲間の面々がそのメリダという青年を必死に説得するも、彼もアルテグラ同様、自らの意志を曲げるつもりはないようだ。
「いや…、あの男の愚直なまでに真っ直ぐな瞳…、嘘を付いているようには見えない。恐らく、周りの連中が裏から僕を狙ったとしても、奴はそれすらも阻止しようとするだろう…」
そして、彼ことメリダは、アルテグラの煽りに乗っかるように淡々と告げた。
「私の名前はメリダ・アルビオ、指揮を執っているわけではないが、この里の長の息子だ」
「ほう…、デール族の長の子息か…。相手にとって不足はない! ところで、里の長の子にも関わらず、お前には教名がないのか?」
「教名だと…? ああ、教会に帰依すると授けられるというアレか…。くだらん…、教会の汚い金儲けに利用されているだけではないか…。まあ、馬鹿で未開なジオスの野蛮人どもにはお似合いだな」
「何だと!?、邪教徒どもめ、我々を愚弄するか! 未開なのは貴様らの方ではないか!」
メリダの侮蔑に満ちた挑発を受けて、ジオス軍の面々が皆一斉に憤慨を露わにする。
ところが…、当のアルテグラは仲間である彼らの激情を制するように、大層上機嫌に高らかに笑い声を上げた。
「わははははっ!、これだけの軍勢を前にしても、怯むどころか煽りさえするとは。教名を持たぬ異教徒か…面白い…」
「ふふふ…、やはり興味深い男だ…。いいだろう、君の方から来い!」
「よっぽど自信があるようだな…。ならば、遠慮なく行かせてもらうぞ!」
こうして、アルテグラとメリダとの一対一の勝負が始まった。
当初は二人を制止しようとしていた双方の面々も、説得するだけ無駄と思ったのか…、それとも純粋に勝負が気になるのか…、もはや何も口を挟まずに二人の勝負を固唾を呑んで見守っている。
先ほどの二人のやり取り通り、先手を切ったのはアルテグラだった。
メリダに向けて右手を翳すと、彼を取り囲むように半径2メートル程度の燃え盛る炎の円が出現した。
円は目にも留まらぬ速さで半径を収縮させ、中心のメリダへと収束していく。
しかし彼は、それを見計らったかのように瞬時に数メートルも高く跳び、その炎の圧縮攻撃を避けるどころか上空からアルテグラに対して魔弾を数発放つ。
アルテグラも、それを事前に察知していたかのように素早く盾を発動させ、易々とメリダの魔弾を防ぐ。
着地したメリダは、まるで剣戟のように即座にアルテグラに詰め寄り間合いを取った。
「なっ…!?」
メリダのこの突飛な動きには、さすがのアルテグラも予想だにしていなかったようで、盾をそのまま発動させて神経を尖らせながら彼の次の動きに備える。
メリダは2メートルほど離れた位置から、手刀で空気を切り裂くように腕をシュッと振り落とした。
すると…、その動きに呼応して手刀の跡が鎌鼬のように青く発光し、それは斬撃としてアルテグラの盾を急襲した。
「うぐっ…!」
目にだけ刺々しい殺意を宿らせた無機質な顔で、まるで剣豪が剣を振るうように自由自在に斬撃を繰り出すメリダ…、それに対してアルテグラは防戦一方で、それを盾で防ぎ切るだけで精一杯の様子だ。
少しメリダから距離が取れたところでアルテグラも反撃の魔弾を撃ち込むが、牽制程度にしかならなかった。
「やっぱり君は面白い奴だな…。なかなか楽しませてもらってるよ」
「へへへ…そうか…。そいつは嬉しいねえ…、俺もだ……」
アルテグラはこの時点で、自身に到底勝ち目がないことを悟っていた。
メリダはまだまだ余力を残して余裕の笑みを浮かべているにも関わらず、自身はすでに息も酷く上がっていて、余裕な振りをして作り笑いをするのがやっとの状態だ。
(実力差があり過ぎる…)
それでもアルテグラは、メリダに無謀な喧嘩を売ったことを微塵も後悔していなかった。
それどころか、まだ彼が残している余力…、彼の本当の力を何としてでもこの目に焼き付けたいとまで思っていた。
「なあ…楽しいんだったら、お前の…本当の力を見せてくれよ…。互いにもっと楽しもうぜ…」
不気味にもニヤリと微笑んだアルテグラは、敢えてメリダを扇動する。
「ふふふ…、君は馬鹿なのか…。しかし僕が好きな馬鹿の類ではある。本当はこんなとこで使うつもりはなかったんだが…、お望み通り見せてくれよう…」
アルテグラの愚直なまでの好戦心にほどほど呆れながらも、満更でもない様子のメリダは両手を翳した。
彼の両手に包み込まれて醸成されるように雷球が形成されていく。
