第6章 6.不屈の意志
これより4話連続で第三者視点で進行します。
まさかの、センチュリオン本家同士の兄妹対戦に、場内は騒然となった。
「おいおい…、こんなのアリかよ…」
「しかし、兄弟同士の対戦を禁ずる規定はないしなあ…。今まで前例がなかっただけだけど…。いずれにせよ、審査会の面子上、一度決まった対戦を組み直すことは考えられないよなあ…」
「つうか、クラリスちゃんは大丈夫なのか…? まあ仮にも兄貴だし手荒なことはしないとは思うけどよ…」
トレックとライズドが困惑ながらに言葉を交わす。
一方、トテムとの対戦決定を聞いて、マリンとブリッドがクラリスの元へ急遽駆け付けて来た。
「クラリスちゃん…、あいつはヤバい…。同じ兄妹だからって何を仕出かすかわからないぞ! いや…むしろ身内だからこそ、汚い手段に打って出て来るかもしれない…。ここはいっそのこと、棄権した方が良いんじゃ…」
「そうよ、珍しくこのバカと同意見だわ。あなたは模擬受験で来てるんでしょ?、そこまで無理する必要なんてない! それにあなたに何かあったら…、きっとフェルカちゃんが悲しむ…。あの子にだけは、辛い思いをして欲しくないの…!」
クラリスは二人の迫真の説得に心を動かされつつも、一歩も退かぬ決意を自身の心に秘めさせて彼らに答えた。
「このドレス…今日のためにお姉様がくれたんです…。マナタイトの糸で紡がれた、魔術防御性に優れたドレスで、父からいただいたそうです。あの人は言っていました…、『姉である私の想いとして、妹のあなたに受け取ってもらいたい』と…。私はお姉様から、彼女が叶えられなかった想いを託されたんです。だから…このドレスに賭けて…、私は逃げたくない…!」
穏やかな面持ちを見せつつも覚悟を固めたクラリスを見て、二人は呆れと諦めと感服とが入り交じった神妙な表情でやるせなく笑みを浮かべるしかなかった。
「……はあ…そこまで言われちゃあ、ウチらじゃこれ以上口出し出来ないね…。それにしてもあなた、血は繋がってないはずなのに、そういう肝心なとこで我を張る性格、フェルカちゃんにそっくりだね」
「えっ…そうなんですか…? そんな我が強い感じには見えませんけど…」
「そうなの…? ああ見えて優しいけど、結構強情っぱりでね…、あの子。妹が出来て少しは丸くなったのかな?」
「そうなんですか…ふふふ…」
マリンから自分が知らない姉の素顔を聞かされて、クラリスは楽しそうに控え目な笑声を漏らした。
さて、最後の審査である実戦演習だが、明記されたルールはコート内で術を使用して戦うことと、利き手への意図的な攻撃、肉弾攻撃の禁止のみである。
何故利き手への攻撃が禁じられているかというと、人間の身体の中で一番自由度が高く感覚も鋭敏な手が、魔術を使用する上で一番適しているからだ。
以前、クラリスがリグに連れられて城下のスラム街に入り込み、そこでゴロツキ連中に手を拘束されて陵辱されかかったことがあったが、知ってか知らずか彼らのやり口は意外にも理に適っていた。
手以外の箇所でも、全く術が使えないことはないが、それは例えば手が不自由な人が足や口を使って文章や絵を書くようなもので、相当の訓練が必要となる。
勝敗は一方が負けを認める、あるいは反則行為か試合続行不能と判断される…、そのいずれかだけで決定される。
その代わりに、各受験者は利き腕に銀色のブレスレットのような輪っかを装着して戦うことを義務付けられる。
この輪っかは、魔導士の魔素の昂揚を抑制する、対魔導士用拘束器具である封印の輪を応用したもので、これを術者が装着することで発動する術の威力を大幅に抑えることが出来る。
死者や重傷者を出さずに、皆に持てる力を存分に発揮させるための配慮だ。
クラリスとトテムの試合は、全体から見て最後の方だった。
先にトテムは別の受験者と対戦する。
