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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第6章 5.悪魔の囁き

 よりにもよって、最悪なタイミングで出会ってしまった…。

 向こうも私の存在に気が付いているだろう。

 こちらから逃げることも出来るが、トテムに付け入る隙を与えないためにも意気地のない姿は見せたくない。

 私は彼に会釈だけして、さっと通り過ぎようとしたのだが……


 ドスッ!


「きゃっ…!、………ッツ!」


 トテムはすれ違いざま、いきなり私を激しく突き飛ばした!

 突き飛ばされた私は、体を強く壁に打ち付けられる。


「な、何を………うっ……」


 私が咄嗟に言葉を発しようとするも、彼は私の顎下を右手でガッと掴んで言葉を封じる。

 そして、いつもの冷徹さに憤慨を合わせたように、圧迫感を醸し出しながら私に言葉を吐きかけた。


「貴様…、一体どういうつもりだ…」


「な…、何が…ですか…?」


「ふざけるな!、当家の名を騙ってグラベルとレジッドの人間などと仲良くしやがって…。所詮は奴隷か…その程度の考えも及ばないとはな…」


 顎下を強く押さえられて苦しさの中で辛うじて言葉を振り絞る私に対し、トテムは一転、激昂しながら支離滅裂なことを言い出す。


「『騙って』って……、私は…センチュリ…オンの次女…です…。それに…あの人…たちと仲良く…する…ことの一体何が………うぐっ……」


 彼は忌々(いまいま)しそうに歯を食いしばりながら唇を歪めると、ぐうっとさらに私の顎下を掴む力を強める。


「我々センチュリオンはこの国で最高の栄誉を賜る一族でなくてはならないのだ!、他家の連中は全て敵だっ! それとも連中に肩入れするとは…、お前はもしかしたら奴らから当家に送り込まれたスパイか?」


 ますますトテムの言っている意味が理解出来ない…。

 反論したいが、顎下を強く締められていて声が出せない。

 いよいよ息が通らなくなり、意識が朦朧とし始めるが……


「……がほっ…げほっ……」


 突然、トテムは私の顎下からパッと手を離し、ようやく私は苦しみから解放された。

 跪いたような姿勢で嗚咽するように酷く咳込む私を見下しながら、彼は淡々と言い放つ。


「貴様には後ほど、この僕が直々に罰を与えてやろう…。覚悟しておけ!」


 そう私への敵意に満ちた言葉を吐き捨てて…、トテムはサッと消えて行った。



 そうして筆記試験の後、暫しの休憩時間を取り、次の審査はいよいよ本題とも言える術審査となった。

 審査会側より指定された術を披露して、その発動時間や完成度、持続時間などを総合的に審査する。

 場所を移して城内の中庭まで出ると…、そこには見知った顔触れがあった。


「トレックさん!、ライズドさん!」


「やあ、クラリスちゃん、久しぶり!」


 実のところ、城へ行けば会えるかなと少し期待していた部分もあったのだが、本当に出会えて、私はさっきのトテムの件など忘れてしまうぐらいに彼らとの再会を喜んだ。


「どうしたんだい?、こんな可愛らしい格好して」


「審査会に模擬受験で参加してるんです。こう見えてこのドレス、マナタイトの糸が編み込まれていて戦闘服なんですよ」


「そうなのか…、この年で参加なんてすごいね」


「なあんだ…、俺はてっきり、俺とのデートのためにおめかしして来てくれたんだとばっかり…」


「ふふふ…、もう…トレックさんったら…」


 トレックの軟派な冗談を、私は軽やかに笑って受け流す。


「そういえば、今スコットさん、学院で私たちのクラスの先生をやってるんですよ!」


「ああ、噂には聞いてるよ、何でも生徒皆から大人気なんだって? あいつ人当たりが良いからなあ、魔導士よりもそっちの方が向いてるのかもね」


「くっそお、あの野郎…一人いい思いしやがって…」


 トレックの冗談なのか本気なのか…、真意がよくわからない反応に少し戸惑っていると…


 ドスッ!


