第6章 7.激突!、クラリス対トテム
「第7試合、クラリス・ディーノ・センチュリオンとトテム・ディーノ・センチュリオン、両者前へ!」
ついに、クラリスとトテムとの試合が始まろうとしていた。
前代未聞である、王国一の魔導士一族の兄妹対決に、他の受験者や城内の役人、魔導部隊員、衛兵に至るまで…、これまでの他の試合とは比べ物にならないほどの見物人が集まった。
クラリスが先ほどアリアに尋ねていた、王族専用のテラス席にも人影が見える。
無論、当のクラリス本人は極度の緊張で、そんなことに意識を向ける余裕など微塵もないが…。
両者が石材で出来た一辺20メートルのコートの中央に立ち、互いに睨み付けるように対峙する。
そして…
「開始!」
開始早々、トテムが動く。
彼はサッと数歩引いて、全く気負いする様子もなく、クラリスとその左右の3点を目掛けて魔弾を放った。
横の逃げ道を塞がれた彼女は、不恰好で頼りない結界術の盾で、自身に向けられた魔弾に真正面から立ち向かう。
トテムは3発同時に魔弾を放っているので、その1発分の威力自体は半分程度にまで低下している。
それでも、そこはやはり天才トテム…、その劣化した魔弾ですらも並大抵の術者では到底叶わない高威力を誇っていた。
「くっ……!」
トテムの魔弾はビシィ…!ビシィ…!と重く荒々しい砕破音を立てながら、クラリスが構えた盾を侵食するように押し潰していく。
(まずい…!、このままじゃ……やられちゃう……)
魔弾から発せられる高熱を一身に浴びて、焦燥と恐怖で心が折れそうになったその時…
ドガンッ!
「…………………うわっ…!」
盾からの抵抗力を受け続けた魔弾がクラリスの目の前で炸裂し、そのエネルギーが盾を形成する結界を相殺して、その弾みで彼女は前から突き飛ばされたように尻餅を着いた。
(痛たた……、でも何とかなった…、よし、ここから…!)
ともかく、酷烈な熱波と圧力を辛うじて耐え凌いだクラリスは、瞬時に一か八か前方に突進し、トテムとの距離を詰めながら得意の雷球を数発放つ。
しかしそれらは、トテムが作り出した、彼女のものよりも格段に大きく精度の高い盾にいとも容易く防がれた。
それからもクラリスは闇雲に雷球を浴びせ続けるが、彼は幼児の遊び相手をするが如く彼女の放つ雷球を造作もなく処理していく。
(ダメだ…全然突破口が掴めない…。でも…あの人の動きを止めて接近戦に持ち込まなきゃ作戦が……)
ビュインッ!と雷球が空を切る音…、バチッ!と雷球が盾に吸収される放電音…、タッタッタッと二人が石畳の地面を駆ける足音…、そんな単調な音だけが虚しくコート一帯に響き渡る。
「ふっ…、無駄が多過ぎる。この程度で当家の名を騙るとは…片腹痛い」
トテムは余裕の笑みで独り言を呟くと、接近するクラリスから軽やかに距離を置く。
そのまま、その差0.01秒とも言うべき早業で、自身の盾を解除するのと同時に彼女に向けて1発の魔弾を放った。
その魔弾は誰の目から見ても凄まじくエネルギーが漲っており、先に放たれたものよりも遥かに高威力な、トテムにとっても渾身の一発だった。
「…………………ッ!」
トテムの盾が死角になって、魔弾の発射間際への対応が僅かに遅れたクラリスは、間一髪、体を翻して難を逃れる。
ドオオオオンッ!!!
それからコンマ数秒後に、魔弾は彼女の約2メートル右の地点にけたたましい炸裂音を伴って着弾した。
(あ、危なかった…、今のをまともに喰らってたら……。トテムの所作にもっと注意を払わないと…)
背筋が凍る思いをしながらも気持ちを切り替えたクラリスは屈んだ状態から立ち上がろうとするが……、彼女の目の前には…すでにトテムがいた。
トテムは補助術によって脚の身体能力を強化して、瞬時に距離を詰めていたのだ。
「跪け、奴隷が…」
侮蔑に満ちた低声でそう呟いて、トテムは眼前のクラリスに雷球を浴びせた。
「……………ッツ!」
もろに彼の雷球を浴びたクラリスはその場にグッタリと倒れこむ。
雷球特有の電撃が鋭痛として後を引くように全身を走り、彼女の体の自由を奪う。
その様子はさながら棘が付いた蔓で全身を拘束されているようである。
そして、トテムは続けざまに両手を水平に翳し、術を発動させる素振りを見せた。
(早くも決着をつけるのか…?)
勝負を見守る皆がそう思ったのだが…
「うわっ、何だ!? 何にも見えないぞ!、どうなってんだ?」
突然、トテムとクラリスの周囲が眩い光の靄に包まれた!
コートの外側からは二人に一体何が起きているのか…、全く判別不能な状況になってしまった。
「な、なに…これは…………うぐっ…!」
自分たちを覆い包む謎の発光現象に困惑するクラリスに対し、トテムは彼女の腹部に爪先が減り込むほどの強烈な蹴りを食らわす。
「お、お兄様……何故……うっ…」
トテムは倒れ込んだまま苦痛に喘ぐクラリスの顔面を、硬い靴底でグリグリと踏みにじった。
「ははははっ!、綺麗な顔が台無しだな。しかし、奴隷にはお似合いだぞ、クラリス」
皮肉にも、トテムがクラリスの名を呼んだのはこれが初めてだった。
「何故…です…?、何故…ここまで……」
「何故だと…? 決まっているだろう、お前のことが憎いからだよ。拾われた奴隷の分際で当家の一員になりすまし、落ちこぼれどもを唆して、あまつさえ父上まで取り込もうと奸計しているではないか。センチュリオン次期当主として、貴様のような害虫をのさばらせるわけにはいかんのだっ!」
トテムは激情に駆られるがままにクラリスを罵倒し、さらに彼女の体を踏み潰す勢いで何度も蹴りを浴びせる。
「そ、そんな…、私は…お義父様に救っていただいた恩義に報おうと…ただそれだけです……。それに…私言いましたよね……、お姉様やあの子たちを…侮辱することだけは…許さないって……」
「『許さない』だと? ははははっ!、こんな地を這い蹲る無様な姿を晒しているお前が、この僕にどう抗うと言うんだ? まったく…奴隷というやつは厳しく躾けねば、こう図に乗るからいかんなっ!」
ドオォンッ!
「うぎゃあああああああっ…!!!」
クラリスへの憎悪が絶頂に達したトテムはついに、彼女の利き手である右手を目がけて魔弾を放った。
彼女の生々しい壮絶な叫びはコートを囲む皆にまではっきりと届き、周囲は騒然となる。
「ク、クラリスちゃん……、こんなの酷過ぎる……!」
「皆様…!、こんなのは試合ではありません、一方的な私怨による暴虐です!、すぐさま止めて下さい!」
クラリスの悲痛な絶叫とトテムの狂悦の笑声を聞いて…、マリンは涙ぐみながら今にも張り裂けそうな胸を必死で抑え、ブリッドは鬼気迫った様相で審査会の実行委員に試合の中断を訴え出る。
「う、うむ…、ブリッド君の言う通りかもしれん…」
「何が起きているのかさっぱり状況が掴めんし、トテムは先の試合の件もある…。手遅れにならんためにも…試合中断せざるを得まい…!」
実行委員が試合の中断を決定しようとした、その時…
「お待ちください」
なんと、彼らの意向に異議を唱えた者がいた。
それは……、まさかのアリアだった。