緑色に眩く光る球体の周りを龍が飛び交うように凄烈な電光が走り、それはついには直径1メートル大にも膨張した。
そして自軍を背景に構えているアルテグラに向けて…、それは豪速で放たれた。
「うおおおっ!」
アルテグラは仲間を守るために…、それ以上にメリダの真の実力を身を以て見極めるために…、自身の持てる全ての魔素を盾の形成に注ぎ、巨大かつ重厚かつ高密度の鉄壁の盾を発動させて巨大雷球を真正面から受け止めた。
苛烈な圧力と熱波…、さらに彼の雷球の莫大なエネルギーは、盾で雷球を受け止めている関わらず電撃となってアルテグラの体を痛めつける。
「うがああああっ…!」
「お、おい…大丈夫なのか!?、アルテグラ」
命を削って耐えながら苦痛に呻くように唸るアルテグラを見て、部隊長の男が狼狽気味に声を上げる。
しかしアルテグラには、その仲間の声も耳に入らないようで、メリダに辛うじて聞こえる程度の重々しい声で呟いた。
「はははは…、さすがだな…。今の俺には到底敵いそうもない…。ただな…俺もこのまま無惨にやられるわけにはいかんのでな…、最後に意地を張らせてもらうぞ…」
「何だと…」
終始、余裕の笑みを浮かべていたメリダの表情が、一瞬引きつるように険しくなる。
「うあああああっ!!!」
アルテグラは自身の腕と脚に渾身の力を入れて、押し潰すように迫り来る雷球を制御しながら踏ん張り、一方で自身の魔素をさらに研ぎ澄ませる。
すると…彼の四面体の盾は次第に形を変え…、それはついに球体に近似した多面体へと変容した。
その直径は、メリダの巨大雷球に匹敵する大きさだった。
(な、なんと…、無理矢理盾の形を変えたのか…。しかし、あれだけ形を形成するには人並外れた強靱な精神力を要するはずだが…。やはり、この男…面白過ぎる……)
メリダは再び笑みを浮かべる。
しかしその笑みは、アルテグラを遊び相手程度にしか思わない余裕に満ちたものではなく、“好敵” との出会いの喜びを表現したものだった。
「うおらああああっ!!!」
ここで、アルテグラは盾を形成する結界を解除する。
結界が解けた盾は、そのまま内部のエネルギーを残して魔弾となり…
ゴオオオオオオンッ!!!
メリダの雷球とアルテグラの魔弾が、周囲一帯に微弱な地震を伴うほどの大爆発を起こして打ち消し合った。
間近にいたアルテグラは咄嗟に盾を発動させて我が身を守るも、その猛烈な爆風を凌ぐことは出来ず、数メートル吹き飛ばされて地面に叩き付けられる。
「よし、今回はここまで奴らに損害を与えられれば十分だろう。我々の精神力も疲弊している、撤退するぞ」
身動き出来ずに地に横たわるアルテグラの姿を確認して、メリダは仲間たちに対して機敏に指示を出した。
去る間際、メリダは横たわるアルテグラを神妙な面持ちで見つめながら、独り言を囁くように彼に言葉を贈った。
「敵ながら面白いと思ったのは君が初めてだ…。これから先、お互い生きていたのなら…、今度は別の形で会えるといいな…。その時は…、この素晴らしい出会いの場を作ってくれた礼をしよう…」
「お、おい…、逃すなっ!」
ジオス軍の面々は颯爽と撤退するデール族を追撃しようとするも、地の利を活かした彼らは離散して周辺の森に逃げ込み、結局彼らの誰一人、殺すことも捕らえることも出来なかった。
軍規違反、さらにデール族との初戦で彼らの勝ち逃げのきっかけを作ってしまったとの理由で、アルテグラは部隊長の職務権限を取り上げられ、此度の遠征からは外されて謹慎処分が下った。
とはいえ、そんなことは当のアルテグラにとってはどうでもよかった。
それだけ、メリダとの出会いは彼にとっては大きな転機となったのだ。
もちろん、メリダの自身を凌ぐ圧倒的な強さに魅了されたこともあるが、それだけでなかった。
彼の水泉のように澄んだ清白な瞳、そして憎っくき侵略者であるはずの自分を『面白い』と言って退ける度量の大きさ…。
自軍の他の人間と同様、『野蛮な邪教徒』という王国のプロパガンダを鵜呑みにしていたアルテグラだったが、ここに来てメリダとの出会いが彼の国王に対する若干の猜疑心を生み出していた。
無論、だからと言って、王国の政策に異を唱える選択肢はありえなかったが、もし再びまたメリダに会えるとするならば…、憎み合う敵同士でない、国や民族を越えて互いに人として分かち合える…そんな意義のある形で会いたい…、アルテグラは切にそう願った。