(いて)っ…!」


「なあにが『いい思い』だ!、教職ナメんなっ!」


 活き活きとした怒声とともに、背後からトレックに強烈な回し蹴りを食らわせたのはアリアだった。


「先生!」


「今は先生じゃないけどな…。まあどっちでもいいよ。それよりお前ら、審査会の手伝いに駆り出されてるんだろ。ほら、さっさと仕事して来い!」


 アリアは捲し立てるように、トレックとライズドをその場から追いやった。


「お父上の言い付けで今日は来てるんだろ?、どうだ調子は?」


「全然ですね…。わからないことだらけで…」


「そうか…。まあ何事も経験だ。結果は気にせず、自分なりに何かを掴めればそれで十分さ」


 アリアは先生らしく、いつもの綺麗でカッコいい、さっぱりした男前な笑顔を見せてくれた。

 その馴れ親しんだ笑顔が側にあるだけでとても心強い。

 

「ところで…あそこは何ですか?」


 私が気になって唐突に彼女に尋ねたのは、中庭から見えた王宮の3階辺りに設けられたテラスのような場所だった。

 全体的に豪華絢爛な王宮だが、そこの部分だけはより華美に装飾が施されている。


「ああ、あそこはこの中庭で演劇や式典が行われる際、王族の方々がご覧になられる場所なんだ。ひょっとしたら気まぐれで、今回の審査会の様子もご覧遊ばされているかもしれないな」


「えっ…、王族の方々がご覧になっているんですか…?」


「いや…、あくまで可能性だよ。仮にそうだとしても、別にお前が緊張することなんてないんだぞ? まあでも、お前可愛いから、ひょっとしたら王子様に妃として見初められたりしてな、ははははっ…」


「もうっ、冗談はやめてくださいよ…!」


「まあ、そう怒るなって…。とにかく、それぐらいの心の余裕を持てって言うこった。先生からのアドバイスだ、じゃあな!」


 そう屁理屈なアドバイスを言い残して、私の中ではすっかり『姐さん』から『先生』となったアリアは颯爽と去って行った。



 そうこうして、術審査が始まった。

 内容は、術による的撃ち、結界術による盾の成型、補助術の身体強化による重量上げ、傷付けられたネズミを治癒術で回復させるなどなど…。

 一応一通りは出来るが、ここにいる他の受験者の技能レベルと比べると劣等であることは否めない。

 的撃ちは、魔弾を極小にまで圧縮させ、そして指を使った極めて繊細なコントロールが求められるので、なかなか思うようにいかない。

 結界術は、以前ビアンテ先生に促されて学校で皆の前で披露したが、ここでは人前で見せるのが恥ずかしいぐらいに中途半端な出来だ。

 何とか人並みに出来たのは、以前から修練を重ねていた補助術と、相手に対する『思いやり』が重要な治癒術ぐらいか…。

 こうして術審査は終わり、ついに最後の審査となった。

 その最後の審査こそが…、フェルカが言っていた実戦形式の審査だった。

 受験者同士で一人2回の実戦試合を行うが、私のように模擬受験で来ている参加者は一人1回のみとなっている。

 くじ引きによって対戦相手が決められたのだが…


“第2コート 第7戦 クラリス・ディーノ・センチュリオン 対 トテム・ディーノ・センチュリオン”


「えっ……!?」


 目の前に掲げられた対戦表を見て、私は呆然と絶句した。

 しかし…、当のトテムの方に目を向けると、彼はほくそ笑むように邪な笑みを浮かべている。

 そして、徐に私の元へと歩みを進めて…、すれ違いざまに私の耳元でこう囁いた。


「さあ…罰の時間だ…」


 彼のまるで悪魔に取り憑かれたかのような邪悪でおどろおどろしい囁きに、私はじわっと身体中が粟立つほどの恐怖を感じた。


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