屋敷での修練で彼が術を使いこなす場面は何度も見ているが、実際の彼の実力をまだ知らないクラリスは敵情視察がてら彼の初戦を見に行った。
その戦い様は…、トテムの冷徹で残忍な人間性の体現そのものだった。
彼は開始早々、20発近くもの魔弾を相手の足元周辺に連射し、圧倒的な力量で制圧して戦意を喪失させた。
威力が大幅に抑えられているとは言え、魔弾が当たれば激痛が走り、それを何十発も受ければ大抵の相手なら完全に無力化する。
そして無残に倒れ込み、もはや反撃出来る余力など微塵もない相手に対して…、降参の意思を示す隙も与えさせずに直径30センチ大の轟々と燃え盛る火球を放った。
「うがああああっ!!!助けてくれえぇっ!!!」
火球をもろに受けた相手は瞬く間に火達磨となり、断末魔を叫ぶように絶叫する。
トテムが火球を放つ瞬間…、彼は相手に対して、邪な笑みを浮かべながら淡々と言葉を放っていた。
「悪いな…、君には何の恨みもないのだが、これから始まる最高のメインディッシュを彩るための前菜となってもらうよ…」
試合はそのまま相手の試合続行不能と判断されて、トテムの勝利となる。
コートから退場する際、トテムは凄惨な光景を見せ付けられて顔を強張らせるクラリスの方に向かった。
気構える彼女に対し、彼は足を止めて陰険な声で再び囁くように告げる。
「こんな輪を着けて実戦とは…最初は何とも下らん茶番かと思っていたが…、今ではむしろ僥倖だ。お前に、延々と苦しみを与える続けることが出来るんだからな…」
そのまま、周囲から浴びせられる忌々しい視線など眼中に入れようともせずに、トテムは平然と立ち去って行った。
(私は……あなたなんかに絶対に屈しない…!)
トテムのその異常な狂気に慄きながらも、クラリスは怒りで拳をグッと握りしめて、去って行くトテムの後ろ姿を目に焼き付けるように睨み付けていた。
こうして決められた対戦スケジュールは予定通り進行していき、いよいよ次はクラリスとトテムの試合となった。
試合直前、アリアがトレックとライズドを引き連れてクラリスの元に駆け付ける。
「おい…あいつヤバイぞ…、大丈夫か? 今からでも遅くはない、棄権したっていいんだぞ?」
「大丈夫です…。正直怖いけど…ここで逃げちゃったら、このドレスをくれて私を送り出してくれた姉に申し訳が立ちませんから…」
クラリスの不屈の意志が宿ったようにも感じられる揺るぎない瞳を見て…、アリアは恐る恐る尋ねた。
「何か…策があるのか…?」
「さあ…どうでしょう…?」
素直なクラリスには珍しい勿体ぶった返事…、それでも彼女の顔には、緊張と不安の中にいつもの純真でいじらしい彼女らしさが垣間見えた。
その様子を見て、アリアは少しだけ安堵したように力なく笑った。
「ふっ…、こうなっちゃお前はどうしようもないな…、まあいいよ、お前の好きにしな」
クラリスに根負けしたアリアはあっさりと彼女の前から立ち去った。
「ちょ、ちょっと…姐さん…、クラリスちゃんを止めなくていいんですか!? あの男ヤバいですよ…?」
「そうっすよ! てか、いくら優れた才能持ってるからって、あんな頭イカれた奴を宮廷魔導士にしていいんですか!」
ライズドとトレックがクラリスから離れて行くアリアを引き止めるように、背後から異論を呈する。
そんな彼らに対し、アリアは表情一つ変えずに淡々と話した。
「無理だよ…、ああなっちゃ、あいつはアタシの言うことすら聞かない。それにだ…、クラリスが…あんな小さい女の子が腹を括っているっていうのにお前らは何だ?、大の男が女々しく心配ばかりしやがって…。お前たちは共に戦った自分らの仲間も信じられないのか?」
「…………………………」
『仲間』…、そのキーワードを出されたら、ライズドもトレックも胸を掻き乱す不安を無理に抑えてでもクラリスを信じるしかなくなった。